第七十四話 二人のアレクサンダー
体調不良に伴い更新が1日遅れてしまってすいませんでした……!
今後はなるべくこうならないように体調管理も含めて頑張って参ります……!
「……というわけで、お互いの動きもわかったことだし早速明日、宝石樹の洞窟に行こうと思うのだけれどどうかしらぁ?」
今日1日の討伐や納品の報酬の査定が終わり、オリビアが落ち着きを取り戻し、ドルカが大根達とギルド内で鬼ごっこを始めてエリスに割とガチめに怒られしょんぼりしながら戻ってきた所で、マヤリスはそう切り出した。
「明日!? いや、流石になんかちょっと急すぎるというか、心の準備が追い付かないというか……」
なにせアッシュは今日が初の実戦でなんとかドルカと二人がかりでオークを数体倒すのが関の山の新米冒険者である。Aランク冒険者達が万全のチーム体制を整えた上で臨むレベルのダンジョンに早速明日潜ろうと何の気なしに言われても心の準備が出来るはずもなかった。
「心配性だなぁアッシュ君は! 私はいつだって準備万端だよ?」
「それはお前が何一つ準備をせずに冒険に出ているからだろうが! そしてもうちょい怒られたことを反省しろお前は! エリスさんに怒られてしょんぼりしてたのテーブルに戻ってくるまでだけで戻ってきた瞬間には俺に引っ付いてへらへら笑い始めやがって! さっきのしょんぼりはどこへ行ったどこへっ!」
背中に張り付いたドルカを引っぺがして自分の席に座らせながら言ったアッシュに、マヤリスがくすくすと笑いながら言う。
「まあ、そうやって心配な気持ちになるのはわからなくもないのだけれど。ただ、もうお互いの動きもわかって、必要なものも全て揃っている。『ゴブリンは3日で倍になる』とまでは言わないけれど、やっぱり無意味に時間をかけるのは得策ではないと思うのよねぇ」
『目の前の困難に及び腰になっていると後から倍になって返って来る』という意味の諺を持ち出し、特に理由がないなら行くべきだと主張するマヤリスに、オリビアが便乗する。
「アッ君、マヤリスの言う通りだ。二人の先ほどの戦いぶり、かなり独創的ではあったがそれでもオーク相手に尾を引くような怪我も無しに5体も倒したのは紛れもない二人の実力。……それに、元はわたし抜きで挑む計画だったのだろう? 私という前衛が一人増えたことでマヤリスの当初の計画以上に備えは万全のはずだ。何を恐れる必要がある?」
「……壊した武器の弁償代、オリビアも1日でも早く返したいものね?」
しゃんと背筋を伸ばした凛々しい女戦士モードの澄まし顔のまま、少し首を傾げて微笑んで見せたオリビアであったがマヤリスがぼそっとそんなことを呟くと、たちまちビクッと肩を竦めて猫背に戻ったオリビアが、怯える子猫のような目でぷるぷると震えながら叫んだ。
「うううぅううぅううっ! 言わないでよぉっ!」
「……もっともらしいこと言いやがって、本音はそっちかよ」
段々とオリビアの人となりがわかってきたアッシュがじとっとした視線をオリビアに向けると、オリビアは必死で言い訳を始める。
「ううぅううぅっ! でもっでもっ、そっちもほんとに思ったことだもん! どっちも本当だもん! わたしとマヤリスとアッ君にドルカちゃん。4人で行けば宝石樹の洞窟へのアタックだって成功間違いなしだもん!」
「そうだよアッシュ君! なってったって私がついてるんだから! 怖かったらずっと手を繋いでてあげるから大丈夫だよ?」
このなりをして恐るべき強さを秘めているオリビアはさておき、このアホの娘は何故ここまで自信満々なドヤ顔でそんなことを言えるのだろうか。
「夜更けに目を覚ましてトイレに行けない子供か俺はっ! わかったよ腹を決めるよ! 明日だな、明日その宝石樹の洞窟に挑めばいいんだな!」
「……失礼。『混沌の大根使い』ドルカ=ルドルカに『借金バーサーカー』アッシュ=マノールというのは君達のことで間違いはないかな?」
わいわいと話し合っていたアッシュ達に、不意に話しかける声。アッシュが声のした方を向いてみると、そこには3人の人影があった。
「そうだよー! 私がドルカでこっちがアッシュ君! なになにー? 私達に何か用事?」
「……そうか、君がドルカだったのか。あの、動き回る大根を街中に放ってディアボロスを撃退したとかいう謎の超新星。君には色々と言いたいことがあるのだが、まあ今は良い。……それより君だ。君がアッシュか。何の変哲もないルーキーの癖に、魔窟でも屈指の実力者達と何故か対等に渡り合うどころか意のままに操ってのける謎の男。……ただの平凡な新米冒険者にしか見えないじゃないか」
突然話しかけてきた上、そんな失礼極まりない言葉を投げかけてきた男にアッシュはムッとして言い返した。
「……俺がそのアッシュだ。確かに、俺が何の取り柄もないペーペーの新人なのは確かだし、こないだのアレも運が良かったから生き延びられたみたいなもんだ。……とはいえ、初対面の相手にその物言いはどうなんだ?」
