第五十八話 自動追尾機能を付けときゃ何とかなると思ったら大間違いなんだよ
「なあマヤリス……? 俺達冒険の支度をしに向かってるんだよな……?」
「えぇ、そうよぉ」
昨日の、結局一切戦うことなく終わってしまったゴブリン騒動とは違う、まともな冒険、それも主たる目的が魔物討伐である。今度こそ魔物との戦いは避けられず、今回の自身やドルカの動きを見た上で宝石樹の洞窟のアタックの計画の詳細を詰めていくのだ。否応なしに気合いが入るというものである。
「……なあ、じゃあなんで魔窟の市場を素通りしてるんだ?」
それが、いざ買い物と胸を膨らませて歩くこと数分。魔窟内で一番の賑わいを見せている、これまでちらほらと話には聞いていたものの『素人が迂闊に近づいたらどんな目に合うかわからない』とギルドの受付嬢であるエリスや不純喫茶のマスターであるキャンディを始め、色々な人から絶対に近寄るなと厳命されていた場所である市場に向かい始めたマヤリスに、アッシュは内心かなりわくわくしていたのだ。
……それが、いざ市場についてみたらマヤリスはつかつかとどこの店に入ることもなく通り過ぎていくだけではないか。いや、実際『革細工 オークの腹太鼓』や『魔道具 死なば諸共』『服屋 ハーピィの死に装束』等といった看板が掲げられた店に入られても恐怖でしかないのでよかったのかも知れないが、それはそれとしてどこにも入らないまま素通りというのはちょっと肩透かしというか、残念な気持ちが湧いてきてしまったのだ。いや、どう考えても革細工を加工する音ではなく無駄にソウルフルでついつい引き寄せられてしまいそうな太鼓の音が延々と続く店や字面からして危ない香りしかしない店に入られても困るのだが。
「魔窟の市場には確かに絶対に他では手に入らないレベルのアイテムがごろごろしているけれど、その分価格も天井知らずなのよねぇ。ここに入り浸っているような冒険者は自分が良いと思ったものには金に糸目を付けない人がほとんどだし、売る側も適正価格とか市場相場なんて関係なしに次に作りたいものを作る為に資金がどれだけ必要かで値札を書き換えるような連中だから、相場を知って一儲けしようだなんて欲をかいた商人が紛れ込んできて、信じられないものが信じられないような値段で売られ、買われていくのを目にして泡吹いて倒れたなんて話があるくらいよぉ」
「……流石は魔窟の住人達だな」
そういった目であちこちに立ち並ぶ露店を眺めてみると、確かに明らかに質が良さそうな武具や魔道具の数々が信じられないような安さで売られていたり(とは言ってもアッシュの今の懐事情では手が出せるような価格ではないのだが)、逆にわけのわからない、何に使うのか本人さえわからずに置いているのではないかという像に数千万ペロの値札が付いていたりと、一々まともに検分しながら眺めていたら気が狂ってしまいそうな品々ばかりである。
とはいえ、それだけ良いものが安く手に入るチャンスがあるのであれば、もう少し普通の市場やショイサナ以外の街にも魔窟産のとんでもない性能のアレコレが出回っていてもおかしくない気はするのだが、ショイサナに来るまでの間の町々で見て回った市場で、こういったレベルの品々を見たことが無いのは何故だろうか。
「うふふ、その顔は何故魔窟産のアイテムがショイサナやそれ以外の街の市場に流れていないのか不思議だって顔ね。……答えはいくつかあるわぁ。まず一つ目に、作った本人でさえろくに性能を確認せずに売っているアイテムを正確に目利きできるだけの力量を持った商人はそうそういないってことねぇ。それだけの鑑定眼を持っている商人ならこんな危険な場所に来なくともいくらでも稼ぐ方法はあるでしょうし。そして二つ目に、魔窟のアイテムは購入、自分での使用は自己責任だけれど『魔窟産である』と銘打たずに横流しすることは厳格に取り締まられているということね。ショイサナから魔窟に繋がる道は1本しかないのは知っているでしょう?」
「ああ。……なるほど、監視用か」
魔窟への入り口を一本の道のみにしてしまえば、その道を監視するだけで魔窟に出入りした人間全てをチェックすることが出来るようになる。実際には南門という魔窟から直接街の外へと出る門も存在する為実質二カ所ではあるが、こちらにも当然門番が存在する。とはいえこちらの門から先には人が住む街はなく、ただただ魔物が住まう領域が広がるのみであり、利用者は魔窟の冒険者のみとなっているのが実情であり、魔窟の市場で一攫千金を企もうとするような二流三流の商人では、ショイサナの街の外壁沿いに南門からぐるっと回り込むことさえ容易ではない。
「その通り。そして、魔窟を出入りした人間は警邏兵全体に周知されるようになり、周囲に何か悪影響を及ぼさないか徹底的にチェックされるようになるわぁ。それが商人であれば街を出る際の荷物のチェックは恐ろしいほどに入念に行われ、魔窟産のアイテムが出てきた場合はその用途、購入目的を尋問されてもおかしくない。時間が命の商人にとって、魔窟に出入りしたというだけで街からの出入りを普通の何倍もの時間拘束されてしまうことのデメリットはとっても大きいのよ」
「確かに、商人にとってそれはデメリットでしかないよなぁ……」
自身が行商人の弟子として色々な街を巡っていたアッシュは、その時の師匠がそれぞれの街が発行する通商手形には、街によっては値段によってランクが分かれており、ランクが高い物を買うと優先的に検問を通ることが出来るのだ。その時も師匠も確か、時間は金だと言い切り、『商人たるもの時間を得る為に金をかけることを惜しむな』とことあるごとに口酸っぱく説いていた。
「まあ、何よりもかによりも、万が一鑑定に失敗してとんでもないマイナス効果を見抜けなかった場合、その被害の規模がどこまで大きくなるかが全く見当がつかないっていうのが一番の理由だと思うわぁ。魔窟産の道具を魔窟産だと言わずに横流しした場合や、魔窟産だとしてもきちんとその道具の効果を把握せずに転売した場合、責任を問われるのは転売した商人なの。魔窟の住人でさえフィーリングで購入した道具の効果を確認する時は何が起きても迷惑のかからない人里離れたダンジョンの奥地でひっそり行うようにしてる人が大半よ? それも、自分自身に効果が及んでしまった場合は自力でなんとかするという確固たる自信があるから出来る識別方法よねぇ」
「ああ……。そう考えるとまともな商人なら絶対に手を出さないっていうのはよくわかるな」
「単純に魔窟産の道具が欲しいっていうだけなら、私やオリビアみたいな、魔窟の外の市場に店を出している魔窟の住人から商品を買っていけばいいのよ。魔窟の外の市場で店を出すには、効果効能がはっきりしていて普通に使う分には何のデメリットもない商品であることをきちんと証明した上で、市場の相場に合わせた値段設定であることを入念にチェックされて初めて販売の許可が下りるから、ほとんどの魔窟の連中は面倒臭がってやりたがらないのだけれど」
そんな会話が繰り広げられているとは露知らず、ドルカはいつも通り目をキラキラと輝かせながらあちらこちらと露店や看板が掲げられている店を見つけては飛び込んでいる。前回の反省を生かし、アッシュは市場に入る前にしっかりドルカから財布を取り上げていた為、今回は勝手にわけのわからない品物を購入することはあり得ない。そもそもドルカの持ち前の豪運を考えると適当に野放しにして気に入った品物を自由に買わせた方が後々良い結果に繋がるのでは、と思わなくも無かったのだが、魔窟の外の比較的安全な物しか売られていない市場で好き勝手購入してあれだけの混沌を招いたドルカである。それ以上に訳の分からない道具に満ちた魔窟の市場で好き勝手買い物をさせたらそれこそ何を仕出かすか想像するだけでも恐ろしい。借金を返す当ても出来た訳で、これ以上変に一発逆転を狙う必要はないと判断した結果の対応であった。
「ねーねーアッシュ君! このブーメラン凄いよ! 全部刃になってて、えいって投げたら自動で敵を追い回すんだって! しかも敵を倒した後は自動で持ち主の所に戻ってきて手でキャッチするまで何回でも追いかけてくるんだって! かっこいー! これ買おうよ絶対お得だよ!」
「お前はその効果を説明されて何の疑問も抱かないのかっ! 全部刃で出来たブーメランを投げたが最後キャッチするまで投げた本人を延々と追尾し続けるとか、お前それどうやって収集付けるんだよ! キャッチし損ねたら腕が吹っ飛ぶわ!」
「……凄いわねぇこのブーメラン。総ミスリル仕立てで術式によって切れ味も耐久力もとんでもなく底上げされているわぁ。その気になれば鉄の塊でもスパっと切れちゃうんじゃないかしら。……こんなものを素手で掴んで投げてキャッチしなければいけないかと思うと眩暈しかしないけれど」
確かに、こんな道具ばかりが転がっている市場で装備を一式揃えようというのはあまりにも無謀で危険極まりない行為であった。今にもお試しで投げてみようかと目をキラキラ輝かせているドルカに「絶対に投げるな、念の為落とさないようにそっと元あった場所に置け」と指示を出した後、それでもちょっとだけ後ろ髪を引かれる思いで魔窟の市場を後にするアッシュであった。
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