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現在 黒銀千緋色

 あれから、あの時からずっと探してきた。千里眼を、ロザリオを。

 謝っても謝りたりないと思っていた祐陽たちとも再び出会えて、ようやく、取り返すべきものを眼の前に見つけた。

 なのに、それなのに……届かないというのか。過去はもう償えないというのか。

 見える未来はいつも決まって同じだったのだ。名も知らぬ小花のようにただ朽ち果てていくという未来は、やはり変わってはいなかったのだ。

 ――笑った時は百花の王だと思ったのによ。

 ――呪いがどうとか言ってたけど試してみようぜ。呪いが解けるかどうかをさ。

 祐陽……お願い、呪いを解いて。

 ――俺は将来、勇者になるんだ。これくら出来ないはずがねぇ

 「千緋色ォォ!」

 思い出の中の祐陽が、自分の声に言葉を返す。幻聴かと思った。祐陽がここに居るわけがない。

 「祐陽……?」

 「大丈夫か!?」

 目を開けると、やけに鮮明な幻覚が見えた。

 「ここは死後の世界……か?」

 「人を勝手に殺すんじゃねぇ! そしてお前も勝手に死ぬんじゃねぇ!」

 「千緋色ちゃん、ちょっとごめんね」

 よく見れば直彦もいる。

 直彦は千緋色を覆うようにシーツを被せてマントのように肩で結んだ。

 「一体、何がどうなっているんじゃ……おぬしらいつの間に」

 立ち上がって見ると、眼の前には総介が片膝をついて口元を拭っている。

 「ってぇ! 貴様……アン時の男か」

 「千緋色にふざけた真似してくれてんじゃねぇか、お前もう許さねぇぞ……」

 「待て祐陽! 危険じゃ、あやつらは人を殺すのをなんとも思わない奴らじゃ」

 祐陽は千緋色の眼をしっかりと見て言った。

 「俺たちは、あの四年前から決めてんだ。今度こそお前を守るって」

 「今度は千緋色ちゃんがここで見ていてよ」

 二人の背中は、いつか見た時よりもずっと大きかった。自分が守らねばと一人だけ囮になった時とは逆転してしまった立場に、千緋色は小さく「すまん」と呟いた。

 祐陽はゆっくりとポケットに手を入れてから手を抜くと、総輔めがけ手の中の物を投げつける。

 「パセリ……だと?」

 総輔の顔が歪んだ。

 「なんだこれは、馬鹿にしているのか?」

 パセリを地面に捨てて踏み潰すと、そのまま立ち上がって祐陽に殴りかかる。

 「知らねぇのか? パセリの花言葉は《死の予兆》だよ!」

 ぶつかる二人から遠ざかるように、直彦が千緋色の手を引いて後ずさる。

 「おひいさん! 大丈夫ですかぁ!」

 声のする方を見ると、車の陰で組んず解れつの取っ組み合いをしている二人がいる。

 「その声、ヤスか!?」

 ヤスは佐々木を押さえつけながら千緋色を見て言った。

 「生きていたんですね! 自分、嬉しいです!」

 「ヤス、気をつけるんじゃ、そやつら普通ではないぞ!」

 ヤスは「任せてください! 終わったらケーキでも作りますよ」と言って佐々木を締め上げた。

 ――そうだ、爺はどうなったのだ!?

 不安に思った千緋色がコンテナに視線を移す。

 「千緋色ちゃん危ない!」

 直彦に押されて地面に倒れると同時、斜め後ろから銃声が聞こえた。総也だ。

 「おのれ忌々しい……! 全員皆殺しにしてやる!」

 威勢よく引き金を引こうとする総也の足が怯んだ。二度三度発砲音が聞こえたと思うと、手の中にある銃を落として地面に崩れ落ちた。

 「鉄斎さん!」

 直彦の言葉にコンテナの近くをもう一度見る。陰に隠れて銃を構えた鉄斎が立っていた。

 「爺! おぬし……!」

 にこりと笑うと、鉄斎はこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 「肝を冷やしましたか?」

 「冷やしたわ、莫迦ぁ!」

 鉄斎は「死んだふりは得意ぢゃからなあ」と言って笑った。

 「それよりも早くロザリオを!」

 落ちた銃に手を伸ばそうとする総也を鉄斎が取り押さえると、直彦は総也の首にかけられていたロザリオを引きちぎって千緋色へ投げる。

 「千緋色ちゃん!」

 受け取ったロザリオはライトに照らされて橙色に輝いているが、四年の間に随分とくすんでしまったように見えた。

 水たまりを踏んで、静かに千緋色が歩みを進める。今にも噛み付きそうな顔で睨む総也に向かって、ロザリオを持って言い放った。 

 「千里眼はな、こう使うんじゃ」

 千緋色は片眼を閉じ、ロザリオをかざすと開いた朱色の片目でじっと総也を見据えたまま、呪文のようなものを唱え始めた。古ぼけた骨董品のようにしか見えなかったロザリオが、少しずつ光を帯びていく。

 「なんだと……!」

 言葉の続かない総也の顔からは血の気が感じられなかった。

 ――千家当主の名を持って命ずる。開眼せよ、千里眼回路――。

 千緋色が閉じていた片目を開けると同時、ロザリオは一段とまばゆい光を放った。目も眩むような大きな明かりに、取っ組み合いをしていたまわりの連中も動きをやめた。

 降りしきる雨はいつの間にか止んで、あたりは沢山の水たまりが出来ていた。

 「……何も、起きねぇじゃねぇか」

 取っ組み合いながら祐陽が言った。

 千緋色はロザリオを見つめて「十パーセントか」と呟くと、満足そうに鉄斎へ見せる。

 「莫迦な……千草様があれほどかかって六パーセントしか開けられなかったものを……たった一度で」

 鉄斎は続けて「おひい様! 早く……これだけの数字ぢゃ、世界が混乱する前に予見を!」と叫ぶ。

 「わかっておる」

 千緋色がロザリオをかざすと、総也を見つめたまま言い放った。


 「扶月グループの全財産はゴミと化す。よってグループはこの場をもって解散する」


 りん、という電子音が鳴った。

 総也はちからなく「あぁ、予見が、強制力が発動する……」と呟くと気を失って水たまり顔を突っ伏した。

 「まだ終わらぬよ」

 そう言って再びロザリオをかざす。千緋色は「この者たちの千里眼に関するすべての記憶は失われる」と言った。

 再び、りんという電子音が鳴った。

 「わらわも、家を無くして一からここまでやってこれたんじゃ、おぬしらも……もう一度初めからやり直すがよい」

 これでやっと終わった――。

 ちからが入らなくて倒れそうになる千緋色を、後ろから支える者がいた。

 「千緋色さん!」

 「仲吉! どうしておぬしまで……!」

 「社長ぉ、すみません鬼畜な約束をお破りしまして」

 聊と絲麻の姿が見えた。奥のトラックから歩いてくる。

 「まったく、おぬしらが連れてきたのじゃな」

 「すみません、社長。聊兄がどうしても行くと言って」

 「え、ちょっと絲麻さんそれは言わない約束でしょ」と言って慌てる聊に、千緋色は「ありがとう、また助けてもらったな」と言って微笑んだ。

 「おい千緋色」

 ぼろぼろの祐陽が近づいてくる。

 「なんか、あいつら急に気を失ったみたいだけど……お前がやったのか!?」

 「そうじゃ」

 「お前な、ほんと何者なんだよ」

 言葉が続かない祐陽を前に、千緋色は「言ったであろう、わらわは化け物じゃ」と言って微笑んだ。


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