第十二話 初めて入るギルドでベテラン冒険者に絡まれるという恒例のアレ
本日二度目の投稿です。
7月25日、会話が連続していた部分に地の文を追加しました。
内容に大きな変更はありません。
混沌に慣れ親しんだ冒険者が集う魔窟エリアの冒険者ギルド。丁寧に掃除され陽の光を浴びてピカピカに輝いてさえ見えるその戸は、全ての者を受け入れるかのように解放されている。一見爽やかな光景のはずなのに、何故だか獲物が飛び込んでくるのを淡々と待つ恐ろしいダンジョンの入り口のような禍々しさを放っているようにアッシュは感じた。開かれたままで固定されている扉を見てみると、確かに冒険者ギルドであることを証明する紋章が刻まれているので、一応公的な機関であることは証明されているので、本当に実はダンジョンでしたということはなさそうだ。
「うひょー! ここがギルドかー! 見てみてアッシュ君、冒険者さん達がいっぱい!」
「ここがギルドか! いよいよ俺も冒険者の仲間入りか! おいドルカ受付は向こうみたいだ!」
「二人とも、はしゃぎたくなる気持ちはわからないでもないが、少し落ち着くのである」
今までなんとなくドルカの突っ込みに回らざるを得ずに冷静な姿勢を崩さなかったアッシュも、夢にまで見た冒険者ギルドには胸が躍らずにはいられなかったようだ。ダグラスに窘められてハッと我に返った所で、アッシュは入り口に立ち尽くす自分たちがギルド中の冒険者たちから注目されていることに気付いた。
「すいません、ちょっと浮かれすぎちゃいました。……皆さん怒らせちゃいましたかね?」
「いや、そうではない。道中少年たちが冒険者になりにギルドに向かっていることを道行く冒険者たちに話しただろう? 皆、話を聞くだけでは半信半疑だったのが、実際にこうして少年たちがやってきたことで驚いておるのだ。」
そう言われてみると、皆アッシュ達を非難するどころか、期待と好奇心に満ちた目で見ていることがわかる。
「そういやマスターの店でもそんなことを言っていたな。このギルドで冒険者登録した人って、本当に今までいなかったのか?」
「少なくとも吾輩の知る限りではな。創始以来初の出来事なのかどうかについては、受付に聞けば教えてくれるであろう」
そう言ってダグラスは、アッシュとドルカの背中を優しく押し、中に入るよう促した。それを待っていたかのように、一番入り口側のテーブルに座っていた女性が、おずおずと話しかけてきた。
「ねえ、魔窟中で噂になってたんだけど、君たち本当に今からここで冒険者登録するつもりなの?」
話しかけてきた女性冒険者を見てアッシュは驚いた。ふわりとウェーブを描いた髪は後ろにくるんとまとめられており、蝶を象ったアクセサリーのようなもので留められている。よく使いこまれた一級品とわかる装備に身を包まれていることから熟練の冒険者なのだということはわかるのだが、どう見てもアッシュと同い年位にしか見えない。傷一つ、しみ一つない玉のような白い肌に、ぷっくらとした唇。どことなく潤んだ瞳はアッシュを上目遣いで見つめて離さない。
「あの、私、君よりちょっとだけ先輩の冒険者なの。もし君さえよければ、うちのクランで色々手取り足取り、冒険のイロハを教えてあげたいなって。『ホワイトリリー』っていう、私みたいな女の子ばっかりのクランなんだけど」
あまりの美しさにぼんやり見とれてしまっていたアッシュだったが、『ホワイトリリー』
ダグラスから事前に教わっていた『ホワイトリリー』という名を聞いてハッと我に返ったアッシュが、恐る恐るダグラスの顔を横目で伺うと、ダグラスは沈痛な面持ちで、コクリと頷いて見せた。なお、ドルカはアッシュとダグラスの様子などお構いなしといった様子で、女性冒険者の装備や恰好をしげしげと観察して勝手に一人で騒いでいた。
「うひょー! おねーさんかっこいー! なんかこう、オーラが違うね! 」
「あの、ホワイトリリーって、その、お付き合いできる男性冒険者を探して回っているっていう、あの?」
恐る恐る、アッシュが尋ねてみると、今までの白百合のような凛とした雰囲気が一変、まるでいきなりドッペルゲンガーと入れ替わったかのように表情が豹変した。
「チッ! ダグラスてめぇ事前にきっちり説明してやがったか。……ねぇ坊や? あたし達のこと、色々聞いてはいるみたいだけど、やっぱり人間って直接触れ合ってなんぼだろ? 文字通り手取り足取り色々教えてほしくなったら、いつでも言うんだよ? お姉さんがぜーんぶ、教えてア・ゲ・ル」
「(アッシュ殿! こやつは吾輩が知る中でもホワイトリリーの古参メンバーである! もし気が迷ったとしてもこやつだけはやめておけ! ホワイトリリーでは実年齢と外見の年齢が反比例する傾向にあるのだ!)」
「ダグラスてめぇ聞こえてるぞこの筋肉ダルマが! 人の恋路を邪魔するんじゃねぇよ! この出逢いが運命の分かれ道だったらどうしてくれやがる! 女の子はなぁ! いくつになってもお姫様に憧れるもんなんだよぉ!」
