苦境
左ミドル、右ハイ、左後回し、左ハイと蹴りを出しまくる。
伊藤さんは、最初は動かずその場で、蹴りをさばいていたが、少しずつ前に出てくる。
いきなり、跳び膝蹴りでは、かわされる。隙を、隙を作らないと。
焦って、蹴りを出すスピードを上げていくが、攻撃している私がいつの間にか、
コーナーに追い詰められていた。
「あらー。困ったな。後がねえぞ?」
「くっ」
右から逃げようとしたとき、伊藤さんの左ショートボディが襲ってきた。
右手で受けるが、体を浮かされ、コーナーに押し込められる。
伊藤さんの左右の連打が、容赦なく襲ってくる。
私は体を丸めて、ガードすることしかできない。
サンドバックのように好きなように打たれ、ガードが下がったとき、
伊藤さんの右の膝がボディに食い込んだ。
痛めていