現在 石田直彦
四時限目終了のチャイムが鳴って、体育館から祐陽が戻って来る。
「大変だ祐陽!」
「なんだよ、いじめっこの正体がわかったのか?」
廊下で祐陽が戻るのを待っていた直彦は、我慢できずに祐陽の着替えが終わるのを待たずに話しかけた。
「違う! いや、そうかもしれない!」
「どっちだよ……わかったんなら教えてくれよ」
「まだ確信じゃない。けど……」
祐陽は面倒くさそうに着替えをしながら耳を傾けているようだ。直彦は一呼吸おいて、ゆっくりと口を開いた。
「いいか祐陽、よく聞け……犯人は恐らく、千緋色ちゃんだ」
「………………は?」
呆けたように祐陽が言った。あまりのことに驚いているのか、反応が薄い……おかしい、もっと食いついてもいいはずなのに。
「驚かないの!? あの千緋色ちゃんが犯人かもしれないんだよ!」
「どうしてあいつが出てくるんだよ……千緋色はとっくに死んでいるじゃねえか。笑えねぇ冗談だぜ」
「それがもし、生きているとしたら!?」
直彦の言葉に、祐陽の動きが止まった。怒っているのかなんなのかわからない表情で直彦を睨む。
「もし仮にあいつが生き返ったとして俺の筆箱に悪口を書いたゴミを入れる理由は何なんだ? あいつにそんな恨みを持たれるような事をした覚えは……あるにはあるけど、どうして今頃になって出てくるんだよ。いやまて、というか仮に生き返ったとしてという前提がおかしいだろ!? あいついつのまに吸血鬼からゾンビにクラスチェンジしたんだよ」
祐陽は「もう少しマシな推理しろよ」と続けた。どうやらこれっぽっちも信じていないようである。
「生き返ったんじゃなくて、はじめから死んで無かったってことだよ。僕だって信じられないよ……でも祐陽、これを見てもまだ千緋色ちゃんじゃないって言えるか?」
直彦はポケットから携帯を取り出すと、祐陽の前に突き出して言った。
「クラスのやつが撮った写真だ。白くて可愛い女の子がどうって盛り上がっていたから何かと思って聞いてみたんだ。そうしたら昨日の夕方、部活動が終わって忘れ物をとりに教室へ戻ると五組のクラスは定時制の授業中だった。忘れ物の携帯を手に持って、興味半分で覗こうとした時、顔も髪も真っ白な女の子が飛び出してきたんだと……これはその時の写真だ」
携帯の画面には、後ろ姿ではあるものの確かに白い髪の女生徒らしき女の子が小さく写っている。
「お前んちのばあちゃんじゃねぇの」
「僕のばあちゃんが女子高生なわけないだろ! 祐陽! どうしたんだよ、いつものキミなら真相を確かめようと躍起になるじゃないか! もしかしたら千緋色ちゃんかもしれないっていうのに……」
「さっきも言ったろ、笑えねぇ冗談言うんじゃねえ。あいつの葬式……お前も一緒に見たじゃねぇか」
それから黙って着替えをすました祐陽は、直彦から視線を逸らし、口を開いた。
「それに、お前の言うとおり百歩譲ってあいつが生きていたとして今さらどうしろって言うんだよ。どんな顔して会えっていうんだよ……。あいつの家、取り壊されているの見ただろ? 俺が連れだしてなきゃあんなことにはならなかったかもしれないんだ」
「確かにそうかもしれない……だけど、加担した僕にだって責任はある。それに黒銀家の事を色々調べたけど常識では考えられないほど大きなちからを持っていたらしいんだ。そんな家が小学生のキミが原因で潰れると思うかい? きっと、何か事情があったんだ」
「そうは言ってもだな……」
「クラスのやつが言うには、女の子が飛び出したあと開いたドアから誰も座っていない机に筆箱だけが置かれていたって言うんだ。もしかしたら昨日、千緋色ちゃんは君の席に座っていたのかもしれないんだぞ!?」
固まったままの祐陽に直彦は「この女の子を探そう」と続けた。
「千緋色ちゃんじゃなければそれはそれでいい、ただキミの筆箱にいたずらをした犯人がわかる、それだけだ。けどもし、万が一、千緋色ちゃんが犯人だとしたら、千緋色ちゃんが生きていたとしたら……また三人で遊べるじゃないか」
千緋色が生きているかもしれない。祐陽だけじゃない、嬉しいのは自分も一緒だ。ずっと忘れることが出来なかった。彼女の葬儀を目の当たりにしても、この気持が薄れることはなかった。
しばらく黙っていた祐陽は「とりあえず昼飯行こうぜ」と言って、祐陽は歩き出した。少し、祐陽の目に精気が戻ったように見える。
だがもしも、千緋色が生きていたら……今度こそ決着を付けなければならない事がある。もう小学生ではないのだ。綺麗事は言えても、心のどこかでは分かっている。
――今も、まだキミには勝てないだろうか。
直彦は、あの日の胸の痛みが蘇ってくるのを感じた。