『そういうお前は何様だ』という言葉をぐっと堪え、代わりに視線にその思いを乗せて睨み返して見せたアッシュに、男は笑いながら答えた。
「はは、これは失礼。『本来僕が相手しなければいけない相手』を代わりに撃退してくれたという冒険者の噂を耳にしたものでね。一体どんな猛者なのかと勝手にイメージを膨らませてしまっていたのだよ」
全く謝罪になっていないどころか、更に追い打ちをかけるような物言いに啞然としてしまったアッシュが口をぱくぱくさせていると、男の後ろに付き従っている二人の女性が口を開いた。
「不愉快な思いをさせてしまって申し訳ないね。この馬鹿、何度言ってもこのキザったらしい口調が抜けないんだ」
「メルルちゃん! 流石にその言い方は酷いよ! 確かに何がかっこいいのかさっぱりわからないのに何回言ってもやめないしそれでトラブル起こして謝るのがいっつも私達なのはどうかと思うけどさ!」
「……ヒイバ、結局君は誰の味方なんだい? それじゃあどっちの肩を持ってるかさっぱりわかりはしないよ……」
メルル、ヒイバと呼ばれた女性二人は、驚くほどに対照的な格好をしていた。方やいかにもなとんがり帽子を深く被り、大粒の宝石があしらわれた両手杖にローブという出で立ちの知的で物静かな女魔法使い。方や紅白を基調に、腰や肩を紐で絞って留めてあるだけのゆったりとした服に、どことなく神聖なオーラを纏いつつもどこか気さくで人懐っこい印象を覚える女僧侶。その二人から好き放題言われてしまった男が、わなわなと震えながら叫ぶ。
「メルル! ヒイバ! なんで君たちはいつもいつもそうやって僕を落とすんだ! ……まあいい、確かに今回は僕も悪かった。非礼を詫びると共に、自己紹介をさせてもらおう」
「だってくどいんだもん」「毎回付き合わされる私たちの気持ちを察して欲しい」等と口々に不平不満を垂れている仲間二人をわざとらしい咳で黙らせ、男は言った。
「僕の名前はアレクサンダー。アレクサンダー=ディバインハートと言った方がわかりやすいかな? ……500年前の大戦で強大な魔王と対峙し、死闘の末に見事封印してみせた、正真正銘の勇者。僕はその、正当なる血統を継いだ16代目の勇者だよ」
「すごーい! アレクサンダーだ! 二人目のアレクサンダーだー! うひょー!」
「いや、僕は16代目だから16人目であってだな……」
「アレクサンダー! この人もアレクサンダーっていうんだって! ご挨拶ご挨拶っ!」
勇者と名乗っても一切驚かれず、むしろ名前の方に反応されたのは初めてだったのだろう。完全に意表を突かれて固まってしまった自称勇者アレクサンダーに、ドルカは鞄の中からマンドラ大根を取り出した。ドルカの手のひらから机の上にぴょこんと飛び降りたアレクサンダーは、3人に対してひょこひょこと礼儀正しく一人一人にお辞儀をして見せた後に、ムンっと気取ったポーズをしてみせた。完璧に決まった。素晴らしいご挨拶をして見せたアレクサンダーにご満悦なドルカは、心の底からのドヤ顔で言った。
「さっすがアレクサンダー! かっこいー! ねっねっすごいでしょー! この子もアレクサンダーっていうの! うちのアレクサンダーと同じ名前なんてすごーい! すごいよねアッシュ君! アレクサンダーが二人だよ! うひょー!」
勇者であるという高らかな名乗りをスルーされ、お前と同じ名前だと言って懐から大根を取り出された勇者アレクサンダーは、完全に思考停止してしまった様子で、あんぐりと口を開いたまま自身の仲間の方に振り向いた。
「ぷっ、ぷくく……ぶふぅっ! 大根……! 大根の名前がアレクサンダー……! よりによってアレクが大根と同じ名前……! ぶふっ……」
「あはははははは! やったじゃないかアレク! 由緒正しく受け継がれた勇者の名前が大根にも受け継がれているだなんてボクは知らなかったよ! 随分と可愛らしい挨拶まで見せてくれて、ほらほら君も可愛らしいアレクサンダー君に挨拶を返してあげなよ! あははははははは!」
慰めるどころか、大根と自分を交互に見ては爆笑している仲間二人を見て、ようやく我に返り沸々と怒りが湧いてきたらしい勇者アレクサンダーが叫ぶ。
「ふ……! ふざけるなぁっ! 何がアレクサンダーだっ! この僕を、勇者である僕を馬鹿にするのも大概にしろっ!」
――うちのアホの娘がごめんな。でも、馬鹿にする為のその場でついた嘘じゃないんだ。あの大根は正真正銘アレクサンダーと名付けられて可愛がられてるんだ。
自身も笑いを堪えるのに必死でとても口を開ける状況ではなかったアッシュは、顔を真っ赤にしてわなわなと震えながら喚き散らしている自称勇者に心の中で謝る一方、一体なぜ怒られてしまったのかさっぱりわからないといった顔をしているドルカと何か自分が失敗してしまったのかとわたわた焦っている様子のアレクサンダーを全力で褒めちぎりたいと思うのであった。
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