闘う女は艶やかに微笑む
ノリと勢いで。つい。
5月11日。ちょいと奥さん! 日間4位でしたよ! ありがとうございます! 嬉しいですよねぇ(うっとり)
さあ、戦いを始めましょう。
高級レストランに相応しい、清楚ながら妖艶にも見えるドレスワンピース。気合いを入れてピンヒール。ナチュラルに見えるように計算されつくしたフルメイクとヘアアレンジ。仕上げに優しげに見えるような微笑みを浮かべたら、戦闘準備は完了。
いざ、出陣なり。
コケたら捻挫間違いなしなピンヒールを優雅に鳴らして、そのテーブルに近づけば、席についていた無表情のイケメンが満面の笑顔で立ち上がった。高級なスーツを身につけたそのイケメン、笑顔は凶器である。
「遅かったね、待っていたよ」
「ごめんなさい、準備に手間取ってしまったの」
私に近寄るなり頬にキスを落としたこの男、今日の見合いの主役である。テーブルに座る女性陣総ポッカーン、である。見物すぎる、笑いを堪えるので腹筋がわれたらどうしてくれる。
「久弥さん? そちらどなたなの?」
ようやく立ち直ったのか、若い女性、おそらくもう一人の主役、見合いの相手が声をあげた。
可愛らしい容姿の、誰もが庇護欲をそそられた挙げ句貢いじゃうだろう、あらそんなの当然よねだって私可愛いもの、なご令嬢は、まさか自分がふることはあれどふられるなんて想像もしていないのか、にっこりと余裕な微笑みでもって彼を見た。
「志奈子さん。紹介します、僕の婚約者の千奈美です」
「千奈美と申します」
あえてよろしくはしない。だってケンカ売りにきたんだし。
にっこりと、幸せ満面で微笑んでみた。引きつる面々。あらまぁ、そろいもそろって使えないこと。
「どういうことですの?」
「そのままの意味ですが」
周りがまだ衝撃から立ち直る前にカタをつけるべく、私は彼女に近づいた。
「ーーーー、ーーーーーー。ーー?」
「っ!?」
彼女にだけ聞こえるように落としたささやきは、効果抜群お肌つるつる真っ白け~。
「……なぜ、それを」
「彼の家族を巻き込まないでもらえるのなら、私はなにも知りません。巻き込むというのなら……」
人はこれを脅しと言う。とどめに優しく笑いかける。目だけは笑わないけど。
白を通り越して真っ青になってしまった彼女をそのままに、私達はレストランを出た。さすが高級ホテル。プロフェッショナルな方々はなにも言わず私達を送り出してくれた。むしろグッジョブとサムズアップしてくる人もいたりしたので、笑って応えた。
タクシーに颯爽と乗り込んでその場を去る。まだ闘いは終わっていないから、気は抜けない。やれやれ。
タクシーを降りたのは某ホテルの前。一人ですがなにか?
目的地は展望台な併設されたバー。そこの女性バーテンダーさんと呑むのが楽しいのだ。しかも今夜は勝利の美酒!
自然と歩みも早くなろうというものよね、楽しみはすぐそこ。なに呑もうかしら。
「ユキさん、お任せで1杯」
「いらっしゃいませ。かしこまりました」
カウンター席には私の後に座った男がひとりだけ。目付きの鋭い美形である。興味はないけどね。
「お待たせいたしました」
コトン、と置かれたグラスには薄いピンクからブルーのグラデーション。あまりにキレイで飲むのかもったいないほど。
「ありがとう」
ゆっくりと、味わうように一口。残りは一気に飲み干して席を立つ。
「お早いですね」
「忙しいのよ」
笑って手を振った。
支払いを済ませてバーを出る。戦闘態勢はまだ解けない。連絡はまだこないから。
本当ならバーでまったりと待つ予定だったのに、予定は未定ってことかしらね。
「私になにかご用?」
振り向かずに問いかけると、足音が止まった。音からして男性のものだったから、間違いなくバーでカウンターにいた男だろう。
本人が出て来るなんて、予想はしてたけど想定外もいいとこね。
「……久弥はどうした」
低い声。あらやだ、なんて美声。腰にくる声なんて初めて聞いたわ。
今じゃなければ聞き惚れたのに、残念。
「まぁ、名乗りもせず開口一番にそれですの?」
「君に名乗る必要が?」
「ありませんわね。というより、礼儀知らずな方々とは話す必要を感じないのだけれど」
