第七十三話 空を駆けるアレクワンダー
「……またですか」
「ええ……。というわけだからオークキングの件、まだ残党がいてもおかしくないから冒険者達に通達、頼むわぁ?」
――所は変わって魔窟の冒険者ギルド。
アッシュ達は、ショイサナ東の森の異変と事の顛末についてギルドの敏腕受付嬢エリスに報告をしていた。
「うううぅううぅううっ……! ごめんねっごめんねぇっ! わたし、今日は絶対やりすぎないようにって気を付けてたのにぃっ! うううぅうぅううぅ……」
「えへへへー! いいんだよーリビ姉! 楽しかったし! また一緒に冒険行こうねー?」
「お前はお前でいいのかそれで! 大根達危うく連れ去られかけてたじゃねぇかっ!」
あの後の流れは本当に酷かった、とアッシュは、森から帰ってくるまでの間ずっとえぐえぐと泣き続けるオリビアとそんなことはお構いなしでえへらえへらと笑っているドルカ、見たいものが見れてご満悦といった嬉々とした表情で事の顛末を報告しているマヤリスに、その報告を呆れ顔で、しかし物凄いスピードでペンを走らせながら聞いているエリスの図を眺めながら振り返る。
アッシュやドルカに頼りがいのあるお姉ちゃんだと言われ、マヤリスからも尊敬できる相手だと言われたことで舞い上がってしまったオリビアがその勢いのまま一撃でミンチにしてしまった尋常ではないサイズのオークは、マヤリス曰くどうやらキング級の上位種だったらしい。
その前にオリビアがアッシュの剣を犠牲にしつつ蹴散らした小隊のリーダーであったオークが、隙を突いて逃げ出し必死の形相で助けを求めたオーク達が崇める王。王なら、圧倒的な強さで散り散りばらばらに強い魔物から逃げ、弱い魔物をこそこそと狩って喰らうことで精一杯だった自分達に群れることの強さを教えてくれた我らの王であれば、自身の配下を容易く惨殺したあの化け物を打ち倒してくれる。部下を目の前で殺されて敵前逃亡を図った臆病者の自分を笑うことなく、ただ一言「ブゴォ(任せておけ)」と言って駆け出した、厳めしい顔つきや巨体からは信じられない程情に厚く、頼もしかった王。
道案内をしようと前を走ろうとした矢先、「ブゴッ(気配でわかる)」と鋭い眼光であの化け物の方向を睨み付け、物凄いスピードで駆け抜けていった王。その背がどんどん小さくなっていくのを、残り僅かな体力を振り絞ってなんとか追い付いたオークリーダーが目にしたものは、あの化け物が、先ほどよりも更に禍々しいオーラを纏ったあの化け物が王の前にいきなり姿を現し、獰猛な笑みを浮かべたままたったの一撃で我らが王を肉片に変えてしまった瞬間であった。生ぬるい雨のように降りかかる王であった肉片を、ただただ立ち尽くしてその全身で受け止めることしか出来なかったオークリーダーの前に、これまた異様な気配を身に纏った人間がやってきて言った。
「さあ、お逃げなさぁい? その姿のまま仲間の下へ逃げ帰って、貴方たちの王が死んだことを知らしめなさい。……そうしたら、見逃してあげるわぁ」
ニンゲンの言葉の意味はわからなかったが、あの背筋が凍り付くような笑みで理解する。自分はまた死に損なったのだということを。王の死を伝え、王が現れる前の散り散りばらばらに隠れ住んで非効率な狩りをしていた頃の暮らしに戻るならば、この化け物共は自分達を見逃すと言っているのだ。自分の指示で殴りかかり、そのせいで容易く散っていった同胞達と皆の憧れであった頼もしくも情に厚い王。無駄死にとわかっていても、それでも命を捨てて戦いを挑みたいと、自分も一緒にこの名もなき森の中で眠りにつきたいという衝動に駆られたオークリーダーが、すんでの所で踏みとどまれたのは、脳裏によぎった、自身の帰りを楽しみに待っている愛する妻と子供たちの姿であった。
「……わかったかしらアッシュちゃん? こうやって不意打ちで王級の上位種を打倒した場合、残党狩りが出来ない時はせめてこうして残党の統率を失わせられるように仕込みをしておくと後から残党狩りに駆り出される冒険者達が楽を出来るのよ」
「……理屈は理解できたけど、やり方が本当にえげつないのな」
よりによって自らの王が一撃で肉片になって爆散する瞬間を目の当たりにし、その肉片を全身で受け止めて呆然と立ち尽くしている状態のオークリーダーに、当然のようにいつも通りの微笑を浮かべて脅しをかけにいったマヤリスに、アッシュは若干引いていた。
「あーっ! アレクワンダー! アレクワンダーがでかい鳥さんに持ってかれたっ! 返せーっ! このぉーっ!」
