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現在 仲吉紅耶

 紅耶が靴を履き替える頃には、既にみんな外へと出ていた。

 「祐陽、ちゃんと仲吉を家まで送り届けるのじゃぞ」

 「言われなくてもわかってるって……お前こそ、ちゃんと学校来いよな」

 千緋色の言葉に祐陽が答えた。

 さっき握った手の温もりが残っている。紅耶は「ありがとう、千緋色さん」と言うと軽くお辞儀すると、白金邸をあとにした。

 家を出てしばらく三人で歩いていると、後ろから駆け足の音が聞こえた。鉄斎だ。

 「みんなぁー待ってよお!」

 「爺さん、どうした?」

 「おひいちゃんが公園に荷物を忘れて来たから、取ってこいって言うんだもん。だから一緒に行こ?」

 「あいつめ、爺さんを行かせるとは人使いの荒いやつだな。さすがラスボスだぜ」

 「しょうがないしょうがない。だって爺は執事なんだもんっ」

 合流した鉄斎は「るんるん」と言いながら一番前を歩いた。

 ――なんておかしな爺さんなんだろう。

 鉄斎の言葉遣いは紅耶の目にも異様に映った。アニメにでも出てくるような女の子の喋り方をしているけど見た目は完全に爺さんなのだ。千緋色の言葉遣いを治すためとはいえ、ここまでする必要があるのだろうか。それどころか、効果があるのかすら疑問である。

 千緋色さんは確かにお年寄りのような喋り方をしていたけど……それはきっと、鉄斎さんを尊敬していたからじゃないかな。

 そんな気がしてならなかった。でも、声に出して言うことは出来なかった。

 「今日はありがとね、みんな」

 上機嫌で前を歩いていた鉄斎が立ち止まると、振り向きざまに言った。

 「どうしたんだよ急に、改まって」

 「……あんな楽しそうなおひいちゃんを見たの久しぶりだったから……嬉しくて」

 ハンケチーフで目元を拭いながら鉄斎が言った。

 「あいつ、あれで楽しかった……のか?」

 首を傾げる祐陽の言葉を聞いて、鉄斎は「四年前の事件から……あれからずっと笑った顔を見た覚えが無いの」と言う。

 四年前の事件――、さっき話していたリラックスショックの元となった事件のことだ。千緋色の持つ千里眼が元凶となって世界経済は奈落の底へと落ちたという。

 結局、千里眼についての説明は無くて、どういう仕組が働いてそうなったのか詳しいことはわからない。ただ、千緋色が予見したものは将来必ず起こりえるということだけは分かった。

 紅耶は半信半疑だった。この科学全盛の時代にそんな不思議な話があるのだろうか。たまたま不運が重なっただけではないのか。そして、その起こりえるべくして起こった出来事に、黒銀家が、千緋色が……ただスケープゴートにされただけじゃないのか。

 しかし、頭のなかではそう思っているのと同時に、只ならぬ雰囲気を纏った千緋色を思うと信じてしまいたくもなる。外見の異様さや大人びいた口調のせいではなく……あの朱い眼の奥には、誰も触れられない黒い光が渦巻いているように思えた。

 でもそれだけではない。自分の手を握ってくれた時感じた温もりは体温以外の何か特別な温かみを感じた。背に手をそっと添えてくれるような、目の前に優しく手を差し伸べてくれたような安心感があった。

 紅耶は千緋色に手を握られたあの時から、心の緊張が解けるのを感じていた。そして、千緋色に向かって話すことが苦痛ではなくなっていた。

 いや、それどころか……もっと話しをしてみたいと思っていた。

 分かるのは、あの子はただの同級生なんかじゃないということ。自分などでは到底計り知れない何かを持っている。だからこそ信じてしまいたくなるのだ。千里眼という途方も無いちからの話でも。

 「だからね、また……いつでも遊びに来てよね!」

 「そういうことならお安いご用です。ね、祐陽」

 「あん? そうだな、どうせあいつ、友達いねえだろうしよ。毎日行ってやるぜ」

 なんて綺麗な男の子なんだろう。

 外燈の光が笑顔で話す直彦の顔を照らしている。あまりにも急な出来事が続いていて、直彦の顔をしっかりと見たのは今が初めてだった。

 始業前の祐陽との会話で一番多く出てくるのは決まって直彦の話だ。頭が良くてゲームもうまくて女子からモテて……。

 紅耶の目に映った直彦の顔は、祐陽とは対照的な、どこか優しい雰囲気を持っていた。女子からモテるというのも分かる気がする。

 「毎日は……さすがに千緋色ちゃんが嫌がる気がするけど……」

 「なに言ってんだ。また会えたら三人で遊ぼうって言ったのお前じゃねぇか直彦」

 祐陽の言葉に、この輪のなかに自分の居場所が無いような気がして、胸の奥がズキンと痛んだ。

 「あれやろうぜ、ほら、四年前出来なかったモンクエ」

 「モンクエってオンライン版かい? 千緋色ちゃんゲームやるのかな」

 「やらなきゃやらせるまでだ」

 仕方ないよ、三人は……四年ぶりに再会したんだ。知り合って数日の私には見えない絆がある。崎枝くんは千緋色さんを探すためだけに夜間定時制クラスにまで顔を出していたのだから。

