第七十六話 隣の芝生は青い
12月25日 ご指摘を頂いた誤字を修正しました。
「とっ! とにかくだっ! 僕が言いたかったのは、君達が相手取った魔族は本来なら勇者である僕が倒す責務を負っているものだ。恐らく、ディアボロスは再び君達の前に現れるだろう……。しかし安心してくれ。僕が必ず駆け付ける。……あいつは、僕が戦う運命にある相手だ」
なんやかんやで再び冷静さを取り戻した勇者アレクサンダーは、終わり良ければ総て良しとでも言うつもりなのか、無駄にキリっとした表情を取り繕ってアッシュ達にそう言った。案の定仲間であるメルルにヒイバからは「あれだけやらかしておいてなんであんな顔で歯の浮くようなことが言えるんだろうね」「私達、勇者の従者っていうよりもうお守りだもんね」等言いたい放題言われているのだが、当の勇者アレクサンダーは決め顔のまま口角をひくひくと引きつらせるだけでギリギリ耐えている。
そんなアレクサンダーに対し、どんな言葉を返すのが良いのだろうかと思案していたアッシュであったが、その前に今までずっと静観を保っていたオリビアとマヤリスが口を挟んできた。
「勇者殿、気遣いには感謝する。だがしかし、わたしたちの仲間であるアッ君やドルカちゃんを甘く見ないで欲しい。まだまだ粗削りではあるが、この二人は確かに魔窟でわたしたちと渡り合えるだけの何かを持っている冒険者だ。勇者殿が四天王の再来に気を引き締めているのはわかるが、こう見えてわたしたちもドラゴンと渡り合える程度の力は有しているのでな。こちらの心配は不要だよ」
「心配してくれてありがとう。でも、アッシュちゃんもドルカちゃんも、そんなにヤワな冒険者ではないのよ? まだちょっと冒険者としての経験に乏しいだけ。四天王だかなんだか知らないけれど、四天王に目を付けられたからといってどうということはないと思っているわぁ。……もちろん、貴方が倒してくれるのであればそれに越したことはないのだけれど。期待しているわぁ、勇者様?」
普段のイカれた振る舞いは何処へやら。完全に『余所行き』の顔でそんなことを言ってのけた二人にアッシュは嬉しさ以上に「こいつら何キリっとした顔でそれっぽいこと言ってるんだろう」と思っていた。オリビアは珍しく素の残念さを披露せずに乗り切ったという達成感でよく見れば嬉しさのあまり全身が小刻みに震え、顔は完全にドヤ顔である。マヤリスも、一見いつも通りの対応に見えるがあの笑い方は間違いなくえげつのない悪戯を思いついた顔であった。
「私だってやる時はやるもん! 私とアッシュ君にかかればしてんのーだろうがまおーだろうが全員やっつけちゃうもんね! ねーアッシュ君!」
そしてそんな二人に便乗して全く根拠のない自信で胸を張り、いつものようにアッシュに引っ付き始めたドルカ。
そんな3人の実情はつゆ知らず、アホの娘前回のドルカはさておき上っ面だけはまともな冒険者を取り繕って見せたベテラン二人にまんまと騙されてしまった様子の勇者アレクサンダーは、あんぐりと口を開け、ほんのり顔を赤らめさせたかと思いきや、またもやわなわなと震え出し、いきなりアッシュの肩をガシッと掴み、ぶんぶんと揺さぶり始めた。
「なんだよ! なんなんだよお前はぁっ! 勇者でもないのにこんなに可愛らしい女性冒険者とばかりつるみやがって! しかもなんだ! お前は4日前に冒険者になったばかりじゃないのか! 初日早々に可愛い女の子を悪漢から救い出してその勢いで四天王を撃退? その2日後にはベテランの美少女冒険者を捕まえてその翌日にはまた別の美女! それでいてなんだこの『目に見えない強い絆で結ばれてます』と言わんばかりの信頼感は! ずるいぞ! 羨ましいぞ!」
「……えぇー?」
――空前絶後のアホの娘と毒を盛るのが趣味の小悪魔、触れたものを全て破壊する怪力不器用残念美人に囲まれたこの状況を羨ましいと仰いますか。
返答に困り果てたアッシュが肩を揺さぶられるままに周囲を見回すと、事の次第を遠巻きに眺めていた魔窟の冒険者達が皆、目が合う度にサッと目を逸らしていくのがわかる。
お前らだって魔窟のイカれた冒険者だろうが! 何故そんなに俺のことを可哀想なものを見る目で見てやがる。……おいドリー! あんたはギルドの受付嬢だろ何笑ってんだこんちくしょー! ギルドの受付嬢なら目の前で起こっているこの揉め事を仲裁しやがれ! ……あっエリスさんまで目を逸らした! そんな、エリスさん!? 助けてよエリスさん! なんでハンカチで目元を覆ってるんだよ……? ……エリスさん、エリスさーんっ!?
