第六十四話 予測不能のドルカと冷静沈着のアッシュ
「……噂には聞いていたが、まさかこれ程とは……。マヤリス……この二人、本当に未知数だな」
「ふふ、でしょう……? だから私、この二人と組むことに決めたんだもの」
必死で戦っている姿を見てそんなことを囁かれているとは露知らず、アッシュはいつも通り、いやいつも以上にるんたるんたとはしゃいでいるドルカを横目にぜぇぜぇと息を切らして膝に手を付いていた。
「うひょー! アッシュ君かっこいー! 私達つよーい! オークさん! いつでもどこからでもかかってこーい!」
「ぜぇっ……ぜぇっ……! やめろ馬鹿ドルカッ! 俺はもうこれ以上戦えないって……!」
「あっ! アッシュ君がへろへろだっ! これは元気を分けてあげなければならない! というわけでアッシュ君にとーつーげーきーっ! うひょー!」
「うべぁっ……!」
疲れでへたばっているアッシュの脇腹に思いっきり飛び込んでいったドルカの頭がクリーンヒットし、すっころんだアッシュに覆いかぶさるようにドルカが引っ付いて来る。
「えへへへー! かいふくかいふくー! アッシュ君が早く元気になりますようにー!」
「ありがたいんだけど、もうちょっとこうマシな方法は無かったのか……?」
痛みや疲れこそ消えたものの、なんとなく労わる様に自分の脇腹をさすりながら立ち上がったアッシュは、なおも引っ付いて来るドルカを引きはがしつつ自分の服に着いた木の葉や土をパンパンと払った。
「ふぅ……。それはそうと、なんだかんだよくマヤリス達の助けも無しで戦いきれたよな、俺達……。戦い方は、まあ色々とアレだったけどさ……」
アッシュ達の戦い方はなんというかその、あまりにもいつも通りであった。大抵やかましく騒ぎ立てているドルカが最初に狙われ、そちらに意識が向いたオークにアッシュが不意打ちを喰らわせる。とはいえ一撃で倒しきることは叶わず、反撃を喰らったアッシュが吹っ飛ばされ奮起したドルカがアッシュの代わりにユグドラスティックを構えて殴りかかろうとする。そこで大根達が慌ててドルカの足に纏わりついて引き止めたりオークの顔に張り付いて足止めをしたり、ドルカが間違って特攻を仕掛ける前にアッシュが体勢を立て直して再度切りかかる時間を稼ぐ。後は延々オークが倒れるまでその繰り返しである。
その合間合間に、力いっぱいの棍棒のフルスイングをたまたま足元に見つけた変なキノコを拾い上げようと屈んだことで躱したり、ひらひらと宙を舞う綺麗な蝶に気を取られて今まさに切りかかろうとしていたアッシュの袖を思いっきり引っ張った結果アッシュが前のめりにすっころび、変な姿勢で突っ込むことになった一撃が奇跡的にオークの心臓を一突きにして仕留めることに成功したり、ドルカ目がけて思いっきり棍棒を振りかぶりながらドスドスと走って来るオークを見て避けろと叫んだ結果何故かオークに向かって前進してからしゃがみこみ、両手で頭を庇いながらぷるぷると震え始めたドルカにオークが躓いて転倒、丁度額の位置に岩があった上に振りかぶったまますっぽ抜けた棍棒が後頭部にクリーンヒットし、岩と棍棒の挟み撃ちでノックダウンしたりと、とにかく何をしていてもドルカが起点となって訳の分からないことが起きるのだ。
「……正直言って、ある意味一番戦いたくない相手よねぇ、ドルカちゃんって」
「文字通り何をするかわからない上、その不確定要素が全て相手に有利なように作用する。ディアボロスとやらが真っ先にドルカちゃんを潰しに行ったというのも痛いほどに理解できる話だな」
「えへへへー! 頑張った? 私頑張ったー? アッシュ君褒めて! 褒めていっぱい頭撫でて! えへへへへー」
そんな、魔窟のベテラン冒険者二人をしてまで絶対に相対したくない相手だと言わしめた当のドルカは、嬉しそうにアッシュの手を引っ張って自分の頭にうりうりと擦り付けてえへらえへらと幸せそうに笑っている。
ついでに言うと、ドルカが見つけたキノコや蝶は魔素の濃い森固有の品種であり、キノコは珍味として、蝶は鱗粉が錬金の素材として重宝される激レア高級素材であり、その2つだけでも今回マヤリス達が倒した分まで含めたオーク達の討伐報酬を余裕で超える程の高値で売れる代物であった。
