第六十二話 それぞれの戦い方
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「さて……。私の戦い方を見せるのはこれくらいで十分かしら。ドルカちゃんにアッシュちゃん、私の戦い方を見てどう思った?」
魔物が襲い掛かって来ること数回。4人で座って一息つくのに程よいサイズの岩を見つけた所で、アッシュ達はそこに腰を下ろし休憩を始めていた。
「えっとねー! 気が付いたらいなくて気が付いたら魔物の後ろにいて、気が付いたら魔物がやられてたー! あとマーヤちゃんはかわいい!」
「最後の感想は必要だったのか……? 俺が見て思ったのは、常に魔物に不意打ちで仕掛けて行って、たった一撃……というか、香水のひと吹きというか。なんにせよそれだけで戦いを終わらせるパターンがほとんどだったってことと、動作に一切の無駄が無いように思えたってことかな」
実際マヤリスの戦い方は至ってシンプルであった。いくら宥めても騒々しくはしゃぎまわるドルカを囮に、寄ってきた魔物の背後に忍び寄り、腕を伸ばして相手の鼻っ面に香水をシュッとひと吹きするだけなのだ。相手が集団になると、香水をひと吹きする代わりに魔物達の足元にポプリを投げ、その香りに当てられた魔物達が同士討ちを始めたり。珍しく正面から向かって行ったかと思いきや、リーダー格と思われる魔物の武器の先端に原液に近い香水を吹き付け、魔物が武器を振り回す度に拡がっていく毒を吸った魔物達が次々と武器を取り落とし痙攣し始める。香水(毒)の散布の方法も香水(毒)の種類も豊富に取り揃えているようであった。
「……その通り。ありとあらゆる方法を使って相手に私の香水を嗅がせてメロメロにしちゃうのが私のスタイル」
「……メロメロというか、意識を失ったり同士討ち始めたり、身体が痺れたり色々あったと思うんだけど」
すぐに意識を失うパターンならまだしも、香りを嗅いだ瞬間に目の焦点が合わなくなってへらへらと笑いながら同士討ちを始めたり、魔物とはいえ意識が健在のまま身体が動かなくなって、その状態で倒されるのを待つだけというのは見ていて中々心に来るものがあった。というか身体を痺れさせる毒に至っては以前自分が喰らった毒を思い出して身震いしてしまった。
「全部私の香水の香りに心が奪われた結果でしょう?」
「あっはい」
「それに、色んな香りを試すのが私の楽しみなの。いつも同じじゃ代り映えがしなくてつまらないでしょう? ……人間相手だと強すぎて使えない香水も遠慮なく試せるのが魔物の良い所よねぇ」
しみじみとそんな物騒なことを言ってのけるマヤリスに適当に相槌を打ちつつも、アッシュはふと思い浮かんだ疑問を投げかける。
「でも、毒しか使わないんだとしたらゴーレムみたいな無機物系の魔物やゴーストみたいな非実体系の魔物はどう対処してるんだ? 後はゾンビとかも」
「良い所に目を付けたわねぇアッシュちゃん! 実はね、それも専用のものがあるのよ! ほら、これなんかは対ゴーレム用の身体制御を司る魔術ネットワークに干渉するタイプの香水。こっちは死者に手向ける花の香りを抽出した浄化作用の高い香水でね、ゴーストにもゾンビにもそこそこ効果があるのよ! 後はねぇ……」
珍しく蠱惑さも悪戯心も感じさせない無防備な表情で、岩に腰掛けるアッシュの右隣にやってきたマヤリスは、アッシュが自分の服の袖がアッシュの腕をくすぐったり、ふわりと揺れた緩いウェーブのかかった髪が香る度にどぎまぎしていることなど気付きもせずに、ただただうきうきと楽しそうに自分で作り上げた香水コレクションを並べ、説明し始める。
当のアッシュがいつもとは違う無邪気な笑顔に目を奪われてる等とは露知らず、人間には無毒だという香水を手に取って、逃げようとするアッシュに無理やり香りを嗅がせようとし始めた所で、オリビアが横やりを入れた。
「楽しんでいる所すまないが、どうやら来客のようだ。……次は、わたしが実力を披露する番でいいのだろう?」
そう言ってスッと立ち上がったオリビアは今までのアレはなんだったのかと思う程に凛々しく、ただ立っているだけのはずなのに隙の欠片も見当たらない。しかし、そんなまさに武人然とした佇まいも、ドルカの声援によって一瞬で消え失せた。
「うひょー! リビ姉かっこいー! 私リビ姉がかっこよく魔物を倒すところ、絶対見逃さないようにする! 頑張れリビ姉! うひょー!」
――ガサリ。
「ほんと!? お姉ちゃんかっこいい!? ううぅううぅうう! わたしっ! わたし頑張るぅっ! ……ねえねえドルカちゃん? わたし頑張るからぁ! そ、そのっ! また後で大根ちゃん達と一緒に遊ばせて貰えたらなぁなんて、ダメかなぁ?」
「フゴッ! ブゴブゴブゴォッ!」
「オリビアッ! そんなことはどうでもいいから後ろ! 後ろ!」
ドルカにもじもじとアレクサンダー達ともう一度遊びたいというリクエストを投げかけているその真後ろで、思いっきりガサガサフゴフゴと騒々しい音を立てながらやってきた3体のオークが、その手に持った棍棒でオリビアに殴りかかる。
――ボグッ! ドダッ!
