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第十一話 何が一番怖いって、みんな自分たちが普通だと思っていること

「いやぁ失敬失敬。この店の雰囲気に充てられて吾輩も少々逆上せてしまっていたようだ。詫びと言ってはなんだが、可愛いレディとレディを魔の手から守り抜いた騎士(ナイト)に一杯、お勧めのプロテインを御馳走させてもらうよ」


 口調だけは爽やかに、恐ろしいまでに鍛え上げられた恐ろしいほどに暑苦しい男、ダグラスはアッシュにウインクをしながらさも当然の事のようにプロテインを勧めてきた。


「プロテインかよ!」

「ん? 少年にはワセリンの方が嬉しいかな?」

「そういう意味じゃねぇよ!」


 プロテインとワセリンの二択ってなんだよ。


「あら、アタシには何もないの?」

「そうだな、見目麗しい我らが憩いの店のマスターにも、飛び切りのプロテインを」

「人の話を聞けよっ!」


 アッシュの突っ込みがまるで聞こえていないかのような鮮やかなスルーっぷりにアッシュが抗議してみせると、ダグラスはその巨躯に見合う、びりびりと鼓膜が震えるほどの大声で笑い出した。


「ヌハハハ、冗談である。適切な鍛錬も行わずにプロテインを飲むだけでは健全な筋肉は育たぬのでな。吾輩の名はダグラス=オールストロング。もし興味が湧いたなら吾輩を訪ねるとよい。少年なら一週間もあれば素手でオーガを縊り殺せるだけの筋肉を得るのも夢ではない」

「ならねぇよたった一週間でそれとか逆に怖いわ! 俺はアッシュ=マノールと言います普通の飲み物でお願いしますよろしくお願いします」


 もう色々嫌になりかけてはいたが、相手は魔窟のベテラン冒険者でありこれから頼みごとをしなければいけない相手でもある。

 突っ込み疲れから早口でまくし立てる形にはなってしまったが、アッシュは最低限の礼儀と言わんばかりに挨拶をしてみせた。


「私はねードルカ=ルドルカ! ムキムキのおじさんよろしくねー! おじさん! 私たち冒険者になりたいのー! ギルドまで連れてって!」

「なるほど、そういうことであったか。差し詰め吾輩は道案内兼、念のための護衛という所であるか」

「そういうこと。ダグラスちゃんというか、魔窟の冒険者にとっても悪い話じゃないでしょ? なにせ魔窟の冒険者ギルドで冒険者登録する子なんて下手したらこの子達が初めてよね?」

「えっ」


 初耳である。確かに常識的に考えてわざわざ魔窟に行って冒険者登録をしようなどという物好きな人はいないかも知れないが、この街の長い歴史の中で自分たちが初めてというレベルだと言われると喜びよりも不安の方が勝ってしまう。


「そうであるなぁ! 何せここは魔窟。冒険者登録どころか、ここに来る時は高難度のダンジョンに挑むつもりで備えよと巷で囁かれる状態。これを機にもう少し普通の目で見てもらえるようになって欲しいものである」

「そうよねぇ! アタシとしても代り映えのない子達の相手も悪くはないけど、たまには無垢な新顔も愛でたいじゃない?」

「そうであるそうである! これを機にもっと吾輩の筋肉を慕うものが増えてくれれば良いのである!」


 アッシュ達をほったらかしにして勝手に盛り上がる二人を見て、アッシュはつい、思ったことをそのまま口に出してしまった。


「……お前らがそのノリで新顔見る度に仲間に取り込もうとするから寄ってこなくなったんじゃ?」


 割と、いやかなり失礼な発言だった気もするのだが、そんなことはお構いなしといった調子でなおも笑いながらダグラスはこう続けた。


「吾輩が自重した所でどうせここ以外の名だたるクランが全力で取り込みにかかるのである。他のもっと狂った連中のクランに取り込まれる位ならば比較的良心的な吾輩のクランに入った方がまだマシというものである」

「どのクランも自分たちが比較的良識派だと信じて疑わないから他に汚染される前に救わなければ! って必死で取り込むのよ」

「泥沼じゃねぇか」


 流石魔窟、普通の冒険者達でさえしっかりと武装をした上でないと訪れないと言われているだけのことはある恐ろしい実情であった。


「あははー! おもしろーい! ねぇねぇ他にどんなクランがあるのー?」


 今の話を聞いてなおも「面白い」の一言で済ませるのかお前は。全力で突っ込みたくなったアッシュだったが、アッシュも魔窟に一体どんなクランが存在するのかの方が気になった為、敢えて何も言わずダグラスの返事を待った。


「どの道冒険者ギルドでそ奴らともある程度顔を合わせることになるであろう。ギルドまでの道中の話の種にしようではないか。ドルカ殿もアッシュ殿も、たまたま紛れ込んだにしては肝が据わっている。無理に取り込まずとも自分を喪わずに魔窟の猛者相手に会話が成立する新顔というだけでも珍しいのに、魔窟で冒険者登録を希望している新顔だと言ったら連中がどんな顔をするか楽しみである」

「私も直接見たかったわぁ。ダグラスちゃん、一杯おごってあげるからちゃんと後でどんな様子だったか教えて頂戴。」

「承知仕った」


 こうして、アッシュとドルカは半裸の筋肉ダルマダグラスに連れられてショイサナの魔窟の中枢、冒険者ギルドに向かうことになった。道中新顔を物珍し気に眺めるものが多く、ダグラスがその度に二人が冒険者登録をする新顔であることを伝えていたのだが、その衝撃は想像以上のものだったようで、二人の新顔が魔窟のギルドで冒険者登録を行うというセンセーショナルなニュースは、一瞬のうちに魔窟全体に広がっていったのである。