「そもそもこいつ、単独で賭場を潰したようなもんだしディアボロスとも俺とダグラスが駆け付けるまで一人で相対してたんだよな……。ほんとなんで怪我一つせずにぴんぴんしてやがるのか訳が分からない……。それはそうと、その、俺の戦い方はどうだった……?」
両手をドルカの思うままに弄ばれながらも、おずおずとアッシュは二人に尋ねた。自分としては、ドルカの豪運による助けが大きかったとはいえ、結果としてたった二人でオークを5体も倒せたのは中々の戦績なのではないかと思っているのだが、それはそれとしてベテラン二人から見た評価が気にならないわけがない。戦闘後の気の昂りも相まって、ついついドルカの頭に擦り付けられている両手を自分でも強めにわしゃわしゃと動かしながら二人の返答を待った。
「まあ、普通ね。……恐ろしいほどに」
「ああ、普通だな。……凄まじいまでに」
「えぇっ!? ……そ、その! なんかこう他にはないのかよ! 『ここはこうした方がよかった』とか『あの一撃は良かった』みたいな、そういう感想無しに全部普通なのかよ!?」
二人して神妙な顔をしながら普通普通と連呼し始めたことで高揚していた気持ちがしなしなと萎れていくのを感じて思わず目頭さえ熱くなる勢いのアッシュであったが、それを見たマヤリスがくすくすと笑いながら補足を始める。
「やぁねぇアッシュちゃん。私達、最大限に褒めてるのよ? アッシュちゃん、ドルカちゃんと出会ってまだ4日目なんでしょう? ……貴方、順応力が高過ぎるわぁ。あれだけのイレギュラーが起こり続けている中で、貴方だけがいつも通り動き、いつも通りの冷静さ、的確な判断力で敵を攻撃し続ける。その恐ろしさがわかるかしらぁ?」
「確かにアッ君の実力自体は凡庸。基礎に忠実と言えば聞こえは良いが型にはまりすぎていて見え見えな上、相手との体躯の差も考慮できていなければ自身の一撃が相手にどれだけダメージを与えられるかという見当も付いていない。……だが、アッ君の攻撃は常に万全のコンディションで放たれ、相手は常に予想外の出来事で不利な体勢でそのベストな一撃を受け続けなければならない。……本来であれば2段も3段も格上のはずのオーク相手に5回対峙して5回勝利を収める。……いや、5回対峙して5回勝てる相手ならもはやそれは格下というべきなのだが、アッ君の動きは素人丸出しなわけで、どこをどう見てもオーク相手にまともに太刀打ちできる要素はなかったはずで、でも5回対峙して5回とも勝利しているわけで……」
マヤリスとオリビアからそう説明を受けたアッシュだったが、結局それをポジティブに受け止めればいいのかネガティブに受け止めればいいのかわからず、困惑してしまう。
「……そうなると、凄いのはドルカであって俺は凡庸な戦い方しかできてなかったっていうことか?」
「あのドルカちゃんの隣で何故普通でいられるのかという意味では貴方も相当に凄いのよ……? 私達レベルに動きが極まって先読みをしているわけでもないのに、まるで最初からドルカちゃんの行動が読めていると言わんばかりにドルカちゃんが作り出した隙を突いて攻撃するんですもの。……理解不能だわぁ」
「ねーねー私すごい? マーヤちゃんもリビ姉も! 私頑張ったでしょ! だから褒めてー! そして撫でてー! うへへへー!」
アッシュの両手を左手でがっしり掴んで自分の頭に乗せたまま、空いている右手でマヤリスとオリビアの腕も掴んで自分の頭に無理やり乗せ、4つの手にうりうりと頭を擦り付けては嬉しそうに笑うドルカと、苦笑交じりで、しかし優しい手付きで耳元をくすぐるように撫でてやっているマヤリス、そして腕を強張らせつつもドルカの成すがままになり、髪の毛に触れる手のひらの感触に一々呻き声をあげるオリビアを順番に眺めつつ、結局喜んだらいいのか悲しんだらいいのか、その評価を受けて自分はどうしたらいいのか、全てがよくわからないままのアッシュであった。
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次話の投稿は明後日8時の予定です(朝の寒さが辛くなってきたので1時間ずらします、ご了承下さい)。
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