第一話 伝説の始まり
――冒険者の集う都市、ショイサナ。
冒険者でなくともそのほとんどがその街の名を知る程の知名度を誇るショイサナは、他の都市とは大きく異なる特徴がある。
ショイサナには500年前の魔王大戦で失われた数多の財宝や武具が眠っている。
ショイサナは魔王が封印されて500年経った今もなお、有り余るほどの冒険に満ち溢れている。
ショイサナには特例的に冒険者ギルドが4つあり、それぞれのギルドはダンジョン踏破やクエスト達成の名誉をかけて互いに切磋琢磨している。
ショイサナを知らぬ冒険者はいない。ショイサナに憧れぬ冒険者もいない。
そんなロマンと冒険に満ち溢れた地ショイサナに、また一人、胸に期待と野望を抱いた若き少年が足を踏み入れた。彼は、街に着いてからたった一日でその名をショイサナ中に轟かせ、数々の偉業を残した冒険者として語り継がれることとなる。
――彼の名は、アッシュ・マノール。
後に『不憫なマノール』『巻き込まれのアッシュ』『借金バーサーカー』などの数々の二つ名でショイサナを賑わせる少年の、冒険の始まりである。
そんなアッシュが、ショイサナの地に足を踏み入れて約1時間。
――彼は今、チンピラに追われていた。
「「「待てやゴラァッ」」」
「あはははははは! あははははははっ!」
「なんで笑ってるんだよっ!? 追われてるのはお前! 俺は巻き込まれただけ! なんでお前の方が余裕あんの!?」
「うひょーっ! アッシュ君必死だーっ! 後ろのチンピラさん達も顔こわーい! おもしろーい! どうせ走るなら楽しんで走ろーよー?」
「こっちは必死なんだよ! 冒険者になる為にこの街に来たばっかなんだぞ? 治安が悪いスラムもあるし、チンピラに掴まったら何されるかわからないし、そのスラムの連中ですら近寄らないヤバい連中が住んでるエリアもあるから気を付けなよって門番さんに優しく見送られたばっかなんだぞ?」
「あ、それ私も言われたーっ! 私も冒険者になりに来たの、いっしょいっしょ! ねえねえ一緒にギルド行こうよー一緒に冒険者登録しよーよー!」
「言ってる場合かっ! そもそもなんであいつらに追われてるんだよ!? 何かやらかしたにしてもちょっとあり得ない位怒ってるじゃねぇか! 完全に目付けられてるよ俺! 俺の順風満帆な冒険者生活の幕開けを返せよ! 返してよぉっ!」
「うひょーっ! 今の『クワッ!』って顔もっかい! ねえもっかいやって! ちょー面白かった!」
「頼むからっ……ハアッ、話を……ハアッ、聞けって!」
「あはははははははは! アッシュ君汗すごーい! やっぱ顔おもしろーい!」
段々と息も絶え絶えになってきたアッシュは、隣で未だに人の顔を指さして笑いながら走り続けている少女を無視し、追手をどれだけ振り切れただろうかと後ろを振り返った。チンピラ共は「ゴラァ!」だの「待たんかワレェ!」だの叫びながら走ってきているが、幸いそれなりに距離を離すことに成功したようだ。
隣を走る少女は、これだけ走っているのにまだ笑う余裕があるようで、必死な顔で走るアッシュや、追いかけてくるチンピラ、街の風景等あちこちを見回してはあはあはえへえへと笑っている。ふわりと揺れるつやつやの黒髪も、咄嗟に掴んで走り出し、今も繋いだままになっているすべすべで華奢な手も、楽しいことを見つける度にキラキラ輝く深い藍色の瞳も、全力で走っているにも関わらず一切苦しそうな気配すら見せない心の底からの笑顔も。
――「うひょー!」というバカ丸出しの喜び方や、これまたバカ丸出しの言動、何故か腰に下げているよくわからない木の棒に、おしとやかさの欠片も無い笑い方で全てが台無しだった。
少女との出会いはそこから更に10分程前の出来事であった。
宿を決めて荷を降ろし、辺りの散策を始めた所、何やら向こうの通りが騒がしいことにアッシュは気が付いた。ちょっとした好奇心で、何が起こったのか位は見てやろうと喧騒の方向に向かったのがそもそもの間違いだったのだが、ただでさえ狭苦しい荷馬車で揺られるだけの退屈な旅を終えた直後である。そのちょっぴりの好奇心さえ持たない人間だったなら、アッシュ=マノールはそもそも冒険者になる為にこの街までやってくることさえなかっただろう。
