4年前 黒銀千緋色
――バシュッという音とともに、渾身の一撃が吸血鬼にヒットした。
「ほぉらみろ! やっつけてやったぜ!」
祐陽は嬉しそうに言うと、千緋色に向かって「残念だったな、お前ももっと頑張れよな」と言って笑う。
「頑張るもなにもなかろう、吸血鬼のおっさんはコンピュータが動かしているのじゃろうが!」
「違うよ馬鹿、もっと応援しろっていってんだよ。仲間だろ?」
「千緋色ちゃん、また熱あがっちゃうよ、あまり暴れないほうがいいよ」
「まぁ見てなって、このあとおっさんだった吸血鬼がよ……」
四年前、花屋の二階で、祐陽と直彦、そして千緋色の三人でゲームをしていたときのこと、一階の花屋の入り口から突然大きな音がした。
「な、なんだ今の!?」
恐る恐る窓から顔をのぞかせると、マスクを被った数人の男たちがシャッターをバールのような物で叩いている。
「……祐陽の友達か?」
「友達の家をバールで壊す奴がいるわけねぇだろ! 強盗じゃねえのか!?」
「い、今にも二階に上がってきちゃうよ」
「父ちゃんも母ちゃんも、今は配達に行っていて店に人はいねぇ……どうしよう」
どうすることも出来ず慌てふためいていると複数の足音が聞こえてくる。階段の近くだ。
「おぬしらはここにおれ。わらわがなんとかしよう」
強盗であれば子供がこう固まっていては絶好の餌食だ。人質にして立てこもる可能性だってある。ここは一人、囮になるか。
千緋色は胸元のロザリオに手をかざすと「紲げ」と言った。ロザリオが段々と光を帯びていく。その光を反射して千緋色の眼が鮮やかな朱色に染まった。
「な、なんなのこれ……」
「千里眼じゃ」
「なんだそりゃ、手品か?」
「吸血鬼の必殺技じゃ。滅多に見れるものではないぞ」
短い呪文のようなものを唱え終わると、千緋色は一呼吸おいて「この花屋は未来永劫安寧秩序を保つであろう」と言った。
りん、という短い音が鳴ると光が徐々に弱くなっていく。
「……何も起きねぇじゃねぇか」
「何か起きるまで暫く時間がかかるからな」
千緋色はすっと立ち上がって階段へと向かった。
「おい、どこ行くんだよ!」
「必殺技をお見舞いしてくるんじゃ。おぬしらはここで見ておけ」
「女のお前が出て行ってどうなるんだよ! やられるだけだぞ!」
ドアを開けると、千緋色は一階に向かって「おぬしら、花を買いに来た……訳ではなさそうじゃな」と言った。
途端、覆面の集団は「上に子供がいるぞ」と言って勢い良くこちらへと向かってきた。
「ち、千緋色ぉ!」
覆面の一人がバールを振りかざしたまま今にも階段を登ってきそうな勢いで睨んでいる。その様子を見ても動じること無く、千緋色は落ち着いた様子で両手を挙げて階段を降りる。
「貴様……!」
「見ての通り、わらわにおぬしらを倒すちからは持っておらん。降参じゃ」
男は「チッ」と舌打ちすると、千緋色の腕を引っ張って外へと連れ出す。
「まだ中にガキがいるみてえだ。探せ」
あくまで静かに男が言った。
「ん? おぬしの声、どこかで――」
言葉を話しかけた所、覆面の男が千緋色を蹴り飛ばした。
「うぎゃう」
「おいひ様……!?」
見上げると鉄斎の顔があった。犬を沢山連れている。そうだ、鉄斎は犬を散歩させに出ていたんだ。
「どうして家の外に……!」
「爺、その話は後じゃ! それよりも中に人がおるんじゃ! このままでは強盗に人質にされてしまう!」
千緋色は「ええい、早く強制力よ発動せんか!」と言ってロザリオを見た。
「おひい様、まさか……千里眼をお使いになられたのですか」
「あ、ああ……この花屋の安寧をな。強盗がせめて来とったんじゃ。別に悪いことではなかろう!」
ちからなく嘆息した鉄斎は、千緋色の眼をみて言った。
「午前中にやった予見を覚えておいでですか。あの土地の場所こそ、この花屋のある場所になるのですぞ」
「な、え……それじゃあ」
体の血が抜け落ちていく錯覚がした。ちから無く立ち尽くす千緋色の耳に、遠くからサイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。