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おやじ彼女  作者: ponta
天下無双
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エピローグ

「帰りにラーメン食べていきましょうよ。せっかく福岡に来たんだし」


取材先へ向かうタクシーの車中、僕は雰囲気を和ませようと話しかけているというのに、

高木さんは、資料を読み込むことに夢中で、一言も発しない。


なんて面白みの無い人なんだろうか。

ライフワークバランスが完全に崩れている。

プライベートを充実させてこそ、仕事の能率があがるというものではないのか。


僕はため息をつかずにはいられない。


中堅の出版社である文盛社に入社したのは、この春のこと。

その時は、飛び上がるほどうれしかった。

中学生からずっと愛読していたデジデジマガジンの編集に携われると思ったからだ。


でも、配属されたのは空手マガジン。

毎日、毎日どこだかの空手道場にいって、話を聞いたり、練習の様子を取材したりと、

苦痛以外のなにものでもない日々が続いている。


3年経ったら、異動願いがだせるらしいが、それまで僕は耐えられるだろうか。


福岡空港から、30分ほどタクシーに乗り、取材先の光臨会についた。


先週行った神明館などに比べ、建物は小さくて雨染みがひどい。

僕はますます憂鬱になる。


入口の前に、プロレスラー顔負けの体格のいい男性が立っていて、

挨拶してきた。


「こんちはっす! 遠路はるばるご苦労さんっす!」


男性の言葉に、道中にこりともしなかった高木さんが、笑顔を見せた。


「伊藤君、わざわざお出迎えありがとう」


「高木さんが宣伝してくれるおかげで、

 入門希望者が、押し寄せてますからね。VIP待遇ですわ。

 がはははは」


伊藤という男性は、やたらと声がでかい。

僕は顔をおもわずしかめてしまった。


「伊藤さん、相棒っすか?」


「新人の熊田だよ。熊田、あいさつしろ」


いきなり話を振られて、僕は焦りながら名刺入れをだす。


「は、はじめまして、熊田と申します。

 未熟者ですが、ご指導、ご鞭撻の」


「そっすか。じゃあ、早速取材取材」


僕があいさつをしているというのに、話を最後まで聞かず、

伊藤さんは建物の中へと入っていく。


なんて、無礼な人なんだ。だから、空手をやっているような野蛮な人間は嫌いなんだ。


建物に入り、受付らしきところの横を通って、階段を昇っていく。

どうやら、エレベーターはないらしい。

今時、バリアフリーに対応するのは当たり前だろうに。


二人に続いて、階段を上り最上階についた。


伊藤さんがドアをノックして、中へと入る。


「お連れしました」


二人に続いて中に入ると、10畳ほどの部屋に、貫禄のある初老の男性と、

若い女性がいた。


「うわぁー……」


思わず声が出てしまった。

女性の年は、20歳ぐらいだろうか。艶やかな髪に、つぶらな瞳。スラリと伸びた足に、

折れそうな細いウエスト。整った顔。

芸能人に会ったことはないが、きっとこんな神々しいまでのオーラがあるに違いない。


「うふふ。高木さん、こちらは?」


「うちの新人なんだ。熊田、ぼさっとしてないで、あいさつしないか」


「し、しんじんの熊田ですっ」


声がうわずる。頭に血が上ってきて、くらくらしてしまう。

声も素敵だ。この女性は、秘書だろうか。それとも貫禄のある男性の娘さん?

いずれにしても、この女性に会えただけでも、福岡にきてよかったと思える。


「立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」


貫禄のある男性に促されて、応接セットの方へと向かう。

女性が動くたびに、何とも言えない甘い匂いが漂う。


香水とかの類ではない。この女性自身の匂いだ。素晴らしい。美女は外見だけでなく、

匂いまで一味違う。


高木さんが、貫禄のある男性に手土産を渡す。

いつの間に用意したんだろうか。


「お気を使わせて申し訳ない。高木さんのおかげで、助かっているというのに」


「ははは。それはこっちの台詞ですよ。山下総帥。

 大野さんを特集すると売り上げが倍になるんですから。

 そうそう、忘れないうちに。これは大野さんに」

 

そういって、高木さんは飛行機やタクシーでじっと見ていた資料を女性に渡す。

大野さんっていうんだ。下の名前も知りたいなあ。


「ありがとうごじます。助かります」


「今度、ぜひ、君の参謀の話も聞きたいね」


「メガネ君にですか? うーん。それはどうかなあ。彼、秘密主義ですから」


「それはそうと、今日は磯野さんの感じがしないね」


「ええ。起きてはいるんですが、ちょっと奥に入ってます。

 呼べばすぐ出てきますよ。高木さん、そういうのわかるようになったんですね」

 

