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第五十九話 オリビアお姉ちゃんは誰かと冒険するのもスキンシップも、相当に久しぶり

「なぁ……魔窟の市場で道具を調達しない方が良いっていうのはよく理解できたんだけど、だからってその、なんというか……」


 結局何も買わないまま魔窟の市場を素通りし、魔窟を抜けてショイサナの市場の外れ、職人の店が立ち並ぶ通りまでやってきたアッシュ達であったが、購入する武器選びも財布も私に任せろと言ってくれたマヤリスに少々の後ろめたさを感じながらもついていくこと数十分。結局マヤリスが選んだのは、そこそこ立派な鍛冶屋に並んだ数打ちのショートソード、それも、よく選びもせずに5本まとめ買いというよくわからない購入の仕方であった。


「なんで5本もまとめて買ったの? とか5本分の剣が買えるお金で良い剣を1本買えばよかったのに、とかそもそもちゃんと選びもせずに買っていい物なの? とか言いたそうな顔ね」

「……そこまで正確に予想できるなら、理由を先に教えてくれたっていいんじゃないか?」


 あまりにも的確に心情を見抜かれたアッシュがそう抗議すると、マヤリスはくすくすと笑いつつも、少しだけ申し訳なさそうな表情で言った。


「だってぇ、あの子がこのタイミングで声を掛けてくるとは思わなかったからぁ。私だって新人冒険者さんが初めて手にするまともな武器、ちゃんとしたものを選んであげたかったのよぉ?」

「『あの子』……。オリビアが仲間になったこととこの武器を選んだことに何か関係があるのか?」

「まあ、そういうことになっちゃうわよねぇ……。」


 曲がりなりにもアッシュは冒険者を夢見てショイサナまでやってきた夢と野望を抱いた青年であり、の問いに、マヤリスは意味深な笑みを浮かべて返す。その微笑みに、これはもうどう聞いても答えが返ってこないのだろうと諦めざるを得なかったアッシュは、話題を変えるべく次の質問を投げかけた。


「マヤリスが黙るってことは、どうせ遅かれ早かれわかることだから大人しくその時を待って身を以て経験しろってことだろ? 結局この剣を買っただけで防具を買わなかったのも同じ理由なのか?」


 そう。結局剣を5本てきぱきと購入した所でマヤリスはあっさりと買い物が終わったことを宣言し、オリビアと待ち合わせすることになっている東門へと向かい始めたのだ。


「ああ、そっちは別の理由があるわぁ。初の実戦、防具をしっかり揃えないと不安なのはわかるのだけれど、今回の実戦は宝石獣との戦いの下準備。あいつらの攻撃をまともに防げる防具を買おうと思ったらそれだけで一般市民が一生かけて稼ぐ位のお金があっても足りないわぁ。中途半端な装備を用意した所でどの道一発喰らったら終わりなのだから、それなら少しでも身軽な状態にしておいた方が良いでしょう?」

「……なるほど、それなら必要ないな。……ってなってたまるかよっ! えっ、一発喰らったら死ぬの? 多少のダメージならドルカに回復してもらえば大丈夫だよって言ってなかった? そこんところどうなってるんだよ!」


 さらっととんでもないことを言われた気がしたアッシュがすかさず突っ込むが、マヤリスはどこ吹く風といった様子でさらっと答える。


「何言ってるのアッシュちゃん。どんなに優れた防具を身に着けていても、アッシュちゃん程度の実力でまともに攻撃を喰らったら、例えば腕で受けたらそのまま腕がもげるってだけの話よぉ。すかさずドルカちゃんに回復してもらえば多分腕も即再生するし、しなかったとしても魔窟の治癒技術があればあっという間に元通り。心臓を握りつぶされたり頭が吹っ飛んだりしちゃったら流石にちょっと生存率は下がるけど、それでも復活した事例もいっぱいあるのが魔窟の凄い所なのよぉ。……ほら、何の心配もないでしょう?」

「そんなダメージを負うこと自体の覚悟が出来てないんだよ! っていうか心臓潰されたり頭吹っ飛んだりしても生きてるってどういうことだよ! むしろ魔窟の連中はどうやったら死ぬんだよ!」


