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第六十八話 オリビアちゃん(当時5歳)の決意

「ううぅうううぅ……! アッ君とドルカちゃんには見せたくなかったのに! せっかく普通に話しかけてくれるお友達が出来たと思ったのに! ううぅうううぅ……」


 夥しい数の魔物が入り混じる、並の冒険者にとってはその浅いエリアでさえ安全に魔物を狩れるようになることが出来れば一人前だと言われているショイサナ東の森の奥地。アッシュは今、えぐえぐと泣くのをやめないオリビアを必死になって慰めていた。


「いや、だからオリビア大丈夫だってば! 俺もドルカも引いてないから! いや、そりゃあいきなりだったから驚きはしたけど! ほら! ドルカなんて飛び散った剣の破片がキラキラしてかっこいいって言ってたし! なっ、そうだよなドルカッ!?」

「アレクヨンダーッ! アレクツーダーッ! どこーっ!?」

「肝心な時にお前はぁっ!」


 頼みの綱のドルカは、オークの鼻に詰まった結果彗星の如く森の中を吹っ飛んでいったマンドラ大根を探して周囲に向かって大声で叫びまわっており、泣き崩れているオリビアは視界に入っていない。どうしたものかときょろきょろと辺りを見回したアッシュは、そこで目が合ったマヤリスに救いを求めたのだが、当のマヤリスは泣き崩れるオリビアを見て悦に入っており、身悶えしながら喜んでいるので全く以て当てにならない。

 その表情を見て、アッシュに安物の数打ちを5本買い与えたのも、オリビアの二つ名をギリギリまで伏せていたのも全てこの状況を愉しむ為であったことを確信したアッシュは、マヤリスに頼ることを諦めざるを得なかった。


「ううぅうぅ……! わたしだって、好きでこうなったわけじゃないのにぃっ! わたしはただ、先祖代々の剣に相応しい強さを身に付けたかっただけなのにぃっ!」


――そう。全ての悲劇の始まりは14年前。当時5歳だったオリビアが、修行に明け暮れる父や兄、門下生たちを見て見よう見まねで修行ごっこをして遊んでいた頃に遡る。


「えいっ! やあっ!」

「はは……。オリビアも中々様になっているじゃないか」

「ほんとっ!?」

「ああ。オリビアのその身体にも、勇者様と一緒に魔王を打ち滅ぼした偉大な英雄の血が流れている。きっとお前も良い剣士になる」


 拾った木の枝で素振りをして、修行に参加したつもりになっていたオリビアを見て、愛おしそうに微笑んだ父親に、オリビアは言った。


「じゃあ、私もいつか、『あの剣』を振れるようになれる?」


――『あの剣』。そう、無邪気に尋ねたオリビアに、22代目の正統後継者であり、その『剣』の正式な保持者であるオリビアの父は、何故か寒気を覚えずにはいられなかった。


 その剣は、初代バルバロードが勇者との旅の中でとある国を救った際に褒賞として下賜された、その国一番の鍛冶師の、残りの人生全てを捧げたとしてもそれを超える剣を打つことは出来ないだろうとまで言わしめた会心の一振りであった。

 オークが見上げる程の、完全に武装した姿はオーガと見紛われるほどの長身に相応しい幅広のバスタードソード。その長さは小柄な女性の身長にも匹敵し、その重量は並の人間であれば持ち上げることさえ困難な程である。しかしその刀身は非常に滑らかで美しく、光の当たる角度を変える度、持つ者の闘志に反応し活力を与えるという術式の紋様がきらきらと反射して浮かび上がる様は見る者の心を奪ってやまない。


――この子は、いつか本当にこの剣を振るに値する傑物に育つのではないか。


 きらきらと輝くような表情で木の枝を振り回すオリビアと、わき目も降らず一心不乱で剣を振るオリビアの兄を見比べた父は、内心そう思わずにはいられなかった。

ブレることのない重心。流れるような、一切の無駄のない剣閃。そして何より、木の枝とは言え、無造作に拾い上げておきながら長さも重心も常に今の自分に最適なひと振りを選び抜くその観察眼。無邪気に遊ぶオリビアのその全てが、兄どころか父である自分自身、先代であるオリビアの祖父も、先々代、オリビアの曽祖父までもを遠い記憶を呼び起こし、見比べてみても叶わない程の才覚に溢れているように見えていたのだ。