「うん。なんとなくね。そしたら、今日は大野奈津美としてのインタビューからさせてもらおうかな」


二人の会話の意味はわからないけど、彼女の名前は大野奈津美というらしい。

名前も素敵だ。


「熊田。カメラだせ!」


「は、はい!」


カメラバッグから急いで、カメラを出す。


「まったくトロイ奴だ。ああ、ご心配なく。頼りない奴ですが、カメラの腕はなかなかのものです。

 電化製品に弱い私じゃ、いい写真が撮れないので、

 編集長に腕のいいカメラマンと組ませてくれっていって、

 選ばれた奴ですから」

 

「へー。じゃあ、綺麗に撮ってもらえそうですね」


大野奈津美さんが、私を見て、にこっと笑う。

胸に衝撃が走る。彼女、彼氏とかいるんだろうか。


しかし、僕が空手マガジンに配属されたのは記者としてじゃなく、カメラマンとしてだったのか。

そういえば、写真ばかり撮らされるから、なんか変だなとは思ってたんだけど。


「じゃあ、早速いいかな? まず、女子空手界の……」


ファインダーから覗く、彼女の表情は猫の目のようにころころと変わった。

少女のあどけなさを見せたかと思えば、妖艶なオーラを発する。


僕はデジイチの魅力に魅せられて、10年は経つけど、こんなに撮りがいのある

被写体にあったのは初めてだ。


僕は風景写真に特に魅力を感じ、学生時代は様々な場所を訪れた。

自然が作り出す光景に敵うものは存在しないと思っていた。


勉強のためと有名写真家が撮影したアイドルの写真集なんかを買ったこともあったが、

造られた美という感じがして、美しいとは思えなかった。

女性がする化粧というものが、僕は自然に反している気がして好きになれなかったというのもある。


しかし、彼女は違う。なんといったらいいんだろう。造形としてよさもさることながら、

内面からでているオーラが常人のそれと違うのだ。


考えてみれば、人の容姿も自然が作り上げたもの。

彼女の容姿は、北海道でみた樹氷や、アラスカでみたオーロラ並の神々しさがある。


「おい。おい、熊田!」


「は、はい?」


「はい、じゃねえ。お前、撮りすぎだ。カシャカシャうるせえんだよ」


「す、すみません」


気付けば、夢中になって僕は20分のうちに500ショットも撮っていたらしい。

くすりと、大野奈津美さんが笑う。

情けない奴って思われちゃったかな。


「うん。ありがとう。じゃあ、8月に行なわれるブレイブについてなんだけど、

 ワンマッチで、ヘビー級の現役チャンピオンとやるんだよね。

 もう、ボクシング対策は始めてるのかな?

 大平君と」

 

大平? 彼女のなんなんだろう? 彼氏かな? こんなかわいけりゃ、彼氏がいて当たり前か……。


「それについては、磯野に聞いてもらったほうがいいと思いますので、呼びますね」


磯野というのは、彼女のマネージャーだろうか、それともトレーナーなのだろうか。

しかし、こんな細い女性が、空手をやるなんて信じられない。

うん? さっき、ヘビー級のチャンピオンって言った?

ヘビー級って何キロだっけ? 彼女は、何キロだ? 50kg?


「高木さんいつも来てもらって悪いね」


「なっ?!」


僕は驚いて声を出してしまった。これは別人だ。


姿形は、変わっていない。でも、明らかに彼女から出ているオーラが違う。

先ほどのまでの清らかで、穏やかな陽の光のような雰囲気は消え、

猛々しく、荒々しい海のようなオーラをまとっている。


これは、いままで高木さんに同行してあった空手家たちのオーラだ。

ここにきて、最初にあった伊藤さんや、山下さんと同種のものだ。


普通に暮らしている人たちとは違う、生死の境に身を置くもののオーラだ。


顔色を変えた僕に、大野奈津美がおやっという顔をする。


「熊田さんは、感が鋭いみたいですね。霊感とかあったりします?」


呼吸がいつの間にか荒くなっている。これが二重人格というものか?

こんなに感じるオーラが変わってしまうものなのか?

