第六十話 今度こそ、今度こそ本当に本当の冒険の幕開け
「ああ、お前達か。ずいぶん遅かったじゃないか、ドルカとは別行動だったのか?」
「ええ。ドルカちゃんがオリビアに合流するのが待ち遠しくて、一人で走って行っちゃったのよ。だから私たちはこうして後から歩いてのんびり合流させてもらったってわけね。……待たせたかしらぁ?」
しれっとそう返したマヤリスの口の上手さにアッシュは内心で驚きつつ、表情には出さずに一緒になってうんうんと頷いた。ドルカが走り出したのは遠目からオリビアが目に入る位の位置からであり、恐らくアッシュ達が買い物をしている頃からずっと門の前で待ち続けていたと思われるオリビアのあまりの挙動不審さ、残念さを見てすぐに合流することを躊躇った結果、ドルカを先行させて自分達は陰から様子を見ることにしたのだ。
「い、いやわたしも丁度今来た所だったからなっ! 早く来られてもあまり結果は変わらなかったかもなぁっ! そんなことはさておき、さあさあ目的地まで歩き出そうじゃないかっ! ねっねっ、そうしよ……?」
直前までドルカと大根達に飛びつかれた嬉しさにあられもない姿を晒していたことを思い出し、途端に挙動不審になるオリビアを生暖かい目でスルーしつつ、マヤリスは言った。
「まあじゃあそういうことにしてあげるとして……。いよいよ出発ねぇ。」
「いよいよか……。やっぱりなんだか緊張しちゃうな」
なんとなく締まらない流れで門を抜け、歩き出したアッシュ達であったが、それでもアッシュとしては今度こそ初の実戦。ついついその手に力も入るというものである。なお、つい先ほど購入したばかりの剣であったが、マヤリスから何故か『現地で渡すから、それまでは私が預かっておく』と言い渡され、今もアッシュは護身用の短剣のみというほぼ手ぶらの状態である。
当のマヤリスがそれだけの荷物をどうしているのかというと、そこは流石のベテラン冒険者というべきか、見た目からは予想もつかない量の収納を可能とするホールディングバッグを持っているようで、購入した剣もその場ですいすいと腰に下げているウエストポーチに収めていた。よくよく見るとオリビアもまた背中に小振りなナップザックを背負っている以外は手ぶらであり、明らかにそのナップザックが見た目以上の収納を誇っていることが伺える。
なお、アッシュ本人は訳の分からない出来事の連続で気にも留めていなかったが、ドルカがマヤリスから香水のおまけとして貰ったという肩掛け鞄も実は、マヤリス達の所有している物程の逸品ではないが、それなりに空間拡張の魔法が施されたホールディングバッグである。商人たちが私財を投げ打ってでも欲しがるというホールディングバッグがこの場に少なくとも3つも存在する。過去のアッシュであればそれだけで動揺してもおかしくない程の出来事のはずなのだが、順調に魔窟色にそまりつつあるアッシュにとっては、最早その程度では驚くに値しないものとなってしまっていた。
「アッシュちゃんとドルカちゃんにとっては初めてのまともな戦闘と言ってもいいのかしらぁ?」
「初めてじゃないよ、2回目! 1回目はアッシュ君が悪いしてんのーをやっつけた奴!」
数日前のディアボロス戦を思い出し、明るく元気に返事をしたドルカであったが、あの戦いでアッシュは身を挺してドルカを庇い、大根を大量に生み出した位でまともにディアボロスとやりあったわけではない。むしろ身の丈に合わない戦いの場に居合わせてしまったせいでギルド本部から目を付けられ普通の冒険者達からは恐れられ、まともに依頼も受けられない状況になったわけで。
「ドルカ、あれは例外だ。忘れろ」
「えぇー! アッシュ君かっこよかったのになー。」
借金の額を見て暴走した結果勢いだけでディアボロスに対峙し奇跡的に生き延びたという3日前の出来事は、アッシュの中では既に黒歴史と化しつつあった。
「3日前のその戦い。わたしも話には聞いている。実際の活躍や貢献度を抜きにしたとしても、アッ君が次元が違うレベルで格上の相手に臆せず向かっていけたということは事実。それだけでも相当なものだと思うがな」
「いやあの時は必死だったというかなんというか、自棄になっていたというか……」
アッシュからしてみれば、考えるよりも先に身体が動いた結果であり、後半に至っては記憶さえあやふやな為何かを成したという実感はなく、周囲からの評価は高いことに対してはどうしても違和感が拭えない。
「戦場で冷静さを欠いて自棄になるというのはいささか頂けない話ではあるが、戦場では生き残った者が正義。あの日のアッ君はそうすることによって生を勝ち得たのだから、誇れば良いのだ。……今後を考えるのであれば、その癖は直した方が良いかも知れんがな。戦士たるもの冷静さを欠かさず、常に平常心であることが大事なのだ」
