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エピローグ

 後の警察の捜査で総也と佐々木は逮捕された。四年前の花屋襲撃事件についても関与していたことが明るみになり、罪に問われることになった。

 紅耶のセクシャルな写真の件は総輔に確認したところ「ネットにはアップしていない」とのことだった。しかし、念のため千緋色の千里眼を使って抹消することで解決した。

 その総輔は初めこそ悪態をついていたものの、悲惨な家庭環境、そして被害者である紅耶の嘆願によって情状酌量され、執行猶予による保護観察処分となっている。

 「おひいさん! 今日は安くしておくよ! 買っていきませんかい!?」

 「いや、おぬしな……仮にも社長にたたき売りするとはなかなかの度胸じゃな」

 ヤスはあの後すぐ仲吉組を辞めた。千緋色にお菓子作りの腕を買われて出資してもらい、今では洋菓子専門店の店長をしている。紅茶とりんごのタルトが美味しいと評判だ。

 「千緋色さん……本当にいいの!? だって、風俗だよ!?」

 「なんじゃ、風俗とはそんなに危ないものなのか? 買い取るのは間違いないが、そのうち一度潜り込まねばなるまいなぁ」

 「おひいちゃん!? その店は爺に任せて、学校をしっかり見てよね!」

 紅耶の父親の店は千緋色の会社が買収した。紅耶の父親はこれを機会にヤクザ稼業から足を洗い、人出が足りなくなっていた国千院高校の臨時教師として採用されている。

 そして祐陽と直彦は、相変わらず仲吉のいる定時制クラスにも顔を出していた。

 「良かったの祐陽、茉莉ちゃんからの告白……。学年一の美少女をフッた男って明日には全学年に知れ渡ってるよ」

 「そんなこと言ったってしょうがないだろうよ、あいつは嫌いじゃないけど、まぁ色々あんだよ。それより千緋色……今日も居ないじゃねぇか。ったく」

 「仕方ないよ、千緋色ちゃんは理事長なんだし……仕事が忙しいんでしょ」

 「理事長なんて椅子にふんぞり返ってハンコ押すだけだろ?」

 「祐陽、それ漫画の見過ぎだ」

 あの大事件から一ヶ月が経って、誰もが気にしなくなりはじめていた。

 「あの……仲吉さん。私が言うのもあれですけど、似合っていますわよ、そのショート」

 「ほんっと、お前が言うな、だな」

 「いいの、御坊山さん気にしないで。褒めてくれて嬉しいよ」

 御坊山はあのあと、紅耶の顔を見ると大号泣で謝ってきた。しきりに身体は大丈夫だったかと大声で聞くものだから、何事かと教室中の視線を一気に集め、慌てた紅耶が許してしまったらしい。

