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4年前 石田直彦

 国道沿いの商店街が立ち並んだ街の一角に、自転車が二台停まっている。

 「酷いじゃないか! 自分だけ先に逃げるなんて! キミのために囮になったのに!」

 「ああ、わりぃ直彦。俺も必死だったからさ……でも、嘘ついてなんかいないから堂々と出来ただろう?」

 「そりゃあ門に落書きしたのは祐陽だし、僕はインターホンを押して落書きされてますよって教えただけだけど、ものすごく疑われたんだよ! 怖いお兄さんたちがわらわら出てきてごまかすの大変だったんだからな! 家から自転車持ってきておいて本当によかったよ。無かったらきっと今頃僕は……」

 「だから悪かったって……ほら、お前のおかげで吸血鬼を連れてこれたぞ。写真よりもはっきりした証拠だ。どうだ、これでもまだ吸血鬼はいないって言えるのか? あとでちゃんと約束のジュースおごれよな」

 祐陽は詰め寄る直彦のところへ千緋色の手を引っ張って連れて来る。目の前に現れた真っ白い少女の姿に直彦は「ど、どうも」と言うのが精一杯だった。

 容姿も眼の色も祐陽の言っていたとおりだ。まさか本当に吸血鬼がいるとは、まさか本当に連れてきてしまうとは……。いや、まだだ、まだわからない。見た目で騙されてはダメだ。祐陽が勝手に思い込んでいるだけで本当は白いだけの普通の女の子なのかもしれない、吸血鬼という証拠はまだ何もない。

 「キミは、本当に吸血鬼なの……?」

 直彦の問いかけに千緋色は困ったような顔をして唸る。イエスでもノーでもない答えに、直彦の頭は混乱した。

 なぜ肯定も否定もしないんだ!? どっちもあたり? ハーフ? 吸血鬼と人間のハーフということ!? そんなことがあるのだろうか。まてよ……ハーフがいるということはハーフじゃない吸血鬼が存在するということになるのか。いや違う! それじゃあ吸血鬼を認めてしまうことに……。それによく見れば祐陽の帽子を被っている。なぜだ。さらには裸足というのも気になる。一体何があったんだ。何から質問したらいいんだ。

 直彦は言葉が出ず、しばらく沈黙が続いた。しびれを切らしたように千緋色は祐陽に目配せをする。

 「どうしたんだよお前ら、急に黙りやがって……」

 「ホントに吸血鬼なのかなって思って……」

 「だから言ってるじゃねぇか吸血鬼だって。こいつこう見えて俺らと同じ十二歳なんだぜ。吸血鬼のくせに友達が出来なくってずっと家にいるみたいだけどな」

 「……吸血鬼のくせにとはどういう了見じゃ! 吸血鬼にどんな偏見を持っておるんじゃおぬし……それに、こう見えてとはどういう意味かのう?」

 祐陽の言った言葉に千緋色が噛み付く。朱い眼には怪しい光が宿り、見る者の心の中をすべて見透かしているような威圧感が漂っている。心なしか、空の明度がいくらか落ちたような気がする。

 容姿が特別だからとかというだけじゃない。この特別な雰囲気は常人のものではない。

 直彦は直感した、これは本物だ。

 「子供のくせに爺さんみたいな言葉を遣うしだな……少なくとも同学年には見えねえよ。それに友達いないのは本当だろ?」

 「そ……それは……そうじゃな」

 さっきの威勢とは打って変わってしゅんとしおらしくなる千緋色の姿を見て、直彦は怖くなった。少女の姿がおぞましいとか、恐ろしいからではない。自分の心に、気持ちに、気づいてしまい怖くなった。

 今さっき、本物の吸血鬼だと納得したところなのに……どうして、ひと目でこんなに惹かれてしまうのか。

 「あの……僕は直彦って言うんだけど。キミの名前は……?」

 気がつくと聞いていた。いつの間にか勝手に口が開いていた。この子の事を知りたかった。ただ、もっと仲良くなりたかった。

 「こいつ、千緋色って言うんだって」

 祐陽が言った。すかさず千緋色が「どうして勝手に言うんじゃ!」と食って掛かるが、当の祐陽は笑顔で「いいじゃねぇか別に」と軽く受け流している。

 「もうよいわ……わらわの名は千緋色じゃ、覚えておかなくてよいぞ」

 千緋色はそう言うと、腕を組んでそっぽを向く。

 この短い時間のあいだに何があったのかはわからないが、祐陽と自分とで千緋色の態度が随分違うように感じた。自分の知らないことを祐陽は色々と知っていた。名前も、歳も、家に引きこもっていることも。友達がいないことも……。

