第六十三話 あんなに容易く薙ぎ払われていたオークだって、本来は立派な強敵です。
※あとがきが抜けていたので追記しました。
一部アッシュ君のツッコミを追加しました。
「ふぅ……。どうだ? これがわたしの戦い方だ。ただ共同戦線を張る為だけにわたしの動きを見る以上に何かの参考になっていればいいのだが……」
「参考というかなんというか……。動きに無駄が無さ過ぎて、まるで洗練された演舞を見ているみたいだった。人は、ここまで無駄のない動きで戦えるんだなって」
「えっとねー! リビ姉はひらって躱して『ズドン!』で魔物が倒れてあっという間に全部終わってた! かっこいー!」
マヤリス同様、襲い掛かってきた魔物を屠ること数回。オリビアの戦い方は極限まで洗練された武の達人そのものと言って相応しい代物であった。
相手の攻撃は全て受け流し、さっと手を腰や肩に添えるように押しただけでもんどりうって倒れていく。自ら打って出る際には、相手の動きの機先を潰し、傍から見ているだけだと相手が殴ってくれと言わんばかりに晒した急所を的確に突いていくだけの美しい演舞めいた作業とすら感じられる。しかし、相手のオーク達はオリビアやアッシュ達に対して明確に殺意を滾らせていたし、攻撃を受けるオーク達の表情が皆一様に驚愕に満ちており、急所に一撃を貰った者は二度と起き上がることがなかった。そうでなければ、実際の本気の命のやり取りなのだと理解することが出来なかっただろうと思う程、戦いにおけるオリビア身のこなしは美しく、無駄のない動きだったのである。
「……うふふふぅっ! ほんとっ!? ほんとにそう思う!? わたし、ちゃんとできてたっ!?」
「ええ、私も驚いているわぁ。クスクス……。『あの』オリビアがこんなに『まともな』戦い方を披露してくれるなんて、ねぇ?」
「みゃっ!? みゃやりす! それはダメっ! 言っちゃダメっ! そ、そうだ二人とも! いよいよ次は二人の番だぞっ! 準備とか、心構えの方は大丈夫なのかっ!?」
何やらマヤリスが含みのある言い方でオリビアをからかっているのが気になったアッシュではあったが、それ以上に次は自分たちが戦う番だという現実が重くのしかかった。
「そうか、そうだよな……。マヤリス、さっき用意してくれた剣を出してくれ」
「わかったわぁ。……そうだ、せっかくだから残りの4本はドルカちゃんの鞄に入れておきましょうか。これでいつアッシュちゃんの剣が折れてもドルカちゃんがスペアを出してあげられるでしょう?」
「わかったー! うぉー! この鞄ってすごいんだね! 本当に剣が4本も入っちゃったー! おもしろーい!」
そう言うとマヤリスは、自身の腰に下げたポーチから次々と剣を取り出してはドルカの肩掛け鞄へと移し替えていく。
「おいおいマヤリス、いくら安物の数打ちだからってそんなにあっさり折れるわけがないだろ? いざという時の為の備えって意味ではそりゃあ安心だけどさ。なあオリビア……オリビア?」
「そうか……。アッ君も剣を使うのか……! あれは安物。どこからどう見ても安物……。私が扱うに値する剣の訳が無い……。で、でももしかしたらってこともあるかもしれないし……! いや、でも……っ!」
自分に相応しい剣を見つけるまでは素手で戦う、と決めているとはいえ、剣の扱いや良し悪しには詳しいはずだろうとオリビアに話を振ったアッシュであったが、オリビアは何やらぶつぶつとうわ言のように独り言を呟きながらドルカの鞄に吸い込まれていく剣を凝視している。
「おいオリビア、オリビアってば。……オリビアさーん?」
「……静かに。アッシュちゃんにドルカちゃん。いよいよお相手が来たようよ? ……さあ、初めての実戦頑張っていってらっしゃい?」
「任せてー! 私とアッシュ君にかかればオークなんてあっという間にやっつけちゃうから! ねーアッシュ君!」
「元が世界樹とはいえ、自信満々に麺棒を振りかざしてそんなことを言われても説得力がねぇよ……」
ドルカがその手に持って掲げているのは世界樹の一枝。何をどうしてそんなことになったのか麺棒に加工してしまったという狂気の一品である。おまけにショイサナに着いて早々散財することになった市場で適当に嵌めたら抜けなくなってしまい、購入せざるを得なくなったことで、ドルカの麺棒(通称ユグドラスティック:アッシュ命名)は肝心の宝石が付いていない宝石ホルダーが先端に取り付けられているというビジュアル的には更に残念な様相を見せている。
そんなユグドラスティックを嬉しそうにぶんぶんと振り回しながら鼻息荒く気合いを入れているドルカの正面の茂みから、ヌッとオークの姿が現れた。
「ドルカッオークだ!」
「えっどこどこー?」
「なんで地面を探すんだよキノコ狩りじゃねぇんだぞ敵は目の前にいるんだよこのバカがっ! ……ウォーターボールッ!」
――バシャン!
