第六十七話 君の二つ名は。
「ブ、ブゴブゴブゴォ! ブゴォブゴブゴ!?」
「ブゴォ! ブゴブゴブゴッ!」
「アッ君が私にくれた剣が壊れちゃったアッ君が私にくれた剣が壊れちゃったアッ君が私にくれた剣が壊れちゃったアッ君が私に……」
――ショイサナの東、森の中。オークの上位種の出現によりオーク達が群れを成して集い始めたという異変の中、森は、それとは全く関係の無い謎の緊迫感に包まれていた。
「……なあ、マヤリス」
「なぁに、アッシュちゃん……?」
「アッ君が私を庇った上でくれた剣だったのにアッ君が私を庇った上でくれた剣だったのにアッ君が私を庇った上でくれた剣だったのにアッ君が私を……」
7体にもなるオークの群れ、しかもその中の1体はオークリーダーという本来であれば一触即発のはずの空気の中、その空気に耐え切れずに口を開いたのはアッシュであった。
「……オーク達、オリビアに怯えてないか?」
「アッ君が新調したばかりの剣だったのにアッ君が新調したばかりの剣だったのにアッ君が新調したばかりの剣だったのにアッ君が……」
いや、実際は先ほどからオリビアが延々と一人でぶつぶつうわ言の様に何かを繰り返してはいたのだが、オークリーダーに吹き飛ばされた位置でそのまま近寄るなとマヤリスに厳命された結果、微妙にオリビアとアッシュ達の間には距離があり、何を言っているのか聞き取れないし、どう見ても何かしら意味のある言葉を呟いているようには見えない。
そして、その様子を見て困惑しているのはアッシュ達だけではなく、オーク達も同様のように見えたのだ。
というか、さっきからオークリーダーが配下のオーク達に「おいお前行けよ」みたいなノリでフゴフゴと指示を出せば配下のオーク達の間で「お前行けよ」「いやお前が行けよ」みたいな煮え切らないやり取りが始まり、その中の1体が「そうだ! リーダーこそ先陣切ってくださいよ」的な感じでフゴフゴ言ったかと思いきや今度はオークリーダーの方が「いやなんかちょっとそういうのは違くない?」的な感じで急に腰が引けだしたりと、つい先ほどまでアッシュが文字通り命がけで戦っていたレベルの敵だとは思えない程のおどおどとした様子なのだ。
「くすくす……。仕方ないわぁ、あの状態のオリビアは無意識に威圧をまき散らしているようなものですもの。……というより、私はついさっき森に入ってすぐの頃はもっと軽い威圧でびくびくしていたはずのアッシュちゃんが今こうして平然としていることの方が驚きなのだけれど」
「いや、平然としてるわけではないというか、今だって手が震えそうではあるんだけどな。それよりもさっきドルカと二人がかりになってようやくぎりぎり勝てるかどうかって位の相手だったはずのオークが急に弱々しく見えるようになって気勢が削がれたというか。……そもそもオリビアの『あの状態』ってなんだよ?」
そう、明らかに何かを知っている様子であるマヤリスに、アッシュが質問を投げかけた瞬間であった。
「フゴォ! フゴフゴブゴォ!」
「ブゴッ! ブゴッ! ブゴォッ!」
「……煩い」
誰が先陣を切るかで散々揉めていたオーク達が、「こうなったら全員でかかるしかねぇだろ!」「エイ! エイ! オーッ!」みたいなノリで全員で飛びかかることを決心した瞬間、それまで延々とうわ言を呟きながらわなわなと震えていたオリビアがピタッと動きを止め、顔を上げてオーク達の方に向けたのだ。
たった今の、己を奮い立たせるような掛け声の勢いはどこへやら。「オーッ!」の部分で威勢よく棍棒を振り上げたポーズのまま、凍り付いたかのように動きを止めてしまったオークをよそに、オリビアは言った。
「アッ君……。わたし、思ったんだけど、さっきのは何かの間違いだったんだと思うの。……あと4本あったでしょう? ……剣、わたしにちょっと貸して?」
凛々しい戦士を装った声でもなく、いつもと同じ、いやむしろそれ以上に柔らかく包み込むような、中々寝付かない赤子を優しく寝かしつける母親のようなトーンのオリビアの声。こちらを見もせずに発せられたその声にひれ伏したくなるような威圧を感じたアッシュは、言われるがままにドルカの鞄から剣を取り出し、先ほどと同じように投げ渡す。
「あっやべ! ……オリビア危ない!」
無意識に手に力が入ってしまったアッシュが投げた剣は、先ほどの、持ち手が前に来るように、回転をかけないことで万に一つでもオリビアに刃が向かないようにという気遣いのある投げ渡し方とは異なり、くるくると回転が加わってしまった上に、オリビア目がけて一直線に向かってしまっている。
――ヒュンッ! ゴキゴキメキョッ!