「もう! ちょっと待ってよねっ! わたし今ドルカちゃんと大事な話してるんだから!」
ふわり。まさにこの表現がぴったりと当てはまるような、まるで耳元に飛んでいた羽虫を振り払うかのように繰り出されたその拳は、今まさにオリビアの頭目がけて棍棒を振り下ろそうとしているオークの右腕の中心を捉え、骨が砕ける鈍い音を辺りに響かせた。
直立した状態から、右足を斜め後ろに滑らせるように踏み込み、滑らかに移動していく重心の動きを腰の捻りによって更に加速させる。その一連の所作によって生み出された『重さ』を全て乗せた右腕の、更にその先にあるオリビアの拳の骨の隆起の一つ一つが、全てが予定調和だったかのように大きく振りかぶった棍棒を振り下ろそうとしたその瞬間のオークの右手を捉え、したたかに打ち据えたのだ。
ドダッ、と鈍い音を立てて棍棒が落ちたのは、つい今しがたまでオリビアが立っていた位置である。その、流れるかのようなあまりの自然な所作にその一撃が無造作に繰り出されたかのようにさえ錯覚してしまったアッシュであったが、繰り出すタイミング、極限まで無駄が省かれた洗練とした動き、そして丸太と見紛う太さのオークの腕を一撃で砕いてみせたその一撃の重さの全てが、想像を絶するほどの修練の成果であることを物語っていた。
「だから魔物って嫌! ちょっとは空気読んでよねっ!」
そんな気の抜けるような愚痴と共に右手で繰り出した裏拳の勢いのまま左足を更に踏み込んだオリビアは、ぐるりと身体を回転させてオークと正面から向かい合うや否や左の腕でがら空きとなったオークの左胸を目がけて掌底を喰らわせる。
時間にして僅か1秒。悲鳴を上げる間もなくその場に崩れ落ちた仲間を前に、何が起きたのかわからず固まってしまった2体のオークが最初の1体と同じ末路を辿るまで、そこから数秒の時間も要さなかった。
「うひょー! リビ姉かっこいー! ババって叩いてズドン! でオークが倒れた! うひょー!」
「すごいな……。戦士なのに剣も持たずにこれかよ……?」
「わたしはまだ修行中の身でな。わたしが振るうに値する一振りを手にするまでは、この拳一つで戦うと決めているのだ」
ほんの数秒前までドルカに頑張ったら大根と一緒に遊びたいとおねだりをしていたとは思えない、凛とした表情の美しい女戦士がそこにいた。とはいえ着ている服は先ほどと同じニットのワンピースのままではあるのだが。
「ねえねえドルカちゃん! わたしかっこよかったでしょ!? だからぁ、あのぉ、その……っ! 大根ちゃん達とね、遊びたいなぁ……って」
「なんで最後まであの雰囲気のままでいられないんだよ! 『戦士たるもの冷静さを欠かさず、常に平常心であることが大事なのだ』とか言ってたのはどこのどいつだよ!」
せっかくオリビアのことを見直しかけていたのに、当の本人の気の抜けるような発言のせいでその気持ちが地平の彼方まで飛んで行ってしまったアッシュが全力で突っ込んだ。
「わ、わたしの素はこっちだもんっ! このままのわたしがいつものわたし! 今が平常心なのっ! だからいいんだもん! おかしなこと言ってないもん!」
「……少なくとも冷静であるようには見えないんだが、それはいいのか?」
相変わらずちょっと突っ込まれるだけであわあわおどおどとし始めてしまうオリビアの言い訳を聞き流しながら、凛々しい女戦士と残念美人の間を凄まじいペースで行ったり来たりを繰り返すオリビアという女性を一体どういう人間として捉えれば良いのか、頭を悩ませるアッシュであった。
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