その魂の叫びは最早雄たけびに近く、髪をばっさばっさと震わせながら吠えるその姿は獰猛な肉食獣さながらの迫力である。
「そうやってすぐに地が出るのが貴様等が男から避けられる由縁であろうが! 吾輩たちと違って素の自分でぶつかるを恐れて歳ばかり重ねおって!」
「てめぇ、それを言ったら戦争だろうがぁっ! 覚悟はできてんだろうなぁ?」
「望むところである! 将来有望な筋肉を持った若者達の芽を摘む悪女共に印籠を渡してくれる!」
「ねーねーおねーさんって何歳?」
気が付けばアッシュやドルカは置いてけぼりであっという間に一触即発の雰囲気である。対峙する二人の間にはビリビリと空気が張り詰め、渦巻き始めているにも関わらず、他の冒険者たちはそれらに見向きもせず、談笑に戻ったり、アッシュ達の観察を続けている。
なお、幸いダグラスとの戦闘態勢に入っており耳に入らなかったようで事なきを得ていたが、この会話の流れで年齢を尋ねたドルカについては後でしっかりと説教する必要があるだろう。
「あのー、お二人が冒険者登録にいらっしゃったという方、ですよね? ここは危険なのでどうぞ奥まで」
口論を始めた二人に気を取られていたアッシュは不意に自分の近くで声がしたことで驚き、慌てて声の方向を向くと、そこにはギルドの制服をぴっちりと着こなした、清楚な女性が立っていた。少し青みがかった黒髪のドルカとは違い、正真正銘の美しい黒髪をヘアピンでまとめ、縁の赤い四角い眼鏡がなおさらクールな印象を与えている。白い肌にはほくろが多いがそれもまた不思議な色気を醸し出し、ついつい目を奪われてしまう。
「私、この魔窟ギルドの受付を行っております、エリスと申します。早速ですが、手続きを済ませてしまいましょう」
「うひょー! ギルドのおねーさんもかっこいー! 私はドルカだよ、登録お願いします!」
「あ、お、俺はアッシュです。冒険者になりたくて今日ショイサナに着いたばかりで」
ダグラス達のことは忘れて、本来の目的である冒険者登録を済ませてしまおう。ダグラスならまあ何が起きてもどうせ死なないだろうし。アッシュはやや現実逃避気味に頭を切り替え冒険者登録に集中することにした。
「わかりました。ドルカさんにアッシュさんですね。今のお二人だとこのままここにいて巻き込まれたら一瞬でぼろ雑巾でしょうから、そうなる前にさっさと移動してしまいましょう」
「はーい!」
そう言って促されるまま、アッシュ達がずんずんと奥に進んでいくエリスの後をついていくと、エリスは受付のカウンターを素通りしてそのまま脇の通路に進んでいく。
このまま自分たちも一緒に入っていいものなのかと一瞬足を止めたアッシュだったが、何の遠慮も躊躇いもなく進むドルカをエリスが止めないのを見て、慌てて遅れないようについていく。そのまま小部屋に通されたアッシュは建物全体がズシンと揺れ、入り口の方から鈍い音が伝わるのを感じたが、エリスが部屋の扉を閉じた所で完全に音が遮断され、外の様子は一切わからなくなった。
「あの程度の小競り合いは日常茶飯事ですので。この建物はあの手の連中がいくら騒いでも大丈夫なように、それなりに頑丈にできておりますのでご心配なく」
「あ、あぁ」
日常茶飯事なんだ。何やら重たいものが崩れ落ちる音や悲鳴やら、次々とすごい音が鳴り響いている気がするが、毎日ギルドのカウンターに立つ受付嬢自身が問題ないというのだから、きっと本当に何の問題ないのだろう。
「本来なら先ほどのカウンターで全て手続きを行うのですが、なにぶんこのギルドで冒険者登録を行うのは初めてでして。ああいった小競り合いも多いですし、あの場で登録していたらもっと派手な騒ぎになりそうだったので、特例ではありますがこの部屋に通させて頂きました。」
「じゃあ、私特別!?」
「ええ、特別です」
「聞いたアッシュ君! 私たち特別だって! うひょー!」
「いいからお前はちょっと静かにしてろ」
相変わらず騒がしいドルカを窘めるアッシュを見て、エリスはくすくすと笑いだした。
「うふふ。もうすっかりいいコンビになっていらっしゃるのね。それでは簡単に手続きについて説明させて頂きます。」
「お願いします」
「はーい!」
いよいよ始まる冒険者登録。隣ではしゃぐドルカを窘めながらも、アッシュ自身も内心期待と喜びが沸き立つのを抑えきれずにいた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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少しでも多くの方に読んで頂けるよう色々試行錯誤中の為、次話の投稿は明日7時頃にしてみようと思います。
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