第七十五話 しょんぼりするアレクサンダーとぷんぷんするアレクサンダー
「あー! アレクサンダー落ち着いて! 元気出して! アレクサンダーは何も悪くないから!」
「煩い! 僕は何も悪くないのにわけのわからないことを言ってからかってるのは君達の方じゃないかっ!」
金髪に赤と青のオッドアイ、歯は輝くほどに白く、その肌には染みや傷一つ存在しない均整の取れた顔。普通にしていれば間違いなく多数の女性が振り向くであろう美青年が目の前で怒り狂うの目の当たりにしたアレクサンダー(大根)がしょんぼりとし始めたのを見て、ドルカが慌ててあやし始めた。
「ぶふっ! アレク……! 今彼女が心配しているのは君じゃなくてこの可愛らしい大根のアレクサンダー君に決まっているだろ! 常々思っていたが君はどこまで自意識過剰なんだい……? ククッあはははははは!」
「アレク……。やっぱりアレクはもうちょっと社会通念を覚えた方がいいよ……。腕も立って頭だっていいはずなのに、なんでそんなに馬鹿なの……? やっぱり勇者って代々自意識過剰じゃないとなれないの?」
「だからお前たちはぁっ! 僕の仲間だろ!? なんで僕に追い打ちをかけるんだっ! 僕は勇者だぞ! 封印が解けつつある魔王の復活に備えて僕はこうして頑張ってるのに、なんで誰も褒めてくれないんだ! いや、勇者は得てしてそういうものだと教わってはいるが、せめて仲間のお前達くらい僕を甘やかしてくれたっていいじゃないか!」
あまりにも威風堂々と「甘やかしてくれ」と言い切ったダメっぷりと、その言葉を発した目の前の美青年が勇者を自称しているという事実に軽く眩暈がしてきたアッシュであるが、そんな眩暈は勇者アレクサンダーの次の言葉を聞いて軽く吹っ飛ぶことになった。
「全く……。500年前に勇者を助けた遊び人の末裔を自称するよくわからない冒険者があの初代勇者でさえ苦戦したディアボロスを退けたというから一体どんな傑物なのかと期待してみたらなんだこの見るからにアホそうな女は! どうしてもというなら仲間にしてやろうと思って会いに来てみたが、こんなアホな女はこっちから願い下げだ!」
「おい、流石にそれは言いすぎなんじゃないか?」
この手の相手に言い返した所で絶対に面倒なことになると思い、今までずっと静観を保っていたのに。気が付くとアッシュは自称勇者の肩を掴んで真正面に立っていた。
「お前が本物の勇者なのかどうか、どんな素晴らしい実績があるのかは知らないけどな? こっちは実際に500年前の四天王ディアボロスと目の前で対峙して退けてるんだよ。確かに俺もドルカも冒険者になって4日かそこらの新人だけどな、いきなり見ず知らずの奴にあれこれ言われる筋合いなんかないだろうが」
自分だって散々アホアホ言って貶しているのに、何故同じことを他人が言っているだけなのにこんなに腹を立ててしまったのか。自分を悪く言われた位ではまず腹を立てることのない自分が、何故ドルカを悪く言われただけでここまで激昂してしまったのか。ドルカと勇者アレクサンダーの間に割り込むように立ったアッシュの後ろで、感激のあまり残りの大根を鞄から出して5体の大根を全部力いっぱいに抱きしめながら「うひょー! アッシュ君が! アッシュ君が私の為に怒ってる! プロポーズだ! これはもうプロポーズに違いない!うひょー!」等と奇声を上げているドルカはどこからどう見てもアホ丸出しで、誰がどう見ても仲間にしたいタイプの人間ではないというのに。
真正面に向かい合った二人。勇者アレクサンダーは、アッシュよりも頭半分ほど背が高く、思わず掴んだ肩の盛り上がりからは、恐ろしく鍛え上げられていることが見て取れる。見れば、その手の平には幾度となく剣を振った賜物と思われるゴツゴツとしたたこが出来ており、女性だと言われても一瞬信じそうになる程の美しい顔立ちとは明らかに異質な、雄々しさを醸し出している。肩を掴まれて動揺こそしてはいるものの、目の前の青年は間違いなく一流の戦士なのだと、アッシュは否応なしに実感させられた。