「ブゴッ!?」
咄嗟に唱えたアッシュの水魔法は、オークの顔面をしっかりと捉え、爆ぜた。とはいえ所詮は初級の水魔法。ただただ相手の顔に不意打ちで強めに水をぶちまけた程度のダメージしか与えられるものではなく、どちらかというと目や鼻や口にいきなり水が入り込んでくることによる足止めの効果を期待した一撃であった。
「……一番得意で咄嗟に出せる魔法がこれだけなの、何とかした方が良いよなぁ。やっぱりファイヤーボール位同じ水準で出せるようになった方が良いか……。ドルカ! 今のうちにこっちへ来い!」
「わかったー!」
嬉しそうな表情を浮かべながら駆け寄ってきたドルカを素早く自分の背中で庇うようにしながら、アッシュは目の前のオークを観察する。苦しそうに左手で顔をかきむしるように水を払おうとしながら、唯一機能している耳を頼りに、こちらに向かって右手でぶんぶんとがむしゃらに棍棒を振り回している。目が効いていない今はチャンスではあるが、下手な近寄り方をしたらあの棍棒を喰らって一発でお陀仏である。ならば……。
「……こういう手はどうだっ!」
――ガツッ! ガサガサッ!
アッシュが取った行動は、至ってシンプルで、足元に落ちていた手ごろなサイズの木の枝をオークの右側に立っていた木に目がけて投げつけるということであった。
それが足音であるとまで認識させなくとも良い。目が開いておらず耳から入る音に集中している今であれば、近くでした大きな音に反応せざるを得ないはずなのだから。
「フゴゴッ!! ブゴォ!」
――バキッ!
案の定、音がした方向を向いて棍棒を振り回しつつ、手ごたえがあったことに満足げな表情を浮かべながらようやく目が開いたオークが目にしたのは、自身の棍棒でへし折られた細い若木の幹であった。
「今だっ!」
――ザシュッ!
その隙にすかさず放ったアッシュの斬撃は、セオリーに忠実に、正しくオークの首筋を捉えていたのだが。
「……なっ!? 刃が、通らない……っ!?」
「ブガァァアアッ!」
――ドガッ!
オークの持つ厚い脂肪とその下に隠れている堅い筋肉は、型に忠実だったとはいえまだまだ素人と言って差し支えの無いアッシュの一撃では致命傷を与えるには至らず、切りつけられた首の痛みに顔をしかめながら振り返り、ギロリと睨み付けたオークの濁った眼光に身を竦ませてしまったアッシュはオークが無造作に振った左腕をもろに受けて吹っ飛ばされてしまった。
「あー! アッシュ君がっ!」
「大丈夫よドルカちゃん! あの程度、死にはしないわぁ! ……そんなことより、この状況から次はどうするか考えなさいっ!」
オークの一撃を受けて吹き飛ばされ、倒れ込んだアッシュに思わず叫んだドルカに対してマヤリスが厳しい口調で言った。
――その言葉を聞いたドルカは。
「わかったー! よーしオークさんめ! この私が相手だぞー! 私のユグドラスティックのさびにしてやる! うぉー!」
「あぁっ! だから何故そうなるっ! まずはこっちの回復だろうがこのアホドルカァッ! いててて……」
両手でユグドラスティックを握り締め、本人的にはムムッと勇ましく相手を威嚇したつもりになっているアホ面でオークに相対したドルカと主人のみなぎる闘志の空回りをいち早く察知し鞄から飛び出してきた大根達の背を見て、痛みを堪えつつ叫んだアッシュの突っ込みは今日一番の声量で森の中を木霊した。
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次話の投稿は明後日7時の予定です。
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