 まだ4日目とはいえ、だいぶ魔窟の常識に慣れてきたつもりだったアッシュであったが、心臓や頭が潰されても蘇生可能であり、最悪の場合それらの方法によって自分の心臓や頭が蘇生されることまで今回の計画に組み込まれているという衝撃の事実に、ちょっぴり芽生え始めていた自信はあっさりと消し飛ぶのであった。


「大丈夫だよアッシュ君! そんなのに頼らなくても私がぜーんぶ治してあげる! ほらほらこうしてくっつけばアッシュ君はあっという間に元気! えへへへー」

「ドルカの回復がここまで頼もしいと思えるなんて……。ほんと、いざという時は頼むからな? 痛いものは痛いんだからな? すぐ治してくれよ?」


 珍しく弱気になって、腕に飛びついてきたドルカをそのままにしているアッシュに、ドルカは『ようやく私の愛を受け入れてもらえた!』とばかりに目を輝かせ、嬉しさを100倍にしてうりうりと自分の顔をアッシュの二の腕にこすりつけ始めた。


「……実際、ドルカちゃんの麺棒が世界樹ならそれだけの治癒力を持っていても違和感はないのよねぇ。ほら、二人とも、そうこう言っている間に東門に付いたわぁ。……私達も結構早めに着いたつもりだったけど、オリビア、もう待っているわね」

「……っていうかあの待ち方、ひょっとして俺達と別れてすぐ東門に着いてたんじゃ」


 マヤリスに言われて顔を上げた視線の先にそびえ立つ、いかにも頑丈そうな門から数メートル横の壁にもたれかかりながら、オリビアは凛とした表情を浮かべ、所在なさげに腕を組んで佇んでいた。

 それだけならば普通、いやむしろ素の表情やすらっとした長身もあって、凛々しくも美しい彫像のような様相なのだが、足元を見るともじもじと右足がせわしなく地面に円を描いていたり、わざとらしく靴のかかとをトントンとしてみたりと全く落ち着きがない。そして、門の近くに冒険者らしい人影が通りかかる度、ビクッと過剰なまでに反応しては通りがかりの冒険者を怯えさせている。


「オリビアの足元、抉れてるな……」

「よく見たら門のすぐ横からオリビアの所まで、ずっと石畳が地面に埋没した跡があるわね……。初めは門のすぐ横で待っていたのに、無関係な冒険者が通りがかる度にビクッと身じろぎしては後ずさって今の位置まで辿り着いたのね、きっと……」


 誰かが通りがかる度にビクッと過剰に反応する癖に、何でもない風に真顔を取り繕っていることが余計に不気味であり、結果として同じように仲間が来るのを待っているであろう他の冒険者達からの視線を一身に浴び、完全にマークされてしまっている様子である。


「……見てみろドルカ。あそこにオリビアがいるぞー」

「あっほんとだリビ姉だっ! うひょー! りーびーねーえー! おーまーたーせー! 準備万端だよー! 今日は一緒にがんばろーねー!」


 自分で声を掛けるのが躊躇われたアッシュは、マヤリスと目配せの上、迷わずドルカにオリビアの存在を指し示し、全力でオリビア目がけ駆けていくドルカを見送り、自分達はそそくさと物陰に隠れることにした。


「……ぴゃっ!? にゃ、にゃんだどりゅかかっ! ダメだぞドルカっ! ここはたくさんの冒険者が待ち合わせる場所なのだ。あのような遠くから大声で叫んでは、皆に迷惑だ。そ、それにわたしの心臓にも悪いからそういうのは止めて欲しい。あっ飛びつかないで! わたしのポーズがっ! わたしはかっこいい女戦士だからそういうのダメだからっ! 大根ちゃん達までぇっ! あぁ、幸せぇ……!」

「えへへへー! リビ姉今日はがんばろーね! アレクサンダー達も頑張るって! うひょー! リビ姉あったかーい! うひょー!」

「あぁっとけちゃう! わたし幸せでとけちゃうぅ! ダメなのに! わたしはかっこいい女戦士だから情けない姿はだめなのにぃ! ああぁぁぁぁあ……」


――自分達はほとぼりが冷めた頃に合流しよう。


 物陰の向こうから響き渡る声を聞いたアッシュとマヤリスが、目と目で完璧な意思疎通に成功した瞬間であった。


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。


次話の投稿は近日7時の予定です。

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