第十話 これでもうずっと一緒にいるしかないよね
本日三度目の投稿です。
7月25日 後半の会話が続いていた部分に地の文を挿入し読みやすく変更。 内容に変更はありません。
今日、アッシュは朝から数えて7回の魔法を放っていた。
ドルカを追っていたチンピラに対してウォーターボールを4回。店に入ってから椅子ごと後ろに倒れてた際に酷く打ち付けた自分の頭にヒールを1回。思いっきり引っ張って赤くなってしまったドルカのほっぺたに1回。……そしてどこかに頭をぶつけたからこそ、この頭のおかしい言動だという僅かな可能性にかけてドルカの頭にも1回。合計7回、魔法を発動していた。
以前魔法を試しに限界まで発動してみた所、8回目で明らかに身体中の魔力を使い切ってしまったという眩暈にも似た感覚があり、無理やり9回目を発動させようとした所、気力を使い果たしてその場に倒れこんでしまった。その頃から大して時間も経っておらず、魔法使いとして経験を積んだわけでもないアッシュの魔力は、あと1回魔法を使えばすっからかんになるはずである。
「……ヒールッ!」
試しに、マスターに思いっきり引っ張られてまだジンジンしていた右手に向かってヒールをかけてみる。特に怪我をしていたわけでもないためすぐに痛みは引いたが、やはり以前のような虚脱感はない。
「マスター、今日俺はこれで合計8回、魔法を使ったんだ。いつもならこれで魔力はすっからかんだ。でも、まだ全然魔力がなくなったっていう感覚が無い。ちょっと試しに魔法を使ってみるから、もし万が一ぶっ倒れちゃったらよろしく頼む。」
「……危ないマネはしちゃだめ、と言いたいところだけど、こういうものは安全な場所で試せるうちに試しておいた方がいいわ。安心して! もし気を失って倒れたとしても、責任を持って三日三晩アタシがつきっきりで介抱してあげるから! ちゃんとお風呂も入れてあげるわ」
「……女装したゴブリンにしか見えないアンタに言われると安心できないんだが。万が一とは言ったけど、多分平気だ。……ライト!」
予想通り、アッシュは倒れることは無かった。本来のアッシュであれば放つことができないはずの本日9回目の魔法だ。
「ライト! ライト! ライト! ライト!」
続けて4発、さらに追加で打ってみるが、まだまだ余裕がある。
「ライト! ライト! ……っ!」
ドルカに腕輪を嵌められ、『何かが流れ込んできてから』数えて8回目の魔法発動で、アッシュは魔力を使い果たした時に生じる特有のめまいを感じた。
「わわっ! アッシュ君大丈夫!?」
思わずよろめいてそのまま床にへたり込んだアッシュに、ドルカが駆け寄る。心配そうにアッシュの腕を掴むその手のひらから、先ほどと同じ、じんわりと温かい何かがアッシュの身体の中心目がけて流れ込んでくる。
ほんの数秒間で流れ込んでくる感覚は終わり、アッシュは再び身体に魔力が満ちたのを感じた。
「魔力だ。やっぱり、ドルカから魔力が流れ込んできたんだ。」
「大丈夫アッシュ君? 痛くない? 気持ち悪くない?」
「ああ、もう大丈夫。ありがとうドルカ。念のため、確認の意味も込めて。……ヒール!」
やはり、魔法は発動した。そして、今のヒールで消費したのと同じ分だけ、まだアッシュに触れたままだったドルカの指先から魔力が流れてくる。
「人の魔力をそのまま受け渡せるようになる腕輪、ってことかしら。普通なら人の魔力を無理やり注がれたら血を分け合った家族やよっぽど素の相性が良い相手じゃない限り酷い魔力酔いを起こすものだけど。……その様子じゃ魔力酔いも起きてなさそうね」
「ああ、それになんだか体力まで回復したみたいだ。散々走ってきたはずなのにその疲れまで吹っ飛んでる」
「そうなると、逆に魔力や体力を受け渡したドルカちゃんの方が心配だけど……」
「ん? 私はちょー元気だよ! ちょびっと何かが出てった感じがあったけど全然へーき!」
「全く心配なさそうね。」
「俺が巻き込まれた後からでも20分くらいは走ったと思うんだが、その間ずっと笑いながら走り続けて息一つ乱れてなかったし、あり得ないタフさだよなお前」
「……体力だけならその辺の筋肉バカ達にも負けてないんじゃないかしら?」
魔窟の冒険者を見慣れているマスターにまで驚かれるドルカの底知れぬ体力。一体この小柄な身体のどこにそんなエネルギーが詰まっているのだろうか。
「なんかよくわかんないけど、多分悪い腕輪じゃないよー? 今思い出したんだけど、売ってくれたお姉さん、確か『本当に信頼できる仲間同士で身に着ける腕輪』だって言ってた」
「確かに、身に着けさせた相手に体力や魔力の受け渡しができるなんて効果だけ見たらスゴい腕輪ね。文字通り身を削って相手を回復されるんだから、『信頼できる仲間同士』っていうのもわかるわ」
「でしょー? 体力が無くなったらいつでも私がぎゅーっとしてあげたら元気いっぱいになるなんて、これはもうアッシュ君は私とずっと一緒に冒険するしかないね!」