このスプラッタな状況を前に、流石のドルカも怯えてしまったのではないかと心配になり隣を見やったアッシュであったが、当のドルカはオリビアのせいで真上に吹っ飛んでいったマンドラ大根達の行く末を見守っていた所、その内の1体が丁度上空を通りかかった鳥の魔物に咥えられて飛んでいくのを目撃してしまったようで、オリビアの渾身の一撃と惨劇の方には全く目が行っていなかったようである。
「ねぇねぇアッ君ドルカちゃん! 見た!? わたしの本気見てくれたぁっ!? んふふふふぅっ!」
「リビ姉ーっ! 鳥さんが! でかい鳥さんがアレクワンダーをーっ!」
ドン引いているアッシュの表情には一切気付かずに、たった今自分が肉片にしたオークキングだったものの血溜まりを指差してドヤ顔で称賛を求めるオリビアに、ドルカが必死で空を指差して助けを求める。
「わかったわぁっ! 次はあの鳥を狙えば良いのねっ! アッ君それ貸してっ! ……疾ッ!」
「あっそれ俺のナイフっ! あーっ! 師匠が餞別にって打ってくれたナイフがーっ!」
「あら、あの鳥リザードイーグルじゃないかしら? 上手く素材を確保出来たら高く売れる……ってもう手遅れだったわね」
マンドラ大根を咥え、どんどんと小さくなっていく鳥型の魔物に対し吸い込まれていくような軌道で、まるで彗星のようなきらめきを放ちながら飛んでいったアッシュの想い出のナイフは、まるで狙いすましたかのように鳥型の魔物の心臓を容易く貫き、その瞬間その刀身に込められていたオリビアの魔力が爆発。もはや肉眼で辛うじて見えるか見えないかという位置まで飛んでいた鳥が消えかかった辺りの空に、いやに耳障りな『パンッ』という何かが爆ぜる音と、鮮血の花火が広がった。
「アレクワンダーッ! 今助けに行くからねーっ!」
「俺のナイフがーっ! ってドルカ! 森の奥に1人で行くんじゃない! おいドルカっ! 待てーっ!」
「……凄いわよね、ドルカちゃん。大根ちゃんが落ちた所が一面薬草の群生地なんですもの」
「……あの薬草の山だけで査定額5,000ペロいったもんなぁ」
「本当はオークキングを倒したっていうだけでも50万ペロは下らないはずだったんだけれどねぇ……」
「……討伐証明部位さえ原型を留めてないんだもんなぁ」
オークを倒した後に集めていた、討伐証明部位である尻尾。マヤリスの毒で倒した分が10体にアッシュとドルカが二人がかりで必死になって倒した分が5体。オリビアが原型を保った状態で倒せた分が14体とリーダー格の1体分。
オークは1体400ペロの報酬に換算され、リーダー格の分はボーナスでプラス1,000ペロ。薬草の臨時収入と合わせて13,000ペロの収入となったのだが。
「オリビアさん。貴女が東門付近の石畳を踏み抜いて砕いていたという目撃情報が入っています。アッシュさん達には大変申し訳ないのですが、今回の報酬から修繕費として3,000ペロを回収させて頂きます。……約4分の1ですし、」
「私が買った剣、5本で6,000ペロだったのよねぇ……」
「……師匠がくれたナイフ、買うとしたら4,000ペロはする結構いい奴だったんだよなぁ」
まるで計ったかのようにピッタリプラスマイナス0の収支であった。
「おいオリビアッ! 俺様の武器を壊しやがった弁償代、いったいいつになったら払えるんだよっ!」
「ううぅううぅごめんなさいぃっ! もうちょっと、もうちょっとだけ待ってぇっ!」
オリビア=バルバロード、19歳。自身の身に纏ったオーラの制御が致命的に下手くそなため、戦った相手の大半は素材はズタボロ、辛うじて討伐証明部位が残るかどうか。仲間を同行させればほぼ確実に武具を破壊する為弁償代だけがかさみ、ドラゴンを素手で倒せる実力がありつつも常に財布はすっからかん。想像を絶する不器用さと、ショイサナでもトップクラスの戦闘力を誇る女戦士。
「アッ君、オリビアちゃん……! お金、貸してっ……?」
「……なあ、俺達本当にこいつと一緒に宝石樹の洞窟を攻略するのか?」
「戦力だけは折り紙付きだから……。後はもうドルカちゃんの幸運を信じましょ……?」
目の前でえぐえぐと涙を流し、馬鹿力のまま縋りついて来ようとするオリビアを必死で避けながら、アッシュはこれから先に控えている【宝石樹の洞窟】攻略という大きな計画について、そこはかとない不安を募らせるのであった。
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次話の投稿は明後日8時の予定です。
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