 「んもぉぉ! おひぃちゃんったらまぁーだ寝てるんだからぁぁ!」

 一時期喋り方が治っていた鉄斎だが、暫くすると妹系の口調に戻っていた。毎日のように聞こえる金切り声が千緋色の耳を容赦なく襲った。

 「今から行くところじゃ……まったく、恐ろしい声じゃな」

 そして千緋色はというと――。

 「うむむ……木の陰に隠れてよくわからぬ……」

 公園に植えた百花の王を見ながら呟いていた。

 「どうにも咲きそうな気配も無いが、豆電球でも持ってくればよかったのお」

 「やっぱりここにいやがったな!」

 振り向くと、祐陽と直彦が立っていた。

 「なんじゃおぬしらか……脅かすでない」

 「うるせえ! お前な、てっきり理事長室にいると思ったらもぬけの殻じゃねぇか! 何サボってんだよ!」

 「いや、ちょっと寝過ごしてな……」

 小さく呟く千緋色の声に気付かないように、祐陽が花壇を見て言った。

 「ああ? なんだそれ……お前これ、百花の王じゃねえか! お前が植えたの?」

 「そうじゃ! こいつの様子を見に来とったんじゃ」

 「お前……」

 祐陽は一歩下がって驚いた表情で千緋色を見た。

 どうだ、驚いたであろう。まさかわらわがこっそりと百花の王を育てているなどと……。

 「ばかじゃねぇの!?」

 予想外の言葉に千緋色が言い返す。

 「莫迦とはなんじゃ! 硬い土を掘り起こして頑張って植えたんじゃぞ! ちっとは褒めてくれても……」

 「百花の王はこの辺りでは咲かねぇよ。咲いたという記録も無いし、俺も見たことがねぇ。だからいつもうちの店には切花でしか入ってこないんだよ」

 「な、なんと……」

 「それに公園に植えるなんて勝手なことして……あーあ……」

 「千緋色ちゃんらしいといえば千緋色ちゃんらしいけどね」

 ふふ、と笑う直彦に、千緋色は「笑うなんて酷いぞ!」と言う。

 「ごめんごめん。でさ、千緋色ちゃん……そろそろ教えて欲しいんだけど」

 「千里眼の種明かしか? まぁ良い。約束じゃからな」

 「でも本当にいいのか? 俺らなんかに喋ってよ」

 「なんじゃ、聞きたくないなら聞かなくて良いのじゃぞ」

 しっしと手を振ってあっちへ行けと言わんばかりの仕草に、祐陽がむっとする。

 「冗談じゃよ、別にもう教えても構わん。全て封印済みじゃ」

 すう、と息を吸って千緋色が「どうしてわらわが生きているのかという話であったと思うが、それには千里眼の仕組みを話さねばなるまい」と言って話を続けた。

 「わらわが千里眼と呼んでいるのは、《千里眼回路》と《言霊仕組》という二つの機能の事じゃ。この二つを合わせて黒銀家に伝わる千里眼が機能する」

 「……いや、さっぱりわからねぇ」

 「順を追って説明するからしっかり聞いておれ。まずは千里眼回路の方じゃが……これは巨大な金融資産の塊だと思ってもらえればよい」

 「金融資産って、預金とか株とかのこと?」

 直彦の問いかけに千緋色は頷いて「そうじゃ、それらを含むありとあらゆる金融資産じゃ」と言った。

 「銀行預金しかり、現物しかり……世界中の至るところに架空名義で散らばっておる。それらは常に流動し、すがたかたちを変えながら自己増殖を繰り返しておるんじゃ。それらをお互いに繋ぎ止めておるのが千里眼回路じゃ。総額でおよそ四千兆円ほどある」

 「よ、四千……兆!?」

 「恐ろしい金額と思うじゃろうが、もっと恐ろしいのはこのカネの塊が年間にして一パーセント弱の速さで増えておるのじゃ」

 「千緋色ちゃん本当なの? なんか、ファンタジーの世界のような気がしてきたよ……」

 「本当もなにも、実際に見たであろうわらわが回路を開くところを。十パーセント開けたから、あの時すでにわらわの手の中には四百兆円があったことになる」

 「待って! それじゃあロザリオは千里眼の本体ではなくて……」

 「そう、あれは鍵じゃ。わかりやすく例えるなら銀行の通帳かキャッシュカードの類だと思えば良い。そのロザリオを使って回路にアクセスをすることで千里眼回路が開くのじゃが、あまりにも巨大なネットワークでな、一度に沢山開くと本来は存在しえないカネが一気に市場を狂わせるんじゃ。だから少しずつしか開けられんようになっておる」

 「それで爺さんが驚いてたわけか。四百兆なんて、俺らじゃ想像すら出来ねえもんなぁ」

 「室町時代におられた初代黒銀家当主、せん様が作られたと聞いた。その時はまだ大した額ではなかったようじゃが……積もり積もってこの有様じゃ。放っておけばブラックホールのように市場のカネを飲み込んでいくのでな、たまには開放してやらんといかぬ。それが黒銀家に課せられた宿命じゃな」

 千緋色はカバンから薄荷水を取り出して顔にふりかけた。

 「あ、いい匂い……千緋色ちゃんそれ何?」

 「これか、いいであろう? わらわお手製の《汗》じゃ。使ってみるか?」

 「ば……! お前どんな変態だよ、汗を瓶詰めで持ち歩くなんて……!」

 「阿呆者め。おかしな想像をするでないまったく……これは薄荷を水に溶かしたものじゃ。人の汗を瓶詰めになどするか!」

 直彦は千緋色から薄荷水を借りて顔にかけた。

 「すーっとして気持ちいいよ、祐陽もやってみれば」

 「いいよ俺は……もう残り少ねぇし」

 「ストックは家に沢山あるんじゃ、物は試しに使ってみればよかろう」

 祐陽に薄荷水を渡すと、千緋色は「ああ、千里眼の話じゃったな」と言って話を続けた。

 「もう一つの言霊仕組じゃが……四年前にこれを封印できなくてな、そのまま総也に奪われてしまったので手間取ったんじゃ」

 「つまり、銀行で言うところの何になるの?」

 「これはちとややこしくてな。銀行で例えるのは難しいが……そうじゃな、おぬしら、うわさという言葉は当然知っているな? そのうわさが強烈に巨大化して、実体化したものだと思えば良い」