輝かんばかりの笑顔で抱き着いて来ようとするドルカに、アッシュは勝手に決めるな、と言わんばかりにその手を押しのける。
「だから勝手に決めるなよ! そもそもまだ冒険者登録すらしてないんだぞ!」
「そういえばそうだった! じゃあアッシュ君、今から一緒に冒険者登録しに行こうよー!」
「お前のせいで追われてるのにそんな悠長なことしてられるか! チンピラのこととかお前の借金のこととか先に考えなきゃいけないことがあるだろうがっ!」
「あら、むしろいいんじゃない? 冒険者登録」
ノー天気なドルカに早口でまくし立てるアッシュを横から諫めたのはマスターである。
「いくらチンピラと言っても、冒険者ギルドに登録した冒険者、その中でも魔窟の冒険者を相手に面と向かって難癖付けることは出来ないわよ。なんてったってここは冒険者の街、ほんの500年前まで魔物ひしめく文字通りの魔界だったショイサナよ? 今でこそこうして人が住み栄えてはいるけれど、それは冒険者たちが今もなおあちこちで湧き出る瘴気や魔物を倒し、ダンジョンを潰して回り、戦利品を持ち帰って来るからなの。この街で冒険者相手にケンカを売るなんてバカなマネ、早々できたもんじゃないわ」
それこそが、このショイサナという街が冒険者の街と言われる由縁でもある。
魔王が倒された後もなおこの地に集まり続ける瘴気が、畏怖の対象からいくら狩っても尽きぬ資源の山に化けたのはひとえに冒険者達のたゆまぬ努力の成果なのだ。
「そうか。他の地方の街よりも危険度が高い分、冒険者の地位が高いんだな」
「そういうことね。ドルカちゃんみたいな、この街に着いたばかりで右も左もわからない、まだ冒険者登録を済ませていないって子はチンピラ共の格好の餌食なのよ。前からそういう子が狙われるって話は聞かなくもなかったんだけど、最近だと手口が更に狡猾になってるわ。間違いなくチンピラの更にその上層部、マフィアの連中が一枚噛んでいるはず。中堅の冒険者でもちょっとおバカな子達ならうまいこと丸め込まれて賭場に連れていかれ、気が付いたら借金漬け。おかげでギルドでも冒険者たちが不当に借金を増やされないようにって色々対策してくれてるから、今回みたいな場合は余計にさっさと冒険者登録しておいた方が得なのよ」
「なるほどな」
マスターの話が本当なら、ドルカを追っているチンピラの上にも恐るべきマフィアの影がある可能性が高い。このショイサナという街で冒険者を食い物にしようとするだけの力を持っている相手なのであれば、なおさらこちらも組織の庇護を得るべきなのであろう。
「なんかよくわかんないけどさっさと登録した方がお得なのはわかった! さあさあアッシュ君一緒に登録しに行こー!」
「おい待てドルカ! 道もわからないのに店を飛び出そうとするんじゃない!」
「えーでも私いっつも適当に歩いてれば着くもん」
「……本当に恐ろしい豪運ね。私は店があるから着いて行ってあげられないけど、多分あの子に頼めば連れて行ってくれると思うわよ。道中の護衛にもなるし丁度いいわ」
マスターがそう言って流し目を送ったのは、アッシュとドルカがこの店に入って一番初めに話しかけてきた、超々肉体派の冒険者が集うクラン『剥き出しの筋肉愛好家』のリーダーであった。不純喫茶を名乗るだけあって店中に半裸の筋肉ダルマが溢れかえっているが、その中でもひと際凄まじい筋肉を誇る大男である。背格好だけなら並みのオークどころかオーガレベルの体躯なのではないだろうか。
マスターから送られている流し目に気付いたその大男は、見かけよらず気さくなようで、「お呼びですかな?」とにこやかに笑いながらこちらに寄ってきた。一歩歩くたびに一々ポージングを取りその筋肉を見せびらかしながらでなければ、そして鋭い逆三角形の下着一枚でさえなければ、その立ち振る舞いはまさに紳士といった所だ。
そしてポージングを取る度に一々沸く店内。ただでさえワセリンと汗の混ざり合った匂いとむせかえるような熱気で包まれた店内の温度が更に上がる。気持ちが悪い。
「んもう! こんな時までそんなくだらないことちんたらやってんじゃないわよ! いつまでレディ達を待たせるつもり?」
さらっと自分を『レディ』に数えるな。お前はヘビィなゴブリンだろうが。
全力で突っ込みたい衝動に駆られたが、多分口に出したら大変なことになる気がしたので何とか心の中で叫ぶだけでこらえるアッシュだった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
第一章の約4分の1を消化した所で、筋肉の導きの元にやっと二人はギルドに向かうようです。
そんな次話の投稿は明日24日23時頃を予定しております。
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現在第二章を鋭意執筆中です。
皆様の応援を原動力に最後まで突っ走っていけたらと思いますので、何卒よろしくお願いいたします。