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孝橋山の対峙 【参】

「この……──裏切り者が」

「勘違いするものではない。稲荷の泰平を揺るがす大逆者はそなたの方だ『孝橋山』」

「新しい稲荷神としての在り方の可能性を、そうして長兄が抑制し管理するのはどうかと。新しいあり方として、一石を投じることも許されぬのですか」

「そうやって反旗を翻し、永久追放となった先代『八重垣山』の無残を知らんのかな」

 久照の言葉に『孝橋山』は鼻で笑ってみせた。

「私は……先代『八重垣山』の心意気だけは買っておりますよ。破れたからといって過ちであるとは限らない。負けたものが間違いであったとは思いません」

「まるで『大豊山』があの折りに、処断されればよかったと言いたい口であるな」

「卑屈な受け取り方をなさいますな。志の話をしておるだけです」

 『孝橋山』も負けずに言い返すが、久照は本意を分かっているつもりだ。

 軽く肩を回し、祥香の側から離れると、手の中の緑の扇を腰から抜いた。

「『孝橋山』が先代『八重垣山』謀反の援助をしていたことは明白。とかげの尻尾切りで『五狐奉行』と評定を免れてはみせても、儂らの追求からは逃れられない」

「援助などと大仰な。古くから交流があっただけのこと」

「主様は稲荷の世の秩序、規律と伝統を守られる。貴殿は『雪沙灘(ぎんしゃだん)』の分社筋……失いたくはない大事な血統であるが、それが世を乱すというのなら、処断も禁じ得ない。三朱『雪沙灘』の称号を『孝橋山』に掲げさせる訳には参らぬのだ」

「しかるに、そなたら裏切り者の言葉を聞く耳はない」

 最後は『豊山』が明言をして、場は嫌な静寂で覆われた。

 裏切り者、正統性がないと言われることは、なによりも『孝橋山』の誇りを傷つけた。

「そもそも私『孝橋山』は『豊山』派でも『紅葉山』派でもない。祖を『雪沙灘』千里朱雀とする稲荷神である、『豊山』に口出しをされる覚えは一切ない」

 両脇に侍従を従え『孝橋山』は声高に宣言し、まっすぐ『豊山』を睨んだ。

「先代『葵山』を抱き込んでいた間はともかくとして、今は『葵山』の代も変わり『紅葉山』派であるからして、この私『孝橋山』義本親員こそが正統な三朱『雪沙灘』後継。よって私こそが三朱『雪沙灘』派の頂点である。長兄であろうと我が御山においての身勝手な振る舞いは見過ごすことはできん」

 ふん、と『豊山』は鼻で笑って憤りを蹴散らした。

 腕を軽く一振りして開いた扇は美しい朝顔の意匠を施した夏草が描かれている。

 扇で隠されていても、彼が『孝橋山』を見下していることは透けて見えた。

「なぜ、この兄が躍起になっておるのか分かるか? 『大江山』祥香」

 突然話を振られ、立ち尽くしていた祥香は身を震わせた。

「えっ、そ、それは……この場を沈静化されるために」

「そのような偽善的な意味はない。自身で明言したであろう『孝橋山』は派閥を建て『雪沙灘』を名乗らんとしている。そして、そなたは私が先代『葵山』と見間違えるほどに似ている」

 そこまで言われれば祥香でも理解ができた。

 祥香を敵対的宣伝に使われる。

 情報戦の一環に組み込もうとしたということだろう。

「そう。私に横槍を入れられては困るということだ」

 分社もまだであるというのに、嫁入りを求められたのはそういう意味があったのか。

 祥香は眉間に皺を寄せた。

「『雪沙灘』の血統のために……? それで私に嫁入りを求められたのですかお兄様」

「ほぅ、それなら決定的だ。全く抜け目ない弟よな」

「三百代言で私を一方的に悪役と印象づけるのはやめてもらおう『大豊山』。あなたも先代『葵山』をそうして囲っていただろう」

「『大豊山』もですか?……そんな事をして、先代『葵山』の意思はどうあったのですか」

「そうだな」

 茂野が長く務めた『葵山』。

 複雑な運命に捕らわれた姉であったと語られた。

 先代が『雪沙灘』派を名乗りたかったかは、祥香には分からない。

 古き時代のことは祥香には分からない。

 だが分からないのは、祥香だけではなかった。

「私も、まだ分からないのだ咲夜」

 ぽつりと『豊山』は呟いて、祥香へ手を伸ばした。

「何を思って私の側にいた?」

「!?」

 小さな手は祥香の衿元を掴み皺を作る。

 憎悪さえ感じるその力に、祥香は退くこともできず閉まる首もとから逃れるように首を反る。

「私とそなたの間にあった、長い時は何であったのだろうな」

「だ、『大豊山』私は先代『葵山』では」

 苦しいという訴えは通らなかったが、寸前で『豊山』は祥香を突き放した。

「私の宣下は覆されることはない。この分社は私のものだ。そなたの派閥遊びの看板にさせはせんぞ」

「黙ってお帰り頂くことはできぬようですね。老害と化した三朱『豊山』ここで『雪沙灘』代行として処断させて頂く!」

 『孝橋山』は己の侍従を交互に見て、手に白刃を構えた。

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