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孝橋山の対峙 【肆】

 『孝橋山』に準ずる『雪沙灘』を祖とする分社たちも、それを合図と判断してか各々の武具を煌めかせる。

「それはこちらの口上であるぞ。『孝橋山』そしてそれに連なる愚弟らよ」

 二十対二の攻勢で、多勢に無勢の陣であったが『豊山』は怯む様子もない。

「千年を束にし房にした、稲荷の象徴の一角たるこの『豊山』正宗朱路の前で、三朱の称号を詐称することは許し難い!」

 名乗りと共に枯淡の苔庭を吹き散らすような風が巻き起こる。

 周囲の塵芥が掃き清められる。思わず身を引いてその威圧に構える。

 これが逼塞したと囁かれたものの気迫であろうか、祥香は渦巻く気合の中心にある『豊山』の横顔に吸い寄せられた。

 血のように赤い目、きっとつり上がった眉は黄金色で前髪は、風に揺れる稲穂のようだ。

「久照」

 すでに扇を抜いて臨戦態勢であった久照は、召しに答えて「御意」と一言だけ返した。

 祥香は、諍いというものをその目で見たのは数えるほどしかない。

 幼い折に兄朱善と菓子の取り合いなどはしたが、血が流れるほどの騒ぎには当然ならなかった。

 姉『大江山』と茂野が鬼討伐へ赴いた折りも、直接その処断を目にすることはなかった。

 鋭く雨土を切り裂く白刃も、それによってほとばしる血雫も目の当たりにしたことなどない。箱入りの姫君としてに育てられたせいもあり、膝が震え出す。怖くて逃げ出したいのに足が動かない。

 何もできないのに、涙だけ流れて胸が苦しくなって、気を失ってしまいそうになる。

 よろめく祥香を支えたのは茂野だった。

「し……茂」

 茂野は声を立てずに、一度だけ深く頷くと、次の手を語らずに祥香を抱き上げた。

 一刻も早くこの場を脱しなければならないという判断だろう。

 朱の鳥居立ち並ぶ苔庭の参道を駆け抜け、二ノ宮へ下ろうとしたところで茂野は突然足を止めた。

「茂野どうしたの」

 眼前石段下に長身の影。

 白い稲荷神の姿。

 茂野は奥歯に込めた力を絞り出すように、その影の名をこぼした。

「──……守夏……様」

 『豊山』と『豊山二ノ輪麓』がこの『孝橋山』にいるのだから、誰かが豊山に残り山を守らねばならない。

 そうなればこの場にいなかった守夏──『豊山一ノ輪麓』が豊山に残っていると茂野は考えていた。

 だから一ノ宮を抜ければ脱出も可能だと……

 だが違う。

 『豊山』の稲荷神全てがこの『孝橋山』に降り立っている。

 『豊山』自身も先ほど口にしたばかりだった。

 少し山を離れたくらいで統治が行き届かなくなる管理はするものではない──

 彼らは──完全に『孝橋山』を一掃するつもりであったのか。

 守夏は石段下で茂野の驚きに応えるように、腰に穿いた白刃を抜いた。

 日の光の下でも月光においても、その輝きが曇ることはない。

「茂野。果てるならば大江山か葵山で散りたいことだろう。ここでお前を切って捨てるつもりはない。黙ってその分社を置いて去れ」

「茂野……あの御方は?」

「『大豊山』の一ノ侍従。稲荷最強の侍従であらせられる『豊山一ノ輪麓』守夏様です」

「なぜそんな方まで。『孝橋山』のお兄様のやろうとすることはそんなに間違ったことなのですか」

「勘違いするな。『孝橋山』などは、どうでもいい」

 守夏は腰より長い美しい白髪を揺らし、ゆっくりと石段を上がってくる。

 眼帯をして隻眼となっても青い目は力強く、陽光を受けて光彩は輝いていた。

 涼しい物言いは低く無感情で、祥香は口をつぐむ。

「目的は先代『葵山』と瓜二つの『大江山』祥香。そなた、ただ一柱」

 守夏の言葉で、茂野がことの運びを理解した瞬間。

 石段中腹にあった守夏の姿が消えた。

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