中身がそっくり入れ替わったかのようだ。


「き、君はいったい?!」


高木さんがポンと僕の肩を叩いた。


「落ち着け。熊田。いま、説明してやる」


「は、はい」


「大野さんには、二つの魂が入ってるんだ。光臨会三羽烏の一人、磯野正と、

 大野奈津美の魂が。

 どちらの魂も、空手の達人だよ。そして、二人が合わさった時がまたすごい。

 何せこの体で、100kgを超えるような猛者を一撃の元に倒すからね」

 

「魂が二つ? 高木さん何言ってるんですか? うちはオカルト雑誌じゃないんですよ?」


「熊田、お前も感じてるだろう? だから、そんなにうろたえている。

 自分の感覚を信じろ。現場で起こっていることが、真実だと教えてやったろう。

 武道を極めるとな、常人では到底真似できないことができるんだよ」

 

「た、確かに、達人と呼ばれる人たちは、僕みたいな一般人では、

 到底できないことをやってのけます。

 でも、これは次元が違う。中身がそっくり入れ替わるのが、空手の技なんですか?

 おかしい、明らかにおかしいですよ!」

 

大野さんが、パンと手を叩き、僕はびくっと身構えてしまった。


「高木さんの後輩と思ったから、急に本性見せちまったよ。

 驚かせて、悪かった。

 俺も、なんでこうなったのか、理由はわからん。

 しかし、俺はいまここにいる。そして、大野奈津美もな。

 そんでな、こんなナリだが、俺は確実に強いよ。俺の戦績知ってる?

 俺が倒した奴らにあったことある?」

 

「いえ、空手マガジンの記者になって、日が浅いですし……」


「そっか。まあ、頑張って早く一人前の記者になることだね。

 いやいや仕事してても、いいことないよ。

 まずは、目の前のことに全力で取り組んでみな。

 それで、あってないと思ったら、転職したらいい。

 あれだろ? 格闘技に興味なんてなかったけど、出版社に就職したかった口だろ?

 カメラ雑誌の編集になりたかったとか?」

 

「デジデジマガジンです。僕、デジタル家電が好きなので」


「そっか。まあ、好きな仕事に就けてる人なんて、世の中で一握りだしさ。

 やってみたら理想とはかけ離れてたなんてことは、普通にあるよ。

 まずは、目の前のことに取り組んでみなって。

 そしたら、好きになるかもしれないし」

 

なぜだろう。この若い女性の言葉は、僕の父さんが言っていたことに似ている。

会社の先輩たちが言っていることに似ている。


僕よりは、どうみても年下だというのに。


「高木さん、彼女の記事、僕に書かせてもらえませんか?」


自分でも信じられない言葉が口からでた。

今まで、空手家の記事なんて書きたいと思ったことはない。

でも、この目の前にいる大野奈津美の記事は心の底から書きたいと思う。


「熊田、お前なあ」


「お願いします!」


「わかった。やってみろ。大野さんは空手界の宝だからな。

 そこのとこ、よく考えて、書けよ」

 

大野奈津美さんが、またくすりと笑った。


「そんな大層なもんじゃないですよ。

 綺麗な写真のせてもらって、俺の外見につられて入門希望者がきてくれたら、

 それでいいです。山下師範なんて、キャンペーンとかいって、入会金2万にしてんですよ。

 どうせすぐ辞めるからとかいって。悪人ですよね」

 

「こら、磯野! 余計なことは言わんでいい。変な噂が立ったらどうするんだ?」


「押忍。では、熊田さんお願いしますね」


**********************************************


じっと原稿を読んでいた高木さんが、僕に原稿を返してきた。


「いいだろう。これでいこう」


「はい!」


僕は、初めてこの仕事にやりがいを感じた。


いや、正直にいおう。仕事うんぬんは抜きにして、

大野奈津美をもっと見ていたい。


一度あっただけなのに、すっかり彼女のとりこになってしまった。

美しさだけじゃない。彼女の強さに惹かれてしまった。


東京に帰ってきて、彼女の試合映像を何度も観た。

彼女は、人の枠を超えている。


彼女は、この先も我々の魂を熱くする戦いを見せてくれるに違いない。

僕は彼女の魅力を少しでも伝えれるように、力を尽くすつもりだ。


高木さんが言っていた言葉が、いまは理解できる。


空手を好きにならなければ、この仕事は続かない。

大野奈津美の空手に魅了された僕は、やっと記者になる資格を得たということだろう。


今後も、彼女の動向に目が離せない。

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