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大機械都市『ラギオン』奪還編4

 涼吾はゆっくりと目を閉じる。

「泥棒よー!誰か捕まえて!」

 突然、叫ぶような声が聞こえ、目を開けると、知らない街の路地に立っていた。

「ねぇ、あなた」

 振り向くと、そこにはいかにもお金持ち、というような格好をしたおばさんが立っていた。指には宝石の付いた指輪が何個もはめており、キラキラとした服を着ている。

「え、なんですか?」

「泥棒よ!私の大事な指輪が盗まれたの!」

「は、はぁ…」

「何よその反応!あなたが犯人を捕まえるのよ!」

「ええ、なんでなんですか…」

「犯人はあの建物に入って行ったわ。任せたわよ!」そのおばさんは十メートル程離れた二階建ての建物を指した。

「いや、待ってくれ、なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだ?」

 涼吾はその建物を少し見た後振り返る。すると、先ほどまで後ろにいたおばさんは消えていた。

「え!?いない!?」あたりには人の気配はなく、世界から隔離された空間のように感じられる。

「今回の問題はこれってことか…犯人を見つければ宝石でも貰えるのか?」

 涼吾は指定された建物の扉を開く。

「おや、お客さんかね?いらっしゃい」

「え、いや、客ってわけじゃないんです。ここは何屋なんですか?」

「ここは宿だよ。知らずに来たのかい?」

「ええ。あの聞きたいんですが、この宿に誰か入ってきませんでした?」

「君が入ってきたよ」

「いや、俺以外で」

「そうだね、この宿には三人のお客さんがいるけど。それがどうしたんだね?」

「実は、この宿に窃盗犯が逃げ込んだ可能性が高いんです」

「なぜだね?」

「いや、それはわからないんですけど…」

「じゃあ、君は誰だね?」

「俺は、高屋敷涼吾といいます」

「可能性が高いとはどういうことかね?君が目撃したのではないのかな?」

「はい。俺はそう聞いて、この建物に入ってきたんです」

「誰に?」

「それは…」

「私は君の方が怪しいと思うけれどな」

「ちょっと待ってください。これには事情があるんです。すみません、この宿には時計はありますか?」

「時計?なんだそれは?」

「え!?時計ですよ、時計」

「知らないな、そんなもの」

「嘘ですよね?では、今は何時ですか?」

「なんじ?なんじとはどのような意味だい?」

「時間のことですよ!」

「じかん…聞いたことがないな」

 涼吾は言葉を失う。

「時間っていう概念がないのか…」

「で、君は何がしたいんだね?」

「だから、窃盗犯を捕まえたいんですよ。他の客にお話を伺ってもよろしいですか?」

「いいけど。泊まるのかい?」

「いえ、そんなに時間はかけませんから」

 ふと、受付を見るとそれぞれの部屋の鍵が貸し出されており、鍵は残っていなかった。

 涼吾は二階へ上がる。

「はぁ、確か宝石の付いた指輪だよな。まぁ、意識の世界にいる時だけは現実の原理に基づいた謎解きができるからいいけどな…」

 階段を上がると、101、102、103、104と書かれた部屋がある。

「客は三人ってことは、一つ使われていない部屋があるのか。取り敢えず、101から見ていくか。

 涼吾は101の部屋をノックする。

コン、コン

「はい」

 扉が開くと、中から髭の長いおじいさんが出てきた。

「あ、すみません。この部屋の人ですよね?」

「いかにも」

「あの、この宿屋に窃盗犯が逃げ込んだ可能性があるんですよ。それで、俺が今調査してて、協力して頂けませんか?」

「そうじゃったんかの。いいぞ、なんなりと聞いておくれ」

「あの、あなたがこの宿に来たのはいつですか?」

「はて?いつ、とは食べれるのかの?」

「まさか、あなたも『時間』という言葉を知らないのですか?」

「『じかん』…聞いたことがないな」

「そうですか。あの、失礼ですが部屋の中を少し見せて頂いていいですか?」

「いいぞ。私は何も盗んではないからのぉ」

「ありがとうございます。では、失礼します」

 涼吾はその老人の部屋に入り、ベットの下やクローゼットの中などを探す。

「お主はいったい何を探しておるんじゃ?そんな場所には何もありゃせんよ」

「指輪ですよ。宝石の付いた」

「お主のか?」

「いえ、ある人に依頼されたんです。見るからにお金持ちの方でしたから」

「そうじゃったのか」

「ないようですね…すみません、お邪魔して」

「何かあれば、また聞きに来るとよい」

「ありがとうございます」

 涼吾は101号室を出て、102号室へ向かう。

コン、コン

返事がない。

コン、コン

「あの、すみません」やはり、返事はない。

「留守なのか?それとも、この部屋には誰もいないのか…」

 103号室へ向かう。

コン、コン

「はい。なんですか?」

「すみません。少しお伺いしたいことがありまして」

ガチャ

扉が開いた。

「あなたは?」若い女性が中から出てきた。

「あ、すみません。俺は高屋敷涼吾と言います。あまり時間をかけられないので端的に話します。

「『じかん』?」

「あ、いえ、それは気にしないでください。ともかく、今あなたにお願いしたいことは、少し部屋を見せて頂きたいんです」

「あなた!女性の部屋を見せてだなんて無神経よ!」

「あ、すみません…」

「理由によっては見せなくもないけど」

「実はこの宿に窃盗犯が逃げ込んだんです。それで、今調査してて」

「そうだったのね。でも、私じゃないわ」

「いや、それを確かめるために部屋を見たくて…」

「わかったわ、またあとで来てくれないかしら。その間に部屋を片付けるから」

「それだと、あなたを疑うことになってしまいます。今の状況を見せてもらわないと…」

「いい加減にしてもらえる!?もう、いいわ。帰ってちょうだい!」

 バタンッ!