 思い起こせば、この子があの家にいるという事すら自分はさっきまで知らなかったのだ。祐陽はもっと前から知っていたのだ。教えてくれたのも祐陽、連れてきたのも祐陽……。

 敵うわけがないと思った。情熱も知識も、祐陽の方がずっと上だ。たった今興味を持った僕と祐陽で彼女の態度が違うのは当たり前のことじゃないか。

 「千緋色ちゃん、僕と友達になって」

 思わず口にしていた。

 突然の申し出に、千緋色も祐陽も呆気にとられた様で口が半分開いたままだ。

 出し抜くなんて卑怯な真似はしたくないが、友達になりたいのは本心からだ。これでやっと祐陽と対等な立場になれたのではないか。

 直彦の申し出に、千緋色は恥ずかしそうに俯き加減で「ありがとう」と言う。

 「良かったな千緋色! 初めての友達が出来て!」

 「ありがとう……」

 「いや、お前はラスボスだから家来が出来たといった方が正しいのか」

 「あ、あり……」

 「おい、どうした? 壊れたのか……って、しまった熱か!」

 見れば顔色がさっきよりも桜色をしている。祐陽はその場に座り込もうとする千緋色の腕を掴んで背中に担ぐ。

 「ど、どうしたの!?」

 「こいつ、熱に弱いみたいなんだ。悪いけど直彦、俺のポケットから鍵をとって、二階の玄関のドア開けてくれ」

 どうして急に熱が? そう思いながら鍵を取ると、建物の二階へと駆け上がる。遅れて、千緋色を背負った祐陽が階段を上がって部屋に入ると、エアコンのスイッチを強風にした。

 「初めて友達出来たのが相当嬉しかったんだな。しょうがねぇ、ちょっと休ませてるあいだにモンスタークエストを見せてやろうぜ」

 「それじゃあ……やっぱり、祐陽はまだ友達になっていないの?」

 直彦の言葉に、祐陽は「はぁ? あたりまえだろ?」と言う。

 「こいつ吸血鬼なんだぜ、ラスボスなんだぜ? 友達なんかになるかよ。なっちまったら倒せねぇじゃん」

 祐陽のモンスタークエスト好きはいよいよ末期だなと思いながらも、いち早く千緋色と友達になることで少しだけ祐陽をリードできたことが純粋に嬉しかった。なにせ、彼女にとって初めての友達なのだ。

 「……ただなぁ、まだわかんねぇことがあるんだよ」

 ゲームの準備をしながら祐陽が言った。

 「こいつ、吸血鬼のくせに牙がねぇんだ。ほら」

 祐陽が手を伸ばすと、壁にもたれて座り込んでいる千緋色の口に指をかけてあんぐりと開けさせる。

 「お前も確かめてみる?」

 「で、出来るわけないだろ! 女の子に何やっているんだよ!」

 祐陽は指を抜くと「いいじゃねぇか減るもんでもねえし……」と言って直彦を見た。

 「まったく……一度ならず二度までも……」

 諦めた様子でうわ言のように呟く千緋色を見ていると、ついさっき祐陽のことを出し抜けたと思った自分が恥ずかしくなってくる。

 友達だったとしても、吸血鬼だったとしても、女の子の口の中に指を突っ込むなど尋常なことじゃない。そんなことをすれば怒られて当然である。なのに……千緋色は祐陽の事をたいして怒る素振りも見せない。もはや友達という関係を超越しているかのように。

 「おい見ろよ千緋色、これがモンスタークエストだ。俺がこの勇者で、お前は吸血鬼だからこいつな」

 嬉々としてテレビ画面を指さす祐陽の姿を、千緋色は「阿呆、それはおっさんではないか」と言って見つめている。

 直彦は、やっぱり祐陽には勝てない。そんな気がした。


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