第六十九話 オリビアちゃんの趣味は可愛いもの集め(ただし丈夫なものに限る)
「……ぐすっ。それでねそれでねぇっ! いつもみたいに山に行って岩を持ち上げたり滝を割ったりしてたらね、魔物をいっぱい見かけるようになって。おかしいなって思って魔物を倒しながら魔物がやってくる方に向かって行ったら、ダンジョンを見つけたの!」
「……13歳の時点でもう当たり前のように魔物を倒してたのな。ってかいつもみたいに岩を持ち上げたり滝を割ったりってなんだよ……」
いつの間にやらえぐえぐと自分語りを始めたオリビアの話を延々聞かされることとなってしまっていたアッシュは、結局ちっともオリビアのフォローを手伝ってくれなかったドルカとマヤリスの方をこっそりと恨みがましい目で見やる。
「あぁーっ! アレクヨンダーッ! アレクツーダーッ! でろでろだー! ぬとぬとだぁー! ばっちぃ! もうだめだー!」
どうやらアッシュが延々と話を聞かされている間に見つかったらしいアレクヨンダーとアレクツーダーは、オークの鼻に詰まって吹き飛ばされたことで鼻水塗れで悲惨なことになっていたらしい。それに加えて、2体で必死になって戻ってくるまでの間に鼻水のせいで蜘蛛の巣やら落ち葉やら泥やらが纏わりついてそれはもう酷い有様であり、ドルカを見つけて喜びのあまりいつものようにドルカの胸に飛び込もうとした大根達をドルカは何も考えず抱き留めた結果、そのぐちょぐちょのドロドロのねとねとを自分も浴びることになって流石にガチで泣き出してしまったらしい。
「落ち着いてドルカちゃん? とっておきの魔法を使ってあげるから。『浄化』……。ほら、これで大根ちゃん達もすっかりピッカピカでしょ?」
「……おぉ? おぉー? ……うぉー! 綺麗だ! すっかり綺麗だー! 良かったねアレクヨンダーアレクツーダーッ! これでいざって時に食べても平気だねー! うひょー!」
漏れ聞こえてきたいつも通りの混沌とした会話に、「浄化で綺麗になったとはいえ食う気あるのかよ!」とか「大根共もそれで喜んでんじゃねぇよ!」とか「マヤリスも魔法使えたのかよ! 今度教えて」とか「そもそも逃げていったオークリーダーは追わなくてもいいのかよ!」とか色々と声を大にして突っ込みたかったアッシュであるが、ひたすらうんうんと頷きながら話を聞き続けることでようやく少しずつ平静を取り戻してきたオリビアを無視してそんなことをしてしまえば一瞬でオリビアのメンタルが元通りなのは火を見るよりも明らかである。仕方なしに、ショイサナに来て数日の間にすっかり染み付いてしまったツッコミ衝動を必死で堪えながら、アッシュはオリビアに話の続きを促した。
「……というか、ダンジョン、しかも魔物がそこそこの数外に出てくる状態のって結構出来上がってから年数経っちゃってるよな? 由緒正しい戦士一族のおひざ元でもそんなことって起こり得るんだな。見回りとかでしっかり対策してるものだと思ってたぜ」
「あ! それはねぇ、実は6歳か7歳の頃からゴブリンとかコボルトとか、そういう弱い魔物が出てきてたんだけどわたしが全部倒しちゃってたから、みんな気付かなかったみたい。ほら、わたしも修行の練習相手は欲しかったからっ! それもね、ちょっとずつちょっとずつ出る魔物もオークやオーガ、ハーピィにミノタウロスって強くなっていってたからわたしの練習相手に丁度良くってつい黙ってたんんだー。……懐かしいなぁ。倒した後に死体でバレないように狼さんの巣に投げ込んで隠したり、狼さん達があまりに美味しそうに食べてるからわたしもお腹が空いちゃってオークとかハーピィとかミノタウロスとか、狼さんが特に美味しそうに食べてた魔物は自分でもちょっと食べるようになっていったり」
「そんな幼い頃から実戦積み上げてたのかよ……。俺が、ドルカと二人がかりで必死になってようやく倒せたオークも、それより上位の魔物も……? っていうか食ったの!?」
色々とぶっ飛んだオリビアの幼少期の話を聞きながら、アッシュはオリビアという冒険者の底知れなさを垣間見た気がしたのであった。
「それでね……? 今までも『修行に行ってきます!』って言って1日2日家を空けることはあったんだけど、流石に生まれて初めてのダンジョン攻略は思いのほか時間がかかっちゃって……」