 だからこそ、彼は言った。


「……そのためには、君はもっと強く、大きくならなきゃいけないよ」


……と。

 初代バルバロードから当代の自分に至るまで、その剣は、正統後継者は代々男である。その代で最も剣に優れたものがその剣を持ち、正統後継者を名乗ることを許される。初代バルバロードの言葉の中に、女性が正統後継者となることを禁じる言葉は無かったが、あれだけの質量を誇る剣を振るえる女性などいるはずもない、いたとしても男性の力に及ぶはずもないというある意味では当然の認識がそこに存在した。

 実際、目の前で無邪気に問うた自身の娘も、そもそもこの剣を満足に触れるだけの身長に育たないかも知れない。確かに先祖代々長身の家系ではあるが、それ以上にあの剣は長大で、そもそも振る人間を選ぶのだ。実際問題として剣の腕で正統後継者の座を勝ち取っておきながらあの剣を振れる程の身長に恵まれなかったという先祖もいるにはいたらしいのだが、それでも男性と女性という性別の壁はあまりにも大きいように思えたのだ。


「もっと強く? もっと大きく?」

「そうだ。あの剣は、その代で最も強い者が持つことを許される一振りだ。オリビア、君はあそこで一心不乱に剣を振るう兄よりも強くならなければあの剣を持つことは許されない。……そして、強くなったとしても身長が足りなければ扱い様がないだろう?」

「そっかー! じゃあわたし、いっぱいしゅぎょうして、もっともっと強くなる! それで、おにいちゃんに負けないくらいもっともっと大きくなる!」


――それは、父からすればほんの些細な、ただただ無邪気な娘との何気ないやり取りであった。


 しかし、オリビアにとっては違った。幼心でも薄々理解していた、性別の壁に、5つ上の兄という今の自分では到底敵うとは思えない大きな壁。その2つを越えさえすれば、かつて、1度だけ父が見せてくれたあの剣を自身のものにすることが出来ると。諦めかけていた憧れの剣への道に、一筋の光明が差したような気がしたのだ。

 それから程なくしてオリビアは、父や兄が修行する広場に顔を出すのをやめた。それを父や兄は、幼子らしい移り気で、別の遊びに夢中になったのだろうと思い込んでいたが、それは違った。

 オリビアは理解していたのだ。兄達の、『自身より才能に劣る者達の、実戦でさえない修行』を真似していても自身の求める頂には届かないことを。その代わりオリビアは、他流派との交流試合や真剣を用いた試合は必ず見に行った。その剣戟の全てを、一挙一動を、食い入るように眺め、試合が終わるとまたふらっとどこかへ消えていく。

 そんなオリビアの様子を、父や兄は、自身が剣を振ることを諦めたのかと受け取っていたが、実際は違った。オリビアは、ただひたすらに、無心になって木の枝を振るっていた。


――もっと鋭く、もっと無駄のない動きを。本気の父が見せる、あの剣閃に届き得る一撃を。女性というハンデを越えてなお届き得る力を。


 オリビアのその努力は、独力による、『内功』と呼ばれる技術体系のゼロからの獲得という形で実を結んだ。

 体内の魔力を循環させることにより、その力を数倍にも数十倍にも増幅させる技術。体格的にどうしても男性に劣るはずの女性冒険者の一部が、男性に混ざって軽々と大剣を振るい前線に出ているのをしばしば見かけるのは、この内功という技術があってこそ可能な芸当であるが、男性もまた内功を習得することは可能なわけで、結局一部の例外を除き、地力の差で男性の方が腕力に優れるケースが多いというのが一般的な世間の認識である。


――しかし、その内功を、人知れず年端のいかない頃の少女が体得していたとしたら?


――その内功こそが自身の追い求める夢に届き得る唯一の道だと理解し、一心不乱にその技術を磨き続けていたとしたら?



 オリビア=バルバロード。誰に教わるわけでも無く独力で内功の習得に成功し、その力を誰にも明かさず、一心不乱に磨き続け、齢10歳の頃には既に兄も、父でさえも届き得ない程の武の頂に辿り着き、そのことに気付かずに更にもう3年、歴代バルバロード達が知ったとしても「うわぁ……」と軽く引くほどのえげつない修行を繰り返した少女は、その時点でもうちょっと取り返しのつかないことになっていた。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。


次話の投稿は明後日8時の予定です。

面白いと思って頂けたようでしたら、お手数ですがなろうログイン後にブクマ、評価など頂けると嬉しいです(評価は最新話ページ最下部に表示されます)!

ぜひぜひよろしくお願いいたします。

twitter@MrDragon_Wow

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