 「……で、お前もやるだろ? 仲吉」

 「え!?」

 紅耶は急に振られた話に戸惑った。

 「聞いてなかったのかよ。ゲームだよゲーム……って、お前もゲームしなさそうだな」

 「えと、ゲームはパソコンのなら……」

 「オーケー、パソコンがありゃ大丈夫だ」

 程なくして公園に着く。鉄斎と直彦は向かう方向が別だ。二人とはここで別れ、祐陽と二人きり、静まり返った住宅街を歩いた。

 「崎枝くんのお家は近く?」

 「学校の反対側だな。心配しなくてもちゃんと家まで送ってやるから……てか、おまえんちどこだよ?」

 「駅のほう、なんだけど……」

 紅耶は悩んでいた。どのタイミングで別れよう。

 家は隣の駅だ。ここから歩いて帰れない訳ではないが組事務所である。家の前まで送ってもらうわけにはいかないだろう。

 ――でも、崎枝くんは私の親がヤクザだって知っているんだよね。

 そう思うと複雑だった。祐陽は御坊山に向かって「親は関係ない」と言った。それはつまり、親がどうであろうと、親は親、私は私ということだろう。それなら家が組事務所でも気にしないでいてくれるかもしれない。

 できることなら家のことや親のことを全て曝け出して、受け入れて欲しい。それに、解いておきたい誤解もある。

 今まで普通に接してくれているのだってそう思ってくれているからなんだよね、きっと。

 紅耶は意を決して口を開いた。

 「知っていると思うけど私の親、ヤクザなんだ。だから家は組事務所で……その……」

 ――そんな私だけど、これからも友達でいてくれますか?

 紅耶が続けて言おうとした瞬間、祐陽は隣を歩く紅耶を見て言った。

 「ああ、そうだっけ? そうだったな……え、そうなの?」

 ――あれ!

 「え……だって、あの……学校で御坊山さんが……」

 「悪い、あの時は筆箱事件が気になって、あまりよく聞いていなかったんだけどよ」

 祐陽は腕を組みながら「そう言われると、ヤクザの話ししてたよなぁ。お前の親がどうって……」と言って空を見上げる。

 その、何か考えごとをしているような横顔を見ると不安が押し寄せてくる。

 いつもの様に笑って「気にすんな」って言ってくれないところを見ると、やはりそういうことなのだろうか。

 ――ヤクザだけど、悪いことはしていないよ。たぶん。

 口に出して言いたくても声が出ない。紅耶は俯いたまま祐陽が喋る言葉をじっと待った。

 「ま、気にしねえよ、お前の親がヤクザだろうとさ」

 いつもの様に軽いノリで祐陽が言った。

 「ほんとに!?」

 「だって……お前のことを育ててくれた父ちゃんだろ?」

 なんという人だろう。私が言いたかったこと、言わなくても全て解ってくれたんだ。

 紅耶はかろうじて「うん」とだけ答えた。すると、自然と涙が溢れだした。

 「なんで泣いてんだよ! 俺が泣かしたみたいじゃねえか!」

 住宅街を抜けて駅まで続く商店街を歩く。すれ違うたび、行き交う人々の視線が痛い。

 とりあえず泣くのはやめろと言う祐陽の声を半分聞き流しながら、紅耶は決心した。

 頑張ろう、頑張って夢を叶えて、弁護士になるんだ。崎枝くんのように理解してくれる人がいる。千緋色さんのように応援してくれる人もいる……。

 そして崎枝くんとの関係も、これ以上のものにしたい。始業前の時間に他愛もない話をするだけじゃない、守られているだけの弱い存在じゃない。彼の隣を一緒に歩けるような、特別な関係になりたい。

 ――千緋色さん……私、頑張るよ。

 賑やかに光るネオンサインが二人を照らした。


 翌日の十六時、紅耶が教室へ入ると、何人かの見知らぬ男子生徒が立っていた。

 いつもいるはずの崎枝祐陽の姿は無く、知らない学校の制服を着ているその男たちは紅耶を見ると吐き捨てるように言った。

 「へー、思ってたより可愛いジャン」

 「ふざけたこと言わないでちょうだい」

 背の高い男の影に隠れてわからなかったが、よく見れば御坊山もいる。

 嫌な予感がした。

 「あの……」

 「なんかよくわかんないケド、アイツがアンタの男に世話になったって言うもんだからさァ……」

 男の中の一人が切れ長の目を細めて近づいてくる。

 ――逃げなきゃ。

 身の危険を感じた紅耶は、咄嗟に来た道を戻ろうと振り返る。

 その瞬間、視界が大きく揺れた。

 「ああワリィ、言ってなかったけど、オレも女だからって容赦しない主義なんだワ。アンタの男と一緒で」

 蛍光灯の明かりがやたらと眩しくて、モヤのかかったような視界には檻のように細長い鉄の棒が何本も見えている。

 紅耶は朦朧とする意識の中で少しずつ状況を理解した。

 殴られたんだ。殴られ、机にぶつかって、倒れているんだ。

 「痛い……痛いよ……」

 焦点が合うと、目の前の床に小さな血溜まりが出来ている。顔も、頭も……身体も手も足も痛い。強打したせいで身体を動かすことができない。

 ――たすけて……崎枝くん。

 口さえも満足に動かせず、紅耶は心の中で助けを求めることしか出来なかった。

 「ちょ、ちょっと! も、もういいわ……このくらいで」

 「ハァ? 何言っちゃってんの?」

 薄れる意識の中で、二人の会話が遠くで聞こえる。

 「ちょっと待って!? これ以上やったら……!」

 「三流ヤクザの娘が金持ちに逆らったらどうなんのか、しっかり教えておかなきゃダメっしょ」

 男の声は、どことなく笑っているようだった。


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