4年前 扶月総也
扶月総也は苦い顔でガラスケースの中を覗いた。
「仕組みは分かったのか」
「いえ、それがまだでして……」
総也の呟きに反応して、隣に立つ白衣の男が緊張した声で言う。
「現段階では電波を発している通信装置のようなものだということしか解っておりません……分解すると壊れてしまう仕組みになっているようで、迂闊に中を開けることができないのです」
「電波など、解析してしまえば手がかりなどすぐにわかるだろう」
「はぁ、それが……電波の解析も急がせているのですが、こちらにも今まで見たことのない暗号化が施されておりまして……」
白衣の男は額から流れる汗を拭いながら、しどろもどろに「解析し終わるのにはかなり時間を要します」と答える。
「もう一年もかかっているというのに、あと何年かけるつもりだ!」
研究所の高い天井に総也の声がこだました。
「い……今のままでいきますと、百年はかかるかと……」
語尾が聞き取れないほどの声で白衣の男が自信なさげに言った。気が遠くなる話に、つい頭を抱えたくなる。
総也はこのロザリオを手に入れてからというもの、触ろうが叩こうが喋ろうが、うんともすんとも言わないことに焦りと苛立ちが募っていった。もしや偽物だったのではと疑念が過ることもある。だが、千里眼の調査のためだけに研究所を建て、増設し、最新鋭の演算装置まで整備した。少なくとも一兆円は投資しているのだ。今さら偽物だったでは済まされない。
――黒銀千緋色は今日ここで死ぬ。
それに、あの時の予見は確かに実現した。偽物であれば千緋色が死ぬわけがない。現実に千緋色は死んで黒銀の家も崩壊したのだ。偽物の千里眼が黒銀家を滅ぼすなどあるわけがない。
「いくら時代の流れの中で改造を施されているとは言っても基礎は三百年も前の技術のはずだぞ、どうして最新の科学を持ってしても何一つ分からないというのか」
色あせたロザリオはスポットライトの光を浴びて鈍い銀色を放っている。沈黙したその姿を見ていると、本来の持ち主ではないお前には使えるものではないと言われているようで、怒りが増してくる。
千緋色を処分したのは失敗だったか――。
「あの……総帥」
「なんだ!」
怒鳴られた白衣の男は「ひぃ!」と身体をびくつかせて後ずさる。
「一つだけ、わかったことがあるのですが……」
おっかなびっくり頭を低くして男が言った。慌ててホワイトボードを用意すると、図に描きながら説明を始める。
「……つまり、特定の金融機関口座にアクセスを試みているというのか」
「いえ、特定ではなく不特定の、です……。口座はおろか名義も金融機関も毎回違うようなのです。どういう仕組かわかりませんし、なぜアクセスしているのかわかりません。ですが、確かに復号できた情報の一部からはそのような形跡が見て取れるのです」
「その口座の情報は探ったのか」
「はい……ですが、どれも出来たばかりの新しい口座で、残高はいずれもゼロでした」
「名義はどうなっている」
「国籍も住所も名前も性別もすべてばらばらでした。これでは関係性が見えません。今のところ、手がかりは皆無です」
その説明だけでは千里眼の仕組みの片鱗は見えてこない。しかし、何かヒントが隠れているのには違いない。
総也は白ひげ交じりのあごを触りながら口元に笑みを浮かべてロザリオを見つめた。
――ここはファンタジーの世界では無い。きっと何か、仕組みが隠されている。
「よくやったと言いたい所だが……どうしてこんな大事なことを先に言わん! あと百年など待っていられんぞ、一年以内に全ての暗号を解読しろ」
白衣の男が慌てて頭を下げると、総也は大きな身体を揺らして出口へと向かった。