そんなアッシュの悲痛な心の叫びをよそに、勇者アレクサンダーはおもむろにアッシュを開放したかと思いきやバッと後ろに向き直り、自身の仲間であるメルルとヒイバに詰め寄った。
「それに比べてお前たちはどうだっ! ことあるごとに人を馬鹿にしやがって! それでも英雄の末裔か! 魔王復活の兆しの宣託を受けた巫女にあらゆる魔法の理を解き明かした稀代の天才魔法使いじゃないのか! 僕だって並のドラゴンなら倒せるだけの実力は持っているじゃないか! なんで敬ってくれないんだっ! こいつらみたいに実力なんて関係なしに素晴らしい絆で結ばれたっていいじゃないか! 僕は勇者だぞ! 勇者なんだぞぉ!」
それは、あまりにも情けなく悲痛な叫びであった。やべぇ奴らに囲まれて毎日ギリギリの所で綱渡りをしているようなアッシュでさえ羨ましいと見えてしまう勇者アレクサンダーに対して、流石にちょっと不憫な思いを抱き始めてきたアッシュであったが、メルルとヒイバは冷めきった顔で互いに目配せをして、言い切った。
「敬うも何も、君は戦いのセンスと顔以外良い所が無いんだからしょうがないじゃないか。君が勇者で僕が英雄の末裔でなければ絶対お近づきにはなりたくない部類の人間だからね、君は」
「……アレク、悪い人じゃないんだけど自己主張が激しいんだもん」
「辛辣ぅ! 勇者なのに! 僕は勇者なのにぃ!」
――言いたい放題であった。
「……失礼。貴殿が吾輩を探していたという少年ですかな……?」
そんな混沌とした場にぬっと姿を現したのは、冒険者クラン『剥き出しの筋肉愛好家』のリーダーであり、先日のディアボロス戦で先陣を切って、文字通り裸一貫でディアボロスと対等に渡り合った筋肉達磨であった。
「うわぁっ! な、なんだお前はっ! なんでその図体でこの僕に気配1つ悟られずにこんな近くまで寄ってこれたんだ!? ……ハッ! あ、貴方が『剥き出しの筋肉愛好家』のダグラス=オールストロング……さん、ですか?」
「然り。吾輩がそのダグラスである。……して、何の用であるかな?」
流石の勇者様も自身の身長を優に超える巨漢に間近で見下ろされるといつもの居丈高な態度はしなしなと萎れてしまうらしい。思わずたじたじになってしまった勇者アレクサンダーは、今までとは打って変わってへっぴり腰になりながら、声だけはなんとか威勢を保ちつつ、言った。
「おま……いや、貴方があの四天王ディアボロスとたった一人で対等に渡り合っていたという話を耳にして、詳しく話を聞いてみたいと思っ、思いましてですね……」
「なるほど! そうであったか! それならば早速語り合おうではないか! ……ほう? お主、細身ではあるが中々鍛えているようであるな……! そうだ、まずはお近づきの印に一杯奢らせて貰うのである! なぁに心配しなくていいのである! これは魔窟の中でも比較的安全で依存性の少ないプロテインであって……」
「いや、あの僕はプロテインは……」
そのまま抱きかかえられるようにしてギルド内の酒場のカウンターに連行された勇者アレクサンダーを、何も言わずにただ見送ったメルルとヒイバに対して、アッシュは一言尋ねた。
「……放っておいていいのかよ? 一応お前らの仲間、というかリーダーなんじゃないのか?」
「嫌だよ。あそこで声をかけていたら絶対に巻き込まれていたじゃないか」
そうにべもなく返したメルルに、アッシュは確かになぁと頷くことしか出来なかった。であれば、もう一人の勇者の仲間、巫女のヒイバの方はどうかと顔を向けてみると。
「ねえねえメルルちゃん! 今の人凄く渋くてかっこよくなかった!? 見た!? あの筋肉! すごいよね!? かっこいいよね!? いいなぁアレクもあれくらいダンディなおじ様だったら許せるのになぁ……」
「……君のおじフェチも大概だよね、ヒイバ。……ああ見えてアレクは一途だからなぁ。ほんと浮かばれない男だよ、君は……」
何かを諦めた表情でそう語るメルル。どうやら勇者アレクはヒイバに片想いをしているようだが、肝心のヒイバは生粋の年上好きでアレクなど全く以て眼中に無いらしい。
引き攣った表情でダグラスに勧められるままにプロテインを飲み、相槌を繰り返している勇者アレクサンダーを遠巻きに眺めていたアッシュは、自分の真横で今も大根と戯れるアホの娘や、今もまだかっこいい女戦士の体裁を保ったままやり取りを成功させたという達成感に浸りっぱなしの残念な美女、そしてダグラスに連行された勇者の騒ぎを聞きつけ、婚活ベルセルクの異名を持つホワイトリリーの連中がアレクサンダーに狙いを定めたのをこれ以上はないという蠱惑的な表情でくすくすと笑って眺めている小悪魔に振り回されている自分と勇者アレクサンダー、果たして傍から見てより不憫なのはどちらなのだろうか、としみじみ考えずにはいられないのであった。
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次話の投稿は明後日8時の予定です。
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