流石冒険者の街という所か、周囲の人々に動揺する様子は見られず、またかといった顔で、チラッと騒ぎの方向を確認すると、自然な振る舞いのままするすると道を開け、一人、また一人と背景に溶け込んでいく。
一方アッシュは、周りの人々が背景に溶け込んで息を潜めはじめたことよりも、そのおかげで見通しが良くなってきたことに気を取られ、まだ道のど真ん中で目を凝らしていた。どうやら、少女が追われているようだ。追手はいかにもというチンピラが3、4人といった所か。時折後ろを気にしながら走っている割に、大の大人複数を相手によくここまで逃げ続けているものだ。怖くは無いのだろうか、と心配になったが、段々近づいてくる声を聞くに、怒り狂っているチンピラ共とは対照的に、何故か少女は楽しそうに見えた。
……と、そこまでぼんやりと観察していた所で、アッシュはやっと自分が道のど真ん中に取り残されていることに気が付いた。いつの間にやら周りにいたはずの人々は完全に背景に溶け込んでしまい、走って来る少女とチンピラ達の声を除けばその場はシーンと静まり返ってすらいる。慌てて自分も道の脇にどいて息を潜めようとキョロキョロと辺りを見回したが、丁度いい隙間や店の軒下には既に先客が隙間なく潜んでいて、近づいてくるチンピラはおろか、アッシュに対してさえ「見えません」「聞こえません」というポーズで背を向けている。どこにも隠れる場所が見当たらない。そうこうしている内に、結局アッシュは道の真ん中から動けないまま、騒動の張本人達が目前までやってくることになってしまった。
「「「待たんかゴラァ!」」」
「やーだー! 私悪くないもん! 悪いことしたのはそっちだもん!」
アッシュにとって最悪だったのは、こちら目がけて走って来ている少女がちょうどそのタイミングで、追手のチンピラ達に何やら言い返す為に後ろを振り返っていたことである。
「あーあ、かわいそうに。ありゃ完全に巻き込まれたな」
「見ない顔だな。昨日今日着いたばかりのおのぼりさんか」
「女の子の方も見たことがないな、来て早々あんな連中に目を付けられるなんて何したんだろうな」
そして、アッシュもまた、この期に及んでどこからともなくひそひそと聞こえてくる声に気を取られてしまっていた。
――その結果。
「……おろ?」
「えっ? ちょっ、ぶつかるっ!」
正面を向き直った少女は、自分の前に人が突っ立っているとは露ほども考えていなかったし、逃げているのだから当然足を止めるつもりも全くなかった。ぼーっと立ち尽くすアッシュと目が合って慌てて足を止めた少女は足が縺れてしまい、アッシュに向かって飛び込むような形になってしまった。
アッシュもまた、目が合ったままこちらに向かって飛び込んでくる少女のその瞳から、目を離せなくなっていた。周囲の音が消え、時の流れが突然ゆっくりとしたものに変わってしまったかのような時の中で、二人はただ、お互いを見つめ合っていた。
そんな、長い長い一瞬は、唐突に終わりを告げる。
――ドサッ! ズザザザァッ!
「……あれぇ?」
痛いのはやだなぁと、ぶつかる瞬間目をぎゅっとつむっていた少女は、あれだけ派手にぶつかり人を巻き込んで転んでしまったのに自分がちっとも痛くなくて、むしろなんだかちょっと温かくて悪い気がしない状態であることに気付き、恐る恐る目を開けた。
少女の目に飛び込んできたのは、けして高価ではないが着心地の良さそうな布でできた服の袖と、そこからにゅっと伸びている、細めの割にそれなりにがっちりした腕、そしてその間から見える街並みであった。その腕が自分のことをがっちりと抱きとめており、そのおかげで、あれだけ強くぶつかったのにちっとも痛くなかったのだと気付いた少女が顔を上げると、少女と同じように恐る恐る目を見開いたばかりの茶髪の少年と目が合った。つい今しがた、とても長い間見つめ合っていた気がするその茶色がかった瞳。珍しい色でも何でもないその瞳なのに、何故かずっと見つめていたいな、とドルカは思った。
――この二人の出逢いこそが、ショイサナを、そしてこの世界全体をも騒がせる偉大な? 冒険の始まりであった。
ノリと勢いにカオスを添えたラブコメ冒険記です!
しばらくは1日2話ずつ投稿していきます。
1時間後に2話目を投稿予約しています。
初投稿なので、感想やご意見など頂けるととても嬉しいです!
よろしくお願いします。