 「なんっじゃそりゃ。さっぱりわかんねぇよ」

 薄荷水をふりかけながら祐陽が言った。

 「実態が無いのに起こりえる事件があるのは知っておるか? 例えばおぬしらがとある大銀行を指さして「ここの銀行は倒産する!」と叫んだとする。無論、誰も信じまい。道行く人は冷たい目で見るじゃろう。しかしこれが国のトップ、それも一国ではない、複数の国が同時に「この銀行は倒産する、危ないぞ」と言えばどうなる? たとえそんな事実は無くとも、恐らくその銀行は長らく持つまい」

 「じゃあ言霊仕組は、嘘が作り出す現実!?」

 直彦の言葉に千緋色は「そうとも言えるな」と言って話を続けた。

 「これは一つの喩えじゃ。言霊仕組はこのような人心操作を全世界のネットワークを使ってダイナミックに行う。千里眼回路のカネを使ってな」

 「なるほどな。四千兆円もありゃ嘘は嘘でなくなるわな」

 「そして、わらわが生きていた理由じゃが、端的に言うならば死亡診断書を偽装して戸籍を抹消し、葬式を上げたからじゃ。はじめから死んでおらんのじゃから生きていて当たり前じゃ」

 「どうして死んだフリをしていたか……ということになるね」

 「……四年前、覆面の集団が花屋を襲撃したじゃろう。あの時、総也にロザリオを奪われたんじゃ。そして「黒銀千緋色は死ぬ」と予見されてのぉ。回路を閉じるのに時間がかかってしまって、この予見が通りよった。あの時わらわは戸籍上《黒本》に変わっておったから死ぬことは無かったのじゃが、総也に名前を変えていることがバレては危険じゃ。気付かれてもう一度予見されるかもしれん。急いでニセの死亡診断書を用意させて葬式を開き、社会的に黒銀家を亡きものにしたんじゃ。まるで、あやつの予見が当たったように見せかけてな」

 言い終わると、千緋色は視線を落として地面を見つめた。

 「しかし……良かれと思ってやった自身の葬式の影響が出てしまってな。急いで回路を閉じたことによるショックでリラックス銀行は潰れるし、黒銀の皆は当主不在になってしまった家を離れてしまうし……本当に、あの選択でよかったのかはわからぬよ」

 「何言ってんだ、お前が生きてたんだからいいに決まってんじゃねぇか」

 「少なくとも、僕たちはそう思っているよ」

 千緋色は二人を見て口元に笑を浮かべた。

 おかしな奴らじゃな。あって一日の仲というのに、生きていて嬉しいなどと……。

 「お前、確か今は白金って名前になってたよな。どうしてこうもコロコロと名前が変わるんだよ」

 「白金は……学校の関係者に理事長であることがばれないために作ったのじゃが、既にバレておるようだしもはや用済みじゃ。そして黒本は――」

 言うのを少しためらって、重い口を開いた。

 「わらわの母上、先代当主をな……その、殺したんじゃ。わらわと同じ方法でな」

 二人の表情が凍りつく。その顔を見て、千緋色は慌てて「もちろん、社会的にじゃあ。ぐさっといったわけではないぞ!」と言った。

 「いや、そりゃわかるけどよ。どうしてそんなことしたんだよ」

 「……わらわのこの身姿を見てわからぬか。悪魔の子を産みよったと言って随分と迫害されたんじゃ。おまけに父が誰だかもわからぬ。誰が聞いても母は答えなかったしな」

 嘆息して手に顎を乗せた。千緋色は眼を伏して話の続きを喋った。

 「でも、わらわはある日聞いたんじゃ。母上に。父は遠い国におるのじゃと。田舎に暮らしている凡人なのだとな。それを聞いたら、ああ、皆には話ができぬことだと悟ったんじゃ」

 「なんでだよ。凡人じゃいけねぇってのか!?」

 「前にも言うたとおり、黒銀は裏世界を均すのを生業としておるんじゃ。そのため、同じくして世界のまとめ役となる大きな財閥と結びつくことが半分義務化しとるんじゃよ」

 「そんなのって……」という直彦に千緋色が言葉を重ねる。

 「このままでは、母上は一生、父と暮らすことは叶わぬ……そう思って殺したんじゃ。黒銀千草を社会的にな。もちろんそのまま予見すれば生命が危うい。身体に危害が及ばぬよう、こっそりと家の名前を変えておったのじゃ」