だから、振り向いて顔を見ることもしない。止めていた足を動かせば、後ろの足音もついてきた。
「久弥はどうした」
「なんとかの一つ覚えですの? 素敵ですわね」
「とぼけるな。久弥はどこだ」
エレベーターホールには人がいない。おあつらえ向きというかなんというか。下へのボタンを押した所でスマホが震えた。
「失礼」
内容を確認して、つい笑みが浮かんだ。待ち望んだ連絡だった。
「……久弥さんのことでしたわね」
「話す気になったのか」
「……あなた、高飛車とか言われません? それとも、庶民は見下して当たり前なのかしら」
そんな態度でよく企業のトップとかやってられますねー。呟いて振り向いた私に、少し見開いた目がさらに開いた。
「…………」
もう、口調もご令嬢らしくする必要もないのだけど、あらまぁ、美形が呆けてるわ。
オーダーメイドであろうスーツを着こなし、黒髪を後ろに流した姿は、多くの女性を虜にするだろうに、今は口をちょっと開けた間抜けな顔だ。
「久弥さんなら空港です。あぁ、今頃は離陸したかしら」
さっきの連絡はそれだった。機内でも使えるようになったみたいで、これから離陸すると、迷惑をかけてごめん、ありがとうとメールがきたのだ。
親友と友人の頼みだし、と一肌脱いだ私。自画自賛だけどえらいわ。
「彼は本当の婚約者と籍を入れて飛び立ったわ。行き先は私も知らない。彼の顔は広いから、生活に困ることはないそうよ」
「……は、なんだと」
「あの脳内お花畑のお嬢様と結婚なんて冗談じゃない、というのが私達3人の共通意見だったの。久弥さんは私の親友の恋人だったしね。だから、仕組ませてもらったわ」
「そのおかげでこちらがどんなことになってると思うんだ!」
「なら、あなたが嫁に取ればよかったじゃないの」
「それ、は」
自分は回避しといて弟には押しつけるなんて、非道もいいとこよね。
もちろん、そうしなければならなかった理由も知ってはいるけど、私には関係無いし。
「その辺もちゃんと考えてあるわよ。私は依頼を完遂する女だもの」
美形にUSBメモリを投げる。片手でカッコ良く受け取った彼は、訝しげに眉をよせた。
あれには彼らも知らない、今回の結婚まで決まっていたお見合いの裏事情が事細かに記されている。
都合良く開いたエレベーターに乗り込むと、私はにっこりと捨て台詞を残す。
「どう使うかはあなた次第だけど、最悪でも久弥さんに感謝するはずよ」
「ま、!」
追いかけようとした美形の口を人差し指で塞ぐ。
「急いだ方がいいわ。あのお嬢様が彼に泣きつく前に連絡を。未来をつかみたいなら、のんびりしてられないわよ」
「まっ、」
言い終わる頃に、ドアが閉まった。なにか言いたそうだったけど、さすがに言いたいことは伝わったようだ。目に力が宿っていたから大丈夫だろう。降り始めたエレベーターの中でついた安堵のため息は、誰が聞くともなく空気に溶けた。
「任務完了」
あのお嬢様、荒城志奈子は政治家の愛人だ。彼女の親も公認のそれは、老いた政治家の本妻のプライドを打ち砕いた。夫の愛を奪った女が、その子供を身籠った。男なら後継ぎになる。本妻は女しか産めなかったから。
だからこその政略結婚。政治家の派閥の次男以下の男に嫁がせて、子供は引き取り認知するまでが計画だった。久弥さんは、憐れな生け贄に選ばれただけ。ただ、小娘の好みだったから。
けど実際は、荒城志奈子の恋人との子供。彼女はそれを愛人にも恋人にも隠していた。政治家の後継ぎにした方が自分の将来も安泰だとでも思ったのか。彼女は典型的な甘やかされたワガママお嬢様だった。
それを知ったからこそのお見合いぶっ潰し作戦。私の親友とその恋人を巻き込んだことを後悔してほしいと思う。私は決めたら容赦はしない。
彼女は、ウソがバレて政治家から捨てられた。本妻から慰謝料を請求されたらしいけど、払えるわけないでしょうね。これにこりて大人しくなればいいけど。
久弥さんの兄はちゃんと政治家との交渉を成功させたようだ。何度かユキさんのバーに足を運んでいるらしいけど、私と会うことはない。
「さて、と」
青空の下、ひとり歩き出す。闘う装いを脱いだ私はただの私。
私は今日も仕事、飲みに行くわけないじゃない? ねえ、誰かさん?
終わってるような、始まるような?