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異変

 高校一年の夏休み、御剣隼人みつるぎはやとは高校の友人達との待ち合わせ場所から、自宅へ向かって自転車を飛ばしていた。

 父親譲りの、クセのある黒髪が激しく風になびく。

 自宅近くの剣術道場に通って鍛えた足腰をフル回転しつつ、起伏の多い家路を急ぐのには理由があった。

 その日は、昼から皆で集まってアミューズメントパークへ繰り出す予定だった。

 しかし集合時間になっても、隼人の幼なじみで、羽生剣術道場の一人娘でもある羽生鏡子はにゅうきょうこが現れない。

 普段は人一倍時間にうるさい彼女が、である。

 携帯電話にかけてみたが、電源が切れているのかつながらない。どうしたものかと思っていたところに、隼人の祖母である御剣ラビからメッセージが届く。

「緊急事態、すぐに帰宅するべし」

 普段は歳に似合わず、顔文字やデコレーションをふんだんに使ったメッセージを送ってくる祖母である。しかしこのメッセージにはそんな飾り気が全く無い。それを見た瞬間、隼人は何か本当にやばいことが起こったのだと直感した。

「悪い、家でなんか起きた」そう友人に告げると、隼人は自転車に飛び乗った。



 少し町外れの自宅に着いた隼人は、あわただしく階段を駆け上がり二階の祖母の部屋に駆け込んだ。

「おばあちゃん、一体何が――」そこで絶句した隼人は、目の前にいる半裸の金髪美女に目が釘付けになっていた。

「早かったね隼人」

 その女性に話しかけられて、はっとわれに返った隼人は、あわてて廊下の方を向く。

 隼人はその女性になんとなく見覚えがある気がした。

 そう、自分の母親に良く似ているのだ。ハーフである母親もちょっとくすんではいたが金髪だった。そしてエメラルド色の瞳。一瞬、隼人は海外出張している両親が帰ってきたのかと考える。しかし、後ろにいる女性はどう見繕っても二十代前半といったところだ。

「どうだい、ばあちゃんの裸も結構イケてるだろ」

 信じられない言葉が耳に飛び込んできた。祖母はもう還暦を過ぎている。

「なんかのドッキリ企画?」それが隼人の思いつく唯一の答えだった。

 その時、階段を飼い猫のにゃむりん(ゼット)が駆け上がってきた。黒い毛並みをしなやかに波打たせて、隼人の脚の間をするりと通り抜ける。そして――

「フリーダが来たニャ」

 隼人は思わず声のした方を振り向いた。二本足で立ち上がったにゃむりんZと目が合う。

 一瞬の間。黒猫の額にあるZ型の白い模様が、きらりと光ったような気がした。

「そうニャ、今朝カリカリを……」

「うわああああっ!」

 妙に甲高い声で叫ぶと、隼人は飛び退って廊下の壁に背中を激しくぶつけた。その様子を見て、にゃむりんZがニャハハハと笑う。

 動転している隼人の横から、輝くような金髪を腰まで伸ばした少女が階段を上がってきた。

「ラビ~、準備できた?」

 祖母の名を呼びながら部屋に入ってゆく少女は、黒いライダースーツのような皮のツナギの上に、ボディアーマーとも鎧とも見える装備を着込み、脛に装甲のついた深いブーツを履いていた。

「土足かよ!」思わず突っ込む隼人。

「ワタシ日本語ワカリマセ~ン」

 コントに出てくる外人のようなイントネーションで、そう答えながら振り向いた少女の耳は、長くとがっていた。

 大きなアーモンド形の目に端正な顔立ち、薄い唇にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。燃える様な深紅の瞳が挑戦するようにきらりと光った。