「……フンッ。どこからどう見ても平凡な出で立ちの癖に、口だけは良く回るじゃないか。……確かに今は僕に非があった。すまなかったな」
意外にもあっさりと引いた勇者アレクサンダーに、最悪の場合一発殴られる覚悟まで決めて身を固くしていたアッシュは思わず拍子抜けをしてしまった。それは勇者の仲間であるメルルやヒイバも同じだったようで、「アレクが謝ってる……?」「嘘、でしょ……?」と目を丸くして驚いている。というかメルルに至っては杖を取り落とす程であった。
「煩いなぁっ! 僕だって自分が悪いとわかっていてまだ突っかかる程子供じゃないんだよ! ……それに君は、このアホ娘を助けてくれたのだろう?」
「んえ? 私のこと?」
先ほどのアッシュの言葉をプロポーズだと受け取り、すかさずアッシュと二人、豪邸で幸せな家庭を作る妄想に浸り始めていたドルカが、何やら自分の話になったと気付いて現実に返ってくる。
「……あの時、僕は君を助けられなかったからな。僕の代わりに彼女を悪漢の手から救い出してくれたこと、そしてそのまま街に蔓延っていた悪を暴き出し、退けてくれたことに感謝する。……僕がその場に居れば、君達と手を合わせて戦えていれば逃がすことなく倒せたのではないかと思うと残念でならないがな」
「……ドルカとは初対面じゃあなかったのか?」
勇者アレクサンダーの口ぶりから、そう受け取ったアッシュが尋ねる。アッシュの背後ではまたなんか難しい話になったっぽいなぁと豪邸のテラスでアッシュと二人、優雅にスキップして遊ぶ妄想に戻り始めるドルカが、勇者アレクサンダーの背後では「アレクが珍しく勇者っぽいこと言ってる……!」「そ、そんな殊勝なこと言っても今日の晩御飯は豪華にならないぞ……?」と再び驚きを隠せない様子の二人がいるが、アッシュと勇者アレクサンダーはお互い「これ以上突っ込むのはお互い止めよう」と目配せし合い、話を続けた。
「そうだ。……と言ってもその時はお互い名乗りあった訳でもないんだがな。4日前、僕はドルカ=ルドルカが悪漢から逃げ回っている所に出くわしたのさ」
「『そこの娘! 事情はわからないがこの僕が来たからには大丈夫だ! さあこの胸に飛び込んでくるが良い!』だっけ? あれは傑作だったよねー」
「ドルカさん、言われるままに胸に飛び込むのかと思いきや思いっきりアレクの顔を踏んでそのまま行っちゃいましたからね……」
「煩い! 今はその話はいいんだよ! なんにせよ、僕が助けられなかった少女をアッシュ=マノールが助けてくれたのは事実なんだ。感謝を告げるのは当然のことだろうが!」
その言葉を聞いたアッシュは、どうやら目の前の美青年は面倒な性格ではあるものの決して悪い人間ではないのだな、と理解する。いや、勇者を名乗る以上悪い人間だったら困るのだが。
「ドルカ=ルドルカもこれで思い出しただろう? 必死で逃げていて気付かなかったかも知れないが、あの時君に声をかけたのが何を隠そうこの僕だったのだよ」
「えー? あの日私が会ったのはアッシュ君だけだよー? ねーアッシュ君!」
「ぼ、僕は勇者だぞぉ!? ……せめて、せめて覚えておいてくれよぉっ!」
ああ、4日前の自分もこうやってドルカの言葉に一々振り回されていたっけなぁ……。というかたった4日なのに何故自分はここまで順応してしまったのだろうか。
目の前で悲壮な表情を浮かべて叫ぶ勇者アレクサンダーと、その様子を見て爆笑しているメルル、ヒイバの姿を見て何故か湧き上がる懐かしい気持ち。たった4日で何故既に懐かしい気持ちが沸き上がってしまっているのだろうかという自分で自分を疑う複雑な心境に苛まされるアッシュであった。
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次話の投稿は明後日8時の予定です。
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