第七十話 間の悪さに定評のあるオリビアお姉ちゃん
「あらぁ……? 残りの大根ちゃん達、どうしたのかしら」
「えっとねー! 多分マーヤちゃんにいっぱい撫でて欲しいんだと思う! ねー? そうだよね、アレクサンダー?」
オークの鼻水+αでドロドロのぬとぬとになってしまったマンドラ大根2体。マヤリスの浄化魔法で輝かんばかりにぴかぴかになったのだが、どうやら残りの大根達がそれを見てそわそわしている様子であった。というか浄化魔法をかけてもらった大根2体がこれ以上絶対に自分を汚してなるものかとつま先立ち? のようなノリで足? を一所懸命にピンと伸ばし、オリビアが倒したオークの死体やその血液、水たまりや泥などを踏まないように気を付けながら妙にムン! と気取っていて、残りの大根達がそれを一歩引いた所で身を寄せ合うようにしてそわそわもじもじとしているのである。
「そうだったのね。……それならほら、こっちにおいで? いっぱいいっぱいかわいがってあげる」
「うひょー! 一番! 私一番! うひょー!」
先ほどと同じく、今も延々とオリビアの身の上話に付き合わされているアッシュには、「お前が撫でてもらうのかよ!」とか「どう考えても自分達も浄化魔法で綺麗にしてもらいたい様子じゃねぇか!」とか「そもそもちょっと綺麗にしてもらった位で大根が気取ってんじゃねぇぞ」とか「やっぱりあの魔法便利そうだなぁ教えて欲しいなぁ」とか色々と言いたいことをぐっと堪えてオリビアの話に集中せざるを得なかった。
いや、なんだかんだでオリビアの話も佳境に差し掛かってきているのでアッシュとしても水を差すつもりは毛頭なくなってはいたのだが。
「……それでねぇっ! その半年の間、宝箱だったり倒した魔物が持っていた武器だったり、色んな剣やそれ以外の武器を試したんだけど、やっぱりどれもすぐに壊れちゃってねっ……?」
ダンジョン産のアイテム。それは魔物と同様、ダンジョンに充満する瘴気によって形作られた物であると言われており、その性質もダンジョンから生まれた魔物と近しいものを持っている。
それは、魔物と同様形作られて間もなくは実体を持っておらず、それらを振るっていた持ち主の魔物が屠られ瘴気となって塵と化する際、一緒に塵となって消えていくことが多いことから現状研究者の間で一番支持されている説である。とはいえ明らかにできて間もないダンジョンでも魔物が粗末ながら武具を落とすことも、少ないながらも隠されていた宝箱の中にアイテムがあることも紛れもない事実であり、アイテムが実体化するには年月以外の要素があるか、それらのアイテムのグレードやその他の要因によって実体化が完了するまでの期間が異なる等、必ずしも魔物とアイテムで全く同じ法則が当てはまるとは考えにくいという説もまたまことしやかに囁かれてはいるのだが。
それはそれとして、瘴気によって生み出され、長い年月を経て実体化した武具やアイテムの数々。これらには、『瘴気によって何が何だかよくわからない、ともすればデメリットにしかなり得ない魔法的な効果が付与されていることがある』『人間の手で生み出された同質の武具と比べると非常に脆く壊れやすい』といった特徴もまた存在しており、安定性や信頼性の面では人間が手ずから作り上げた装備の方が圧倒的に優れているのが実情であり、鍛冶師を始めとした職人達の食い扶持がダンジョンによって完全に失われることはないという絶妙なバランスによって世界の経済は回っている。
というよりも、正しくは『完全に実体化する前に持ち出された武具やアイテムは損傷すると急速に劣化が始まり最後は塵となって消える』という考えの方が適切なようで、質に関わらず折れた後も魔力を帯びた金属片がちゃんと実体として残っていた剣など、決して少なくはない数が報告されているのも事実である。
そういった残骸は、得てして純度の高い魔素を帯びた素材となっていることが多く、一流の職人達の中には質の高い素材を求めて鉱山ではなくダンジョンの近郊に拠点を構える者も少なくない。そういう意味でも、ダンジョン産のアイテムの数々とそれらを生み出す人間の職人達とは上手に均衡がとれているのであった。
「『ダンジョンで拾った武器は壊れやすい。己の命を預ける一振りを選ぶときはよくよく注意しろ』っていうのがパ……お父さんの口癖だったんだけどねっ! やっぱり父の言っていたことは本当だった。わたしに相応しい剣はあの先祖代々の剣以外あり得ないのだ、とその時わたしは確信したのだ」