 千緋色は「結局はそれが、わらわの身を守ってくれたわけじゃが」と言って笑った。

 「お母さんが、守ってくれたんだね」

 直彦の言葉に、千緋色は浅く頷いて微笑んだ。

 「それじゃ、お前の母ちゃんは生きてるってことか」

 祐陽の言葉を聞いて立ち上がると「そうじゃ、今はどこか遠い国で、父と暮らしておるじゃろう」と言った。

 「お母さんがいなくなって千緋色ちゃんは寂しくないの?」

 「うーん、まだよく分からぬ。わらわには鉄斎もおるしなぁ。それに、おぬしらもいるし……」

 振り向きざまに千緋色は「今が一番幸せかもしれん」と呟いた。

 「あ? なんだって? 聞こえねえよ」

 「なんでもない。あぁーやっと全て終わったんじゃああ!」

 腑に落ちない表情の祐陽を尻目に千緋色は伸びをすると「そうじゃ、肩の荷も降りたところで今度は皆であれやってみようではないか、ほれ、なんといったかモンスタートースト!」と言って剣を振り回すように手をぶんぶん振り回す。

 「それを言うならモンスタークエストだろ。ま、やるのはいいけどよ、でも……」

 「まだ、だよね」

 「ああ、まだ終わっちゃいねえ」

 それっきり押し黙る二人の様子に、千緋色は顔を覗きこんで「何がじゃ、まだ何か残っておったか!?」と心配そうに聞いた。

 「残ってんだよ、ラスボスの攻略がよ」

 一瞬、空気が張り詰めたような気がした。

 ラスボスとは何のことだ。もう総也は捕まったはずではないか。

 「なんの冗談じゃ? またまた、わらわを誂おうと……」

 祐陽と直彦の真剣な表情に、千緋色は言葉が出ずにいた。

 「……決着をつけるときだ。直彦」

 「ああ、望むところだよ祐陽。正々堂々勝負だ」

 「なんじゃ、おぬしら何を言っておる!? まだ黒幕が他にもいるというのか!? 誰じゃ、御坊山か!? 長岡か!? 山本か!?」

 慌てふためく千緋色を向いて、二人がすっと立ち上がる。

 「千緋色!」

 「千緋色ちゃん!」

 二人同時に名前を叫ばれ、千緋色は一瞬体を震わせた。

 「な、なんじゃ……?」と言ったまま動けなくなった。二人の只ならぬ雰囲気に圧倒されて何も言えなくなった。

 ラスボス? ゲームの話か? いやまさか、あのゲームのエンディングは確か……。

 

 ――まぁ見てなって、このあとおっさんだった吸血鬼がよ、お姫様に変身するんだぜ。びっくりだろ? まさか呪いで吸血鬼にされてたなんてな。


 「――俺と付き合ってくれ!」

 「――僕と結婚してください!」


 同時に放たれた言葉は、星の輝く夜空に響き、しばらくして辺りを静寂が包み込んだ。

 「ああ!? 直彦てめぇなんだよ結婚してくださいだなんて、そんな卑怯な告白があるかよ! 俺らまだ結婚出来る歳でもねぇだろうが!」

 「関係ない! これは気持ちの重さの問題なんだ。僕がどれだけ千緋色ちゃんのことを考えているのか表現するには付き合ってくださいでは軽すぎる!」

 なんだかんだと言い争う二人の声は、どこか遠くに聞こえた。

 「け、けっこ……つきあ……ぁえ!?」

 「なぁ千緋色、今の反則だよな! やり直しだよな!」

 「千緋色ちゃん、これは偽りのない僕の気持ちなんだ!」

 ずっとずっと、呪われた人生だと思っていた。でも、それでよかったのだ。待っていてよかったのだ。勇者が二人も呪いを解きにやってきてくれたのだから。

 「ああ! 千緋色! どうした!」

 「祐陽、熱だよ! さっきの汗を早く!」

 「やべ、全部使っちまったよ!」

 倒れた千緋色を抱いて慌てふためく二人の側で、花壇に植えられた百花の王には小さな蕾が芽吹いていた。


おわり


この物語は2年前に書いたもののため、今となっては時期遅れなネタが入ってたりと、読み返すとちょっとだけ時代を感じるのですが、2年経った今も私の文章力が変わってないというところがなんとも悲しいものです。

人物も入れ替わり立ち代り、過去に現在に行ったり来たりで分かりにくい文章を最後までお読み頂き有難うございました。ご感想などいただけると嬉しいです。

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