 扉を閉められてしまった。

「はぁ、沙知の部屋を見慣れてるから、少し無神経になってたか。だけど、隠されても困るしな…」

 涼吾は、他の部屋から回ることにした。

コン、コン

「あの、すみません。どなたかいますか?」

 返事はない。

「あれ?おかしいぞ、客は三人いるはずなのに二人しかいない…」

 涼吾は一階へ降り、宿屋の店主に話を聞く。

「あ、すみません」

「どうだったね?犯人はいたかね?」

「いや、まだわからないです。それと、客は三人いると言っていましたよね?」

「ああ、そうだが」

「二人しか確認できなかったんですけど」

「そんなはずはないと思うんだがな」

「マスターキーとかありませんか?」

「ちょっと、待ってくれ…」

 店主は下の物置を探す。

「あの、後ろのやつじゃないですか?」

「ああ、そうだそうだ。マスターキーなんて滅多に使わないから忘れていたよ」

「借りていいですか」

「私も行こう。もしかしたら、家賃泥棒やもしれんからな」

 涼吾は店主の後についていく。

「102号室だな」

 店主はマスターキーで鍵を開け、部屋へ入る。

「誰もいないな」

「でも、荷物とかがあるので誰かが居たのは間違いなさそうですね」

「どこに消えたんだ?」

「窓が開いてますよ」

「本当だ。ここから逃げたのか?」

「すみません、少しこの部屋を調べさせて頂きますね」

「あ、ああ。構わんが、あまりかき回さないでくれよ。お客さんの部屋だからね」

「わかりました」

 涼吾は捜索を始める。涼吾がベットの下を捜索してると、隣の部屋から物音がする。

「となりの部屋から音がしますね。隣の部屋の方は何をしているのかね?」

「たぶん、部屋の掃除をしているんじゃないでしょうかね?さっき訪れた際にそう言ってましたから」

 涼吾は、探索を続ける。

「次はクローゼットだな。よし」

「ところで、君は何を探しているんだ?」

「ああ、指輪ですよ。その被害にあわれた方は宝石の付いた指輪なんかもたくさんはめていましたし、おそらくは高価なものかと」

「普通の指輪でも高価なものはあるからね。被害者の方はかわいそうだ」

「そうですね……」涼吾は、部屋を出ようとする。

「もういいのかい?」

「はい、隣の方にあいさつに行きたいと思います」

「じゃあ、私は部屋を閉めてから一階にいるから、何かあったら言ってくれ」

「わかりました、必ず伺いますね」

 涼吾は下に降りていく店主を見送り、老人の部屋を訪れる。

コン、コン

「はい」

「あ、すみません」

「君か。何か用か?」

「いえ、ご協力してくれたことに感謝したくて、それともうすぐに俺はこの世界から去ると思います。ありがとうございました」

「ふぉ、ふぉ、ふぉ、なんのなんの、わしゃ何もしておらんよ」

「いえ、ありがとうございます。失礼します」

 続いて、涼吾は103号室の女性を訪ねる。

コン、コン

「はい。あら、またあなたなの?」

「何度もすみません」

「部屋見るかしら?片付けておいたから」

「いいえ、その必要はなくなりました。それと、俺はすぐにこの世界からいなくなると思います。ご協力感謝します」