父親の言葉を思い出したことで脳内が凛々しい女戦士モードに切り替わったらしいオリビアが、唐突に真面目な表情に戻ってつらつらと語り始める。「パパとかお父さんとか父とか、呼び方色々過ぎだろ」と突っ込みたくてしょうがないアッシュであったが、よくよく考えてみると一々「ねっ?ねっ?」と相槌を求められるより遥かに楽に聞いていられるので自身の右の太腿を強くつねり上げ、その痛みで突っ込み衝動を堪えながらうんうんと話を聞き続けることにした。
視界の端では結局5体+ドルカが1列に並び、マヤリスに順番に撫で回されているのが見える。大根達も『そういうんじゃなかったんだけどなぁ』みたいな微妙な表情? を浮かべてはいるが、それはそれとしてマヤリスに撫でてもらうのは嬉しいらしく、自分の順番が来ると葉を震わせて喜びを表現している。そして、マヤリスが悪戯っぽい笑みを浮かべ、大根を撫でながらこっそりと浄化魔法を使って綺麗にし始め、撫でられている本人? 本根? 以外の大根が急速に浮足立ち始めた。なんだあの光景は。
「……そうして、私はなんとか素手でダンジョンの主を倒したわけだが、その主が持っていた剣さえも、私という人間の器には合っていなかったようでな。ダンジョンから出るまでの間に襲い掛かってきた魔物で試し切りをしている内にあっという間に折れて使い物にならなくなってしまった。とはいえ先ほど言った通りこの想像以上の空間圧縮魔法がかけられていたホールディングバッグや、丈夫で伸び縮みする服の素材など得るものも多くてな。今となっては良い思い出だよ」
「ごめん今ちょっと聞いてなかった。……えっオリビアそのノリでダンジョンを完全攻略しちまったのかよ!? 手ぶらのまま!? 一人で!?」
「ううぅうぅううぅう! 一番良い所っ! なんで一番良い所を聞いてないのっ! わたし頑張ったんだよ! 出てくる魔物はあんまり強くなかったけど、いっぱいいっぱい頑張った大冒険だったんだよぉっ!?」
流石に延々とオリビアの話を聞き続けることに疲れを感じて来てしまったアッシュが、ついついドルカ達の様子に気を取られて聞き逃してしまったようである。流石に申し訳ないことをしてしまったと内心冷や汗を流したアッシュは、全力でオリビアをフォローし、続きを促すことにした。
「い、いやでもオリビアは凄いなぁ! ちょっと行って来るかみたいなノリで手ぶらでダンジョンに潜って本当に攻略して帰ってきちゃうんだもんなぁ! ホールディングバッグとか、色んなお宝を見つけてほくほくだったんだろうなぁ!」
「……武具は全部ちょっと触ったら壊れちゃったもん。無事で残ったの、これくらいだもん」
「……いや、でもほらそれは何よりオリビアが無事で帰ってこれたことが一番だし! お父さんたちもさぞかし褒めてくれたんだろうなぁ!」
「……死んだか家出したと思われてたもん。それに、わたしの知らない間に弟が産まれててわたしの部屋が無くなってた……」
そりゃあ半年も音沙汰なく居なくなってしまったらそうなるよな、というか家を空けたのが半年なら母親の妊娠には気付けただろ出産の時期位頭の片隅に置いておいて立ち会ってやれよ……。
そんな言葉がついつい口をついて出そうになったが、今それを言ってしまえば目の前の残念美人は更に残念な醜態を晒して泣き叫ぶことになるだろう。そう思ったアッシュは右に加えて左の太腿も強くつねり上げることで自身の突っ込み衝動を必死で堪え、必死でフォローに回る。
「そ、それはおめでたいなぁ! さぞかし可愛い赤ちゃんだったんだろうなぁ! それに、半年ぶりに家に帰って、家族と話したり例の剣もまた眺めに行ったのかな? 半年ぶりの再開は楽しかっただろうなぁ!」
「……折れた」
「……えっ?」
「一族に代々伝わる初代バルバロードの剣、みんなが赤ちゃんをあやしている間にこっそり触ってみたらあっという間に折れちゃったのぉっ! うううううぅううぅううっ!」
「そんな展開予想できるかっ! 澄ました顔で『いい思い出』とか言ってたのも結局ただの強がりかよっ!」
必死でオリビアが傷つかない方向に話を持って行こうとしていたのに、全方向がトラップゾーンであった。左右の太腿を犠牲にしてもなお堪え切れなくなったアッシュは、今まで溜め込んだ突っ込み衝動の分も合わせて、全身全霊の魂の叫びを森全体に響き渡らせるのであった。
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次話の投稿は明後日8時の予定です。
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