6歳の頃から修行用の剣をこっそり持ち出して野山に入り浸るようになったオリビアは、7歳の半ばで内功に開眼、9歳の頃には修行用の剣ではオリビアの膂力に剣が耐え切れずに数度振っただけで剣が折れるようになってしまった。とはいえそこは由緒正しい戦士の家系にしてその門を叩く者が後を絶えない道場。修行用の剣も、折れてしまうような剣も数え切れないほどであり、そのこと自体はオリビアの父も薄々勘付きつつも黙認していた。
ダンジョンから這い出てくる魔物達は自前で武器を持っていることが多いので、魔物さえ見つけてしまえば1回1回の戦闘で使い捨てになってしまっても困ることはなかったのだが。
そんな日々の中で見つけた、『絶好の修行場』。それは、4歳の頃に代々刀剣のコレクターでもあったバルバロード一族が長い歳月をかけて集めてきた、例の剣を含めた名剣名刀の類を保管する宝物庫に毎晩こっそり忍び込んではうっとりとした表情でそれらを眺めていたのがバレて以降厳重に鍵をかけられてしまい、本物の名剣を手にする機会に飢えていたオリビアにとっては、自分の、自分だけの剣を探す格好の機会でもあった。
「……それでね? わたし、14歳の頃に決心してダンジョンに入ってみることにしてみたんだけど、それがもう楽しくて楽しくて! そのちょっと前からウサギさんとか狼さんとか鳥さんとか、普通の動物どころか魔物までわたしの気配を察知したら全力で逃げるようになっちゃってたし、なんだか家族もみんなわたしを腫れものに触れるような扱いで剣の手合わせをお願いしても避けられてたし。全力で向かって来てくれる相手は久々で、嬉しかったなぁ……」
家族、というよりは一定以上の技量を持つ者であれば、その頃のオリビアが既に異次元の強さを身に着けてしまっていたことは一目瞭然であったが、ようやくまともに剣が振れるようになり、辛うじてゴブリンやオーク相手に集団での実戦があるかどうか程度の門下生たちからすれば、オリビアとその父や兄との間の力の差はどちらも自分より遥かに高い頂の話であり、判別が付かないものである。 そして、そんな門下生たちから見たオリビアは、戦士の家系に生まれながら道場に顔を出さず、毎日野山を遊び歩いているよくわからない小娘である。打ち合えば当然負ける。負ければ道場の看板を、主の座を渡さずにはいられなくなる。オリビアの父は、道場の主として、自身が手ずから教えたとはもはや言えないまま遥か高みの領域まで到達してしまったオリビアと打ち合い、負けるわけにはいかなかったのである。
母も母で、段々と力の加減がわからなくなっていった結果、服を脱ぎ着するだけでびりびりに破いてしまうようになったオリビアに丈夫でよく伸び縮みする材質の服を考えては用意してやり、それでも破いてしまう、女性のたしなみ以前の存在に成り果てた癖に妙に可愛いものが好きなオリビアという娘にこれ以上何をしてやればいいのかわからなくなり始めていた。
そんな、色々な要因が重なってなんとなく家の中で孤立感を抱き始めていた頃に見つけた『自分に本気でぶつかって来てくれる相手』はオリビアにとってはとても嬉しい存在だったのである。
「それでねぇっ! ついつい楽しくって我を忘れて戦ってたら、気が付いたらダンジョンの中で半年くらい経っててねっ?」
オリビアがダンジョンの外に漏れ出た魔物を狩り始めたのが6歳の頃。ダンジョンから外に魔物が這い出るようになるまでにおおよそ4~5年かかると言われていることから逆算して、最低でも14~15年間、誰にも攻略されずに放置され、密かに成長し続けていたダンジョンの深さは、一体どれほどの物で、その中に潜む魔物達の強さは一体どれほどだったのであろうか。
そんなダンジョンの中に、たった一人で、恐らくろくな準備もないままに潜り込み、夢中でダンジョンの魔物をと狩り続けた結果、気が付いたら半年が経過していたと語るオリビアの表情は、100人が100人見惚れる程に美しく、無邪気な笑顔であった。
その笑顔を前に、話の内容が内容でさえなければなぁ、とつくづく目の前の美女の残念さに言いようのない切なさがこみ上げてくるアッシュであった。
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