「……というわけで、魔窟の中でも良く名前が挙がる大所帯のクランと言えば、吾輩がリーダーを務める『剥き出しの筋肉愛好家ネイキッドマッスルラバー』の他に『闇の一角獣(ダークユニコーン)』や『ホワイトリリー』『プリティリリー』『雑草ゴキブリン』辺りであろうな。少人数クランやソロの冒険者まで入れるとキリがないが、少人数クランであれば『新人類 (ネオヒューマン)』『小鬼愛好家(ゴブリンラバーズ)』辺りは知っておくと良いだろう」


 ギルドまでの道中にダグラスが教えてくれたクランの名前とその概要をまとめると、こんな感じである。


剥き出しの筋肉愛好家ネイキッドマッスルラバー

 筋肉をこよなく愛する超々肉体派のクラン。『武器? 防具? 魔法? 筋肉があればすべて解決する』というのが信条とのことで、実際に筋肉とワセリンのみという武装でドラゴンの討伐まで行った実績がある凄まじいクランのようだ。先ほどまで匿ってもらっていた『不純喫茶筋肉ゴブリン』は良質なプロテインと、流石に筋肉だけではフォローしきれない魔法への耐性を高めてくれる特製ワセリンが置いてある店として、事実上彼らの拠点のようになっている。

 

闇の一角獣(ダークユニコーン)

非処女とNTRを崇拝する男性冒険者が集まったクラン。一人~数人の女性を姫として祭り上げちやほやしまくるのが日常とのこと。危険度Sのダンジョンでも鼻歌交じりで攻略できるだけの実力があり、ダンジョンに平気で姫を連れていき、代わるがわるかっこいい所を見せようとするらしい。

大抵の姫は金に目が眩んでクランに入るらしいが、危険度Sのダンジョンで繰り広げられる凄惨な戦いとそれをこれでもかと見せつけてくる男たちに精神を蝕まれ、大抵は3ヵ月で正気を失う。

 ちなみに、彼らのあまりの生々しい生活風景は、一応女性であるドルカにはとても聞かせられないものであったが、そもそもドルカは全く話を聞いていなかったので問題なかった。


『ホワイトリリー』

 通称婚活ベルセルク。魔窟にいる女性冒険者が幸せな結婚を求めて結託した巨大クラン。絶世の美女が数多くいるが、その全員が単独でドラゴンとも渡り合える猛者である。男性冒険者の危機に颯爽と現れて魔物を蹴散らし、その恩を盾に合コンを開くのが常套手段。クランとしては数百年前から続く最古参の部類であり、若い娘にしか見えない面々の中にクラン創始者がまだ現役で在籍していることを知る冒険者は決してホワイトリリーのメンバーに手を出そうとしない。

 『闇の一角獣(ダークユニコーン)』とは思想の違いで定期的に争いが勃発する犬猿の仲である。


『プリティリリー』

『ホワイトリリー』での活動により、真っ当な方法かどうかはさておきとにかく無事に子供を身ごもった女性冒険者が次に加入するクラン。シングルマザー率が異様に高い。お互いがお互いの子供の面倒を見ながら冒険者活動に勤しんでいる。ホワイトリリーの面々とも表面上は仲良くしているが、一方的な妬みを受けたり、年端もいかない息子に目を付けられたりといった水面下での争いが絶えない。


『雑草ゴキブリン』

 何があっても死なないことを信条にしているサバイバル特化のクラン。彼らの活躍とノウハウがびっしりと記された書籍「簡単楽しいサバイバル入門」は読むだけで冒険者の死亡率を9割下げると評判だが、序章の時点で『アンデッドの肉体を安全に食す方法』から始まり、読者の正気を著しく損なう為ショイサナから他の街に流出しないよう禁書扱いとなっている。

所属するものは皆穏やかな微笑を絶やさないが目はぎょろつき、どす黒く濁っている為一目でわかる。マスターの話にあった優しい女騎士が殺戮を楽しむ修羅に変わったのはこのクランの鍛錬に参加したせいらしい。


新人類 (ネオヒューマン)

 魔窟の中でも屈指の常識派で、少人数ながら唯一魔窟外の冒険者や一般人からも慕われ愛されているパーティ。アルパカに跨ったゴリラ(ビーストテイマー)とパラグライダーを巧みに操るチンパンジー(レンジャー)、小粋な服を纏ったお洒落なオーク(魔法使い)の仲良し3人組。

 当然言葉は一切通じない。


小鬼愛好家(ゴブリンラバーズ)

ゴブリンを愛するが故に人を襲うゴブリンを殺して回る悲哀に満ちたクラン。恋愛対象はゴブリン。殺害対象もゴブリン。



 魔窟が何故魔窟と呼ばれているのかがよくわかる説明だった。魔窟唯一の常識派が人じゃないってどういうことだよ。第一言葉が一切通じないのに何故冒険者になれたのか。

 そんな疑問を残しながら、アッシュ達は遂に冒険者の街ショイサナの南、イカれた冒険者たちが集うエリア通称魔窟の冒険者ギルドに到着したのだった。

今日も最後まで読んで頂きありがとうございます。


説明回なのでちょっと長めでした。

ギリギリになって修正を入れていたので少々遅くなってしまってすいませんでした。


次話の投稿は約1時間後です。


もし気に入って頂けたようでしたら、ログイン後ブクマ、評価、感想など頂けると大変ありがたいです。

よろしくお願いいたします。

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