「やっぱり、これも欠陥品かぁ……。アッ君、次は上手くやるから、もう一本、お願い……?」
その時、アッシュは思わず目を疑った。自身の見たものが正しいのであれば、オリビアに一直線に飛んでいった剣が、オリビアに届くか届かないかという瞬間になってオリビアの左腕と共に消え、それとほぼ同じ瞬間にほど近い所にいたオーク2体が真横一文字に両断され、切り離された腕がドサリと地面に落ちると同時に、血しぶきを上げて崩れ落ちるように倒れて行ったのである。
「ねえアッ君、お願い……! あと3本あったでしょ? 3本もあればきっと1本くらい『当たり』があるはずだから……! ねっ? いいでしょ? お願いってばぁ……!」
そう言って、たった今剣を振ったはずの左手をアッシュの方に伸ばし、開いた瞬間にぽろぽろとその手の指と指の間から零れ落ちる何かの正体に思い至ったアッシュは、目を見開いた。
「あれ……! 今の手から零れ落ちた粉々の何か……っ! 剣の残骸……?」
「その通り。……くすくす、ちゃぁんと説明してあげるから、その前に三本目を渡してあげなさい? ほらほらぁ、オリビアが懇願するような顔でこっちを見てるわよぉ?」
マヤリスにそう言われて、慌てて3本目を投げ渡したアッシュであったが、先ほど力が入りすぎてオリビアに直接当ててしまいそうになったことを気にしすぎて、今度はだいぶ軽く投げすぎてしまった。これではオリビアまで届かずに地面に落ちる……と思った瞬間、オリビアが剣が落ちる前に音も無く移動してキャッチしたようで、剣をキャッチしながら方向転換をする一瞬、ズザザッと木の葉や泥を巻き上げて見えた残像が、再びオークの方に向かってブレて消えたかと思いきや、「ヒュゴッ!」という断末魔の悲鳴を上げて、再びオークが切り捨てられる。
「リビ姉すごーい! 切った瞬間剣がキラキラって飛び散ってるー! かっこいー!」
「アッ君……! もう一本! もう一本ちょうだい!」
残りの2本の剣を無言で、敢えて変な方向に投げて渡すことで時間を稼ぎながら、アッシュはマヤリスから説明を聞いた。
「オリビアの二つ名、まだ説明してなかったわよね? 彼女の二つ名は『破壊姫』。あらゆる剣豪をも超越した剣技を身に着けておきながら、その身に宿した力のせいで剣を握れば一瞬でその剣が朽ちて使い物にならなくなる、魔窟でも最強レベルの『ポンコツ』ね」
「あぁっ! なんでぇっ! なんで5本とも全部だめになっちゃったのぉ!? 今度こそ! 今度こそ大丈夫だと思ったのにっ! うっ、うぅううぅううぅう……」
あっという間にリーダー格を除くオークを6体全て切り伏せ、それと同時に5本の剣を全て握り潰してしまったオリビアは、茫然自失といった表情で膝から崩れ落ち、たった今己が築き上げた惨状がまるで無かったかのようにえぐえぐと泣きじゃくる。
数打ちとはいえ、鋼で出来た剣を一回振るう間に容易く握り潰し、振るい終える頃には剣先まで粉々に砕け散るというオリビアの凄まじい怪力ぶりをまざまざと見せつけられ、今朝、軽い握手のノリでぶんぶんと振り回されている間にベキバキと音を立てて直視できないレベルにまで握り潰された自身の両手の、その時の感触を思い出してしまったアッシュは、思わず身震いをしてしまうのであった。
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次話の投稿は明後日8時の予定です。
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