現在 仲吉紅耶
公園で起きた惨事のあと、五人は白金邸へとやって来た。ハタキを振り回して大立ち回りを演じてみせた鉄斎からのお誘いだった。
どうして家に呼ぶんじゃと千緋色の激しい抗議があったものの、祐陽や直彦に「言いたいことがある」と押し切られてしまい、渋々家に上げた。
家に入ると千緋色は「適当にお茶でも飲んでおけ、わらわの部屋には入るでないぞ」と言い残してシャワーを浴びに席を外した。
紅耶は浮かない顔で目の前のカップに注がれた紅茶を眺めた。
一階の応接間に通された紅耶たちはテーブルを囲んで座っている。紅耶の向かいには鉄斎と直彦が、隣りには祐陽が腰掛けて紅茶を啜っている。
場違いだよ、こんなの……どうして私ついて来ちゃったんだろう。
鉄斎に誘われた時、紅耶は断るつもりだった。鉄斎や直彦は初めて見る顔だ、初対面がいきなりこんなにいる場所に放り込まれて何を話せばいいのか分からない。千緋色は一度会っているけどろくに話したこともないし御坊山の件で後ろめたさもある。それに、千緋色は祐陽がずっと探していた女の子だ、どういう展開になってしまうのか分からない。その行く先を見るのが怖い。
それでも来てしまったのは、祐陽に手を引っ張られて「一緒に来いよ、直彦も千緋色も紹介してやるから」と言われた事もある。
だが、それだけならまだ来ないという選択することは可能だった。紅耶は千緋色の呟いた一言に思考回路が止まってしまって、気がつけば一緒に家に上がっていたのだ。
「――こやつが行くと言っているんじゃ、片割れだけ置いて帰れとは言えんじゃろう」
まさか、もしかしてだけど、それってきっと、そういう目で見られている……んだよね?
祐陽も千緋色の近くにいたのだからきっと聞こえていたはず。なのに否定しなかったという些細なことが嬉しかった。
「どうした仲吉、飲まねえの? 角砂糖もっと入れるか?」
「ううん、大丈夫!」
呆けていて気付かなかったが、カップを見るといつの間にか角砂糖が積み上がっている。
黙っているとどんどん角砂糖を追加されてしまう。既に六個も入っているのだ、これ以上は甘党の私でもさすがに厳しい。
紅耶は色のついた砂糖水をスプーンで混ぜて飲み干した。
……甘。
カップをソーサーの上に置いた途端、ポットを持った鉄斎がおかわりを注いでくれた。
「あ……」
無論断る事もできず、紅耶は紅茶で満たされていくカップをただじっと見つめていることしか出来なかった。紅茶無限地獄が始まったのだ。
「ところで――」
ポットを持ったまま鉄斎が口開いた。
「さっきはごめんね。おひいちゃんのお友達だって知らなくて」
「確かにあの時は、俺らも変なタイミングで会っちまったもんな」
祐陽は「爺さん、年寄りのくせにスゲー身のこなしだったな、喋り方は変なのに」と続けた。
「そりゃーおひいちゃんのボディガード役でもあるからね」
「……喋り方が変なのは否定しないんだな」
「だって、おひいちゃんの喋り方知ってるでしょ? あんなんなっちゃったの爺のせいなんだもん。直してあげたいんだもん」
しばらく黙っていた直彦が口を開いた。
「ちょっと待って下さい。ということは……鉄斎さんは千緋色ちゃんのお祖父さんですか!?」
「ううん、爺は執事だよ。おひいちゃんが生まれる前からのね」
「では知っているんですよね。千緋色ちゃんが死なずに済んだ理由」
「どうしてそれを……ねぇみんな、本当におひいちゃんの友達なの? まさか扶月のスパイだったりして?」
鉄斎の目つきが変わった。
「まさか、ただの友達ですよ。同じ学校に通っている」
直彦は続けて「僕は直彦でこっちは祐陽です。千緋色ちゃんから聞いたことありませんか、僕たち、四年前からの知り合いなんです」と言った。
鉄斎は「祐陽……直彦……まさか、あの時の花屋の……」と呟いて宙を見つめている。
「……それじゃあ、千里眼の事も聞いているんだ」
直彦が「名前だけは」と答えると、それからしばらく沈黙が続いた。
ボディガードとか、死なずに済んだとか、物々しい単語が飛び交っている。
紅耶は三人の間に入ってはいけない気がして、わけも分からないまま会話に耳を傾けた。