「日本語喋ってるじゃん!」

 身長百七十五センチの自分より頭半分ほど小さなその少女に、隼人はもう一度突っ込む。

「あら、良く聞いたらどう? 私ホントに日本語喋ってないし」

「何言って……」

 さらにもう一度突っ込みかけて、隼人の言葉が止まる。

「気付いた? 私が喋ってるのは千五百年くらい前の、大陸の西の方の言葉よ」

「え、でも日本語に聞こえる――っていうか、意味がわかる」

「新しい世界の法則では、どうやらどんな話し言葉もお互いに通じるって事になったみたいね」

「どうなってんだこれ? じゃあ、にゃむりんが喋ったのも……」

「ああ、あの子はまた特別だから。さすがに普通の動物と会話するのは無理だと思う」

 そして少女は、またクスリと笑うと、「今はまだ……ね」と付け加えた。

「結局、神崎博士を止められなかったわけね、フリーダ」

 隼人の祖母と言い張る女性が、着替えを終えて声をかけてきた。胸元もあらわな大胆なカットジーンズに、ウェスタンブーツといった格好だ。

「なによ、ぬくぬくと隠居してたあんたに言われたくないっての」

 フリーダと呼ばれた少女が答える。

「まあ、こうなるのは大体決まってたみたいなもんだしね。準備が無駄にならなかったのは良かったのかも」そういいながら、部屋に隼人を招き入れた若い祖母は、

「あと百年も遅かったら、あたしは成仏してたかも知れないし」と続けた。

 その、どう見ても二十代前半に見える祖母の耳もまた大きく、そしてとがっている。

「あら、隼人、あんたの耳」

 祖母の言葉にハッと耳を触る隼人。

 その手には、触り慣れた耳とは違う、とがった感触があった。



「それじゃ、あたし達は核ミサイルの発射を止めにいくから。詳しいことはにゃむりんに聞いて」

 祖母はそういい残すと、フリーダと一緒にクローゼットの奥へと消えていった。

 クローゼットの中で、妙な記号や文字らしきものが円になってクルクルと回りながら虹色に輝いてるのを見て、これが魔法陣って奴なんだろうかと隼人は思う。

 階段を下りて居間に行くと、にゃむりんZが器用にプルトップの猫缶を開けて、中身を皿に移している所だった。

 テレビでは、緊急特別報道番組が流れている。

 『先祖がえり症候群』と、解説者らしき人物がフリップを使って説明している。そこには大きな文字で、『この症状に伝染性はありません』と書かれていた。

 L字に囲まれた青枠の部分では、日本だけでなく、世界中の混乱の様子が次々に速報として流れている。

「戦争とか起こるのかな」

 隼人は、器用にスプーンで食事をしているにゃむりんZに聞く。

「まあ、主要国の中枢には、ラビやフリーダみたいにこういう事態に備えて準備してる人達がいるはずニャから、大丈夫ニャ」

「ホントは何が起こってるわけ? この状況」

「簡単に言うと、世界に穴が開いて、そこから混沌があふれ出してるニャ。そのせいで、世界の法則が混沌よりになって、人間の想像しうるあらゆることが起きる可能性を持ち始めたのニャ」

「それって、要は何でもアリって事?」

「そう簡単には行かニャい。混沌を制御するにはそれニャりの知識や経験が必要ニャ」 

「さっきの魔法陣みたいな奴とか……どこで習ったんだろ、おばあちゃん」

「あの二人は昔あいてた穴が閉じる前の、魔法が現役だった時代から生きてるし、知ってて当然ニャ」

「えっ、それって何歳――」

「レディの歳を聞くとか野暮にも程があるニャ」

「っていうか、にゃむりん、お前何歳だよ!」

「だからレディの歳を聞くニャと言ってるニャ!」

 言われてみれば、確かにこの黒猫は雌だった。隼人は、アルバムの古い写真によく写っていた黒猫のことを思い出す。あれはずっとにゃむりんZの先祖だと思っていたが、本当は――

「ババアって言ったらぶっ殺すニャ」

 敏感に察したにゃむりんZが鋭く言った。かざした左手の先には、鋭い爪がにゅっと顔を覗かせている。

 その可愛い威嚇に、隼人はなんだかホッとするものを感じた。この黒猫は確かに喋れるようになったけれど、性格は――少なくとも隼人が普段からこの猫に感じていた性格は、全く変わっていないようだった。

「先祖がえりって、俺は耳がとがるだけで終わり?」

「隼人はクォーターだから、そんニャもんだと思う。あと、ひょっとしたら赤外線とか見えるかもニャ」

「すげえ!防犯装置の赤外線とかすり抜けられる?」

「どこに忍び込む気ニャ」

「でもこれって、先祖が人魚だったり狼男だったりした人達もいるってことだろ。変化が大きい人は大変だよなあ」

「大半の人は血が薄まってるから、ほとんど目に見える特徴は出ニャいと思う。多分、すぐに変化が現れるのは全人類の三割くらいかニャ。完全に先祖と同じ姿になるのは、その三分の一、全人類の一割ってとこニャ」

 その時、隼人の携帯電話が鳴った。

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