「言ってることはごもっともだけどそれをお前が言っても何一つ心に響かねぇよ!」
「ふぇっ!?」
何故『そんなことを言われるとは全く予想外だった』というリアクションになるのか。愕然とした表情を浮かべたまま固まってしまったオリビアは放っておいて、アッシュはマヤリスに向き直った。
「まあそういうわけで、まともな戦闘は今回が初めてになる。正直怖さや緊張もあるし、二人にはドルカ共々フォローしてもらうことになると思うから、よろしくお願いします」
「ふふ、任せなさぁい。今回探索するのは街の東側の森。北側とは違ってダンジョンからあふれ出た魔物が無尽蔵に湧き出る混沌としたエリアよ。とは言っても所詮は街からほど近い森。表層なら所謂Cランク、パーティ単位でオークを相手に余裕を持って戦うことが出来る位の力があればまず死ぬことはないわぁ」
この、冒険者のおおよその実力を指し示す『ランク』と呼ばれるシステムは、依頼人側と冒険者ギルドが依頼を発注する上で、大体どれくらいの強さの冒険者を求めているか、費用はどれ位になるかという共通認識を図る為に設定されたものである。駆け出しは『ゴブリンと戦うのが精いっぱい』というEランクから始まり、ゴブリン相手に余裕を持って戦えるようになればDランク、オークならばCランク、オーガでBランクと、どの程度の相手であれば余裕を持って倒せるのかが各ランクの指標となっている。更にその上のAランクともなると、各魔物の上位種や変異種といった、初見では何をしてくるかわからない相手にどれだけ対応できるかという即応力に加え、ドラゴン相手でも集団でかかれば対峙可能だという素の実力も問われるようになり、Sランクにまでなると『ドラゴンが相手でも余裕で戦える』という文字通り次元の違う戦力を持っていることの証明となる。
とはいえ、このランクという概念は『ただ強いだけが冒険者ではない』『経験豊富だが体力に衰えが見えてきた冒険者のランクの扱いに困る』『冒険者同士でさえ目に見える指標に振り回されて互いの実力を見誤る』といった理由から、200年ほど前の時点でギルドによる格付けは廃止されている。
ただ、どの程度の敵を倒せるかという指標そのものは、同時期に導入された冒険者カードによる情報管理システムによって蓄積された過去の実績データに基づき判定するようになったというだけでまだまだ健在であり、冒険者達の間では、先述の基準に合わせてオーク退治の依頼をギルドから定期的に指名されるようになればCランク、オーガならばBランク……といった形で、明言こそされてはいないがこの程度の実力があるとは認められたのだろうという目安としてランクを自称するという文化だけはランクが廃止された現在までも残っている。
「ランク……。俺もドルカもどう考えてもEランクなんだけど、そんな所に行っちゃって本当に大丈夫なのか……?」
「アッシュ君は心配性だなー! 大丈夫だよアッシュ君! なってったって私がついてるんだからね! うひょー! アッシュ君との冒険だー! ねーねー手繋いでも良い? ねー繋ごうよー! てー!」
「……お前みたいな何を仕出かすかわからない奴がいるから心配になるんだろうがっ! こらっ! せめて利き手は止めてくれ! 左手! 左手にしてくれってば!」
こうして、今から魔物達と命を賭して戦いに行くのだという緊張感の欠片も存在しないままドルカに右手を引かれ、不安半分、隠しきれない高揚感がもう半分といった表情のまま駆け出すアッシュ。
「クスクス……。500年前暴虐の限りを尽くしたディアボロスを無傷で撃退するだなんて冒険者が、Eランクなわけがないでしょうに……。まあ、まさにアッシュちゃん達みたいな素の実力がよくわからない冒険者の扱いに困るという理由でランク制度は廃止されたわけだし、戸惑うのも無理はないのだけれど。……安心して頂戴。私もオリビアもそこらのドラゴンなら鼻歌交じりで倒せるだけの強さはあるの。万に一つも、アッシュちゃん達が死ぬようなことはあり得ないわぁ」
これだけの戦力を秘めているマヤリスやオリビアでさえ中堅という扱いになる、常識も倫理も存在しないそこらのダンジョンよりも危険視されている狂人達の楽園。そんな魔窟の中で、他の住人達をも巻き込みショイサナ中を振り回すことになる伝説のパーティの冒険が、ようやく幕を上げるのであった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
ようやく投稿ペースを取り戻してこれた気がする……!
というわけで次話の投稿は明後日7時の予定です。
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