「そう。頑張りなさいよ」女性はそう言い、扉を閉める。

 涼吾は一階へ降りる。

「どうだった?」

「あいさつは済ませてきました。あとはあなたを摘発するだけですね」

「ほう、どういうことかな?」

「俺はずっと勘違いしていました。被害女性の方に、指輪が盗まれた、ということを聞いて、俺は勝手に高価な指輪、それも宝石がついた指輪だと勘違いしていました。先ほども言った通り、指にはたくさん宝石が付いた指輪がはめてありましたから、盗まれた指輪もそのうちの一つだと思い込んでいたんです。ですが、俺がこの情報を与えたにもかかわらず、普通の指輪でも高価なものはある、ってあなたは言いましたね。なぜその指輪が普通の指輪だと思われたんですか?」

「指輪って言えば、宝石なんてついていない指輪を思い浮かべるのが普通だろう」

「ええ。しかし、敢えて『普通』という言葉をつけたりしたのも俺は気になりましたし、あなた、そもそも店主じゃないですよね?」

「私は店主だ!」

「いえ、あなたは102号室の客だ!」

「なんだと?」

「これは俺の憶測も混じりますが、あなたはマスターキーの場所を知らなかった」

「それは、言っただろう。滅多に使わないから忘れていたんだって」

「いえ、それは嘘です。101、103の部屋は人がいましたし、102もあなたが使っていたでしょうから、鍵がないのは当然です。しかし、誰もいないはずの104号室の鍵までも受付にないのは不自然ですよ。これは憶測ですが、104号室の鍵がないので、代わりにマスターキーを使って開けていたはずです。ですから、マスターキーを滅多に使わないというのは嘘です。よって、あなたが店主でないことも事実になります」

「そうだとして、窃盗の証拠はあるのかい?」

「ええ、ありますよ。あなたが右手の人差し指にはめている指輪ですが、それエンゲージリングじゃありませんか?」

「はっ!?」

「既婚者なら当然、左手の薬指にはめますよね?気付きませんでした、勝手に宝石が付いていると思い込んでいたので…とどのつまり、あなたが右手にはめているその指輪こそ、被害女性がはめていた指輪だったんですよ!」

「すばらしいね。君とのゲームもこれでおしまいか。残念だな。また、会えることを楽しみにしているよ」

 偽店主の右手の指輪が光だし、涼吾は目を瞑った。涼吾が薄目を開けると宿屋は消えており、いつもの真っ暗な空間にいる。

「ククク…戻ってきたな」

「おい、今回はタイムリミットがなかったのか?」

「時間の概念が失われた世界だ。タイムリミットが存在しないのも、納得いくだろう」

「だったら、考える時間はたくさんあったんだな」

「まぁ、そうかもしれないが。逆に言うと、解けなければお前は無限の時をあの空間で過ごすことになっただろう」

「でも、解いて、こうして戻ってきたんだ。力を貸してくれよな」

「わかっている。では、戻すぞ」

 涼吾は目を閉じ、意識の世界から帰還する。









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