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現在 黒銀千緋色

 「クソッ! 離せ!」

 電話を切ってコンテナの中に戻ると、眼の前にいる総輔は縄でがんじがらめにされた姿で叫んでいる。

 「うるさいやつじゃなぁ、少しは大人しくしておれ」

 鋭い眼光で千緋色を睨む。その目はどこか、寂しそうにも見える。

 「おぬし、わらわの友達を傷つけてくれたそうじゃな」

 「何かと思えばあの仲吉とかいう女の仲間か。そうだ、オレがやった。だがそれがどうした。オレは扶月グループの跡取りだぞ!」

 「それこそ《それがどうした》じゃ。おぬしが扶月の跡取りじゃろうが、仲吉を傷つけた罪は償ってもらうぞ」

 「フン、やってみやがれ。どこのチンピラ風情か知らねぇが、オレの身に何かあってみろ、オヤジが黙っちゃいない」

 捉えられていてもまったく怯む様子もなく、総輔が千緋色に食って掛かる。鉄斎が縄をキツく締め上げると、「ぐう」と苦しそうに声を上げた。

 「ちょっと待たんか爺、こやつにはまだ聞かねばならぬことがある」

 千緋色は総輔に向き直ると「携帯の写真はどこへやった」と言った。

 「あん? あの女のか? あんなもん……そうか、怖いんだな、あの写真が出回れば、あの女は学校にいられなくなるもんなァ」

 下衆な笑みを浮かべて総輔が続ける。

 「今夜二十二時に、ネットで流すって計画さ。どうする? オレの携帯のを消したところで仲間が持っているんだ。この縄を解くってんなら連絡してやってもいいんだぜ」

 「そうか……爺、離してやれ」

 総輔の口元が不気味に歪んだ。

 「……とでも言うと思ったのか? 浅はかな奴め」

 「このクソやろうが……!」

 「その昔、おぬしの父に痛い目に合わされたからな」

 「テメぇ、オヤジを知っているのか?」

 「知っているも何も、おぬしがわらわのことを知らない方が不思議じゃよ」

 総輔の話を聞き流して外に出ると、雨は激しさを増していた。遠くに見える建物には明かりが灯っているここからだと三百メートルほど離れているから中の様子はわからないものの、時間からしてまだ授業中だろう。

 千緋色にとって眼の前の国千院高校は四年前の出来事を発端にして起きたリラックスショックの象徴でもあった。世の中の多くの企業が倒産した、行き場を失った家庭の子どもたちを出来る限り受け入れてきたつもりだ。

 しかし一方で、本来ぶつかり合うことの無い御坊山と紅耶のような関係も生まれてしまった。己のやってきたことが本当に正しかったのかは解らない。でも、それでもやらなければならいのだ。

 ――千里眼を取り戻せたら……もっと、うまくできるだろうか。

 校門から車のヘッドライトが近づいてくるのが見えた。

 雨に打たれるのも構わず、千緋色はコンテナの前に止まったワゴン車に近づく。車内灯が点いて運転席のドアが開くと、中から人影が降りてくる。

 「これはこれは……千緋色、てっきり死んだと思っていたが……どういう手品を使ったのかな」

 「わらわは死なん。吸血鬼じゃからな」

 「くだらない冗談はよせ、さっさと本題に移ろうじゃないか。総輔を人質にとってわしを呼び出したからには、何か話があるのだろう?」

 暫くの沈黙後、千緋色の高笑いが響き渡った。

 「くくく……あぁははは!」

 「何がおかしい!」

 「予見の強制力は絶対じゃ。一度発動すれば誰にも止められん。たとえ一匹のアリを殺すためだけにも世界中の軍隊が動くことさえあるのじゃ」

 千緋色は薄ら笑いを浮かべて「しかし、わらわは生きておる」と続けた。総也は傘を持ったまま、コンテナの入り口に立つ千緋色を黙って見上げている。

 「予見をはずしたな、総也……千里眼はおぬしをあるじと認めんかったということじゃ」

 「貴様が何か小細工したんだろう! 動かないように!」

 「……そんなものあるか、これは純然たる力の差じゃ。おぬしとわらわのな」

 場は硬直したまま、二人の言葉が止まった。雨音は段々と強まって、ノイズ音だけが聞こえてくる。

 「さぁ、おぬしには使えんことがわかったであろう。もとあるべきところへ返せ。さもなくば総輔がどうなってしまうのか、わらわは保証できん」

 千緋色が手を差し出すと、総也は「総輔の開放が先だ」と言って睨む。

 「このロザリオを持っていても使えんのは分かった……しかし、まずは総輔が無事かどうかを確認させろ! 黒銀の血を引くお前のことだ……どんな汚い手を使うかわかったもんじゃないからな」

 「黒銀の血を引くのはお互い様じゃろうが」と言って千緋色がコンテナをノックすると、中からは縄に縛られた総輔と鉄斎が顔を出した。

 「オヤジィ!」

 「さぁ、無事だと分かったじゃろう。さっさと、」

 「殺れ!」

 千緋色の言葉の途中で総也が叫ぶ。途端、車の中から数人の男が飛び出してきてコンテナに向けて銃弾を発射した。

 銃弾は鉄製コンテナに当ってキュインという音とともに跳ね返ると鉄斎は思わずドアを閉めて、千緋色はその場にうずくまった。

 「外したか……」

 総也は男たちに聞こえる声で「あの女は殺すなよ。生け捕りにする」と言って、再び銃口をこちらへと向けた。

 「莫迦者! おぬしの息子もいるのだぞ! 当たったらどうするんじゃ!」

 総也は不敵な笑みを浮かべたまま大声で「聞こえるか総輔! 顔を出せ!」と言った。

 「あの女をこっちへ連れてこい。ジジイは動くなよ。動いたら千緋色の命は無いぞ」

 「爺、縄をほどいてやれ」

 「しかし……」

 「総輔がいれば手出し出来ないと思ったのだろうが……わしはそんなに甘くはない」

 鉄斎が渋々縄を解くと、総輔は千緋色の首を掴んでコンテナの階段を降りる。階段の上からは鉄斎が銃を構えている。

 「ヤケに大人しいなお前、抵抗するのも諦めたのか?」

 「腕っ節で敵わぬのはわかりきっておるからな。さっさと連れて行け」

 総輔の言葉に千緋色はぶっきらぼうに答えると、自分から進んで歩いて総也へと近寄る。

 「お、おい……!」

 千緋色は「さぁ来てやったぞ、何をするつもりじゃ」と言って総也を睨んだ。

 「千緋色……今までのことは水に流さんか。元はといえば同じ黒銀同士。無意味な争いはもうやめようじゃないか」

 「ほう、おぬしにしては良い案ではないか。ロザリオを返せば、今までのことは無かったことにしてやってもよいぞ」

 「ロザリオを返す? 違うな、お前が扶月家に入るのだ」

 「……何を血迷ったことを。それをわらわが承諾するとでも思ったのか」

 「そうか、残念だな」

 薄気味悪い笑みを浮かべてると、総也は千緋色に銃口を突きつける。

 「このわしがこんなにお願いしてもダメなのか?」

 「銃を突きつけてお願いするのが扶月流か? 扶月家も地に落ちたな」

 命を握られているといってもおかしくない状況においても、千緋色は総也の目を睨んで言った。

 少しでも弱みを見せれば即、取り込まれてしまう――。

 長年付き合いのあった間柄だからこそわかることだ。こいつに隙を見せてはならない。

 「わかっていないのはお前の方だ千緋色。自分の状況をよく考えろ、わしの指先一つでおまえの命などいくらでも奪える」

 「くくく、おぬしのことじゃ、やるならとうにやっているであろう。殺さぬところを見ると、どうしてもわらわが必要なようじゃな?」

 千緋色に突きつけられた銃が火を吹く。千緋色の耳元で爆音を轟かせて、弾丸は髪の毛をかすめて宙へ飛び上がる。

 「そうだとも、お前は殺しはしない。生かしもしないが……」

 「くっ……」

 千緋色は一瞬、耳が聞こえなくなった。頭のなかにキーンという音だけが聞こえている。

 「総輔、この女を犯せ」

 「んな、何言ってんだオヤジ、今こんなところで……」

 「こいつは口で言って聞くような女じゃない。言い逃れできない事実を作って心をへし折っておかねばな」

 総也の銃が総輔を狙った。

 「つべこべ言うな……こういうのはお前の得意分野だろう」

 「息子に銃口向けるってのかよ……狂っているぜ……」

 二人が何を話しているのか千緋色には聞こえなかった。しかし、総也の銃口が総輔を向いている。仲間割れでもしているのか。

 千緋色は、スーツ姿の総也をじっと見た。ロザリオはどこに隠し持っている? ズボンのポケットか、胸ポケット……あるいは内ポケットか。

 考えを巡らせていた時、突然視界が回転した。

 後頭部を打ったせいで意識が朦朧とする。視線が合わない。

 ぼやけた視界の中で、総輔の顔と、自身のスカートが大きくめくれ上がっているのが見える。

 「な、何を――」

 「オレじゃなくてオヤジを恨めよ」

 千緋色は自分の下半身からするりと何かが剥ぎ取られるのがわかった。

 得体のしれない不安と恐怖が押し寄せる。千緋色は足をばたつかせて必至に抵抗した。

 「いやっ! やめて!」

 「大人しくしろ! ……観念したんじゃなかったのかよ!」

 「おひい様ぁー!」

 コンテナの陰から鉄斎が叫ぶ。

 総也が「佐々木、ジジイを狙え」というと、一人の男が車の中に置いてあった大きな銃を取り出した。

 佐々木が狙いを定めてボタンを押す。方に担がれた銃から飛び出した弾頭は、コンテナに当って爆発、炎上した。

 「爺ぃ!」

 爆発で舞い上がった砂埃が視界を遮る。

 高笑いをする総也が千緋色を見て「お前の責任だぞ、大人しく言うことを聞いていれば良かったものを」と言った。

 「許さん、絶対に許さんぞ総也ぁ!」

 総輔に押し倒されたまま、千緋色は立っている総也を睨みつけた。

 「どこまで強がりを言っていられるか見ものだな」

 二度三度、総輔に顔を殴られてからは意識が朦朧となった。何をされているのかよくわからないものの、身体のあちこちを触る手に、得も言われぬ気味の悪いものを感じて鳥肌が立つ。

 それでも身体が動かない。熱のせいだろうか、それとも殴られたせいだろうか……。

 どちらにしても抵抗すら叶わず身体を這いまわる手の感触を、なすがまま感じるしか無かった。

 ――なんでこんな高い壁作ってんだよったく。

 「祐陽……」

 四年前の、あの日の出来事が脳裏に浮かんだ。確か庭で花を見ていたら塀の上から落ちてきた男のことを思い出す。

 ――吸血鬼が住んでいるって聞いたんだけど……お前がそう?

 総也の言うとおり、大人しく扶月家に従っていれば、こんな目にあわなかったかもしれないし、爺は死ななかったのかもしれない。いや、それ以前にロザリオを落とすことなどしなければ総也の手に渡ることもなかったのだ。

 結局は自分が悪いのだ。元をたどれば結局は自分が矛盾した予見をしたせいではないか。

 懐かしくもあり、苦しくもある思い出が蘇って、千緋色の眼から大粒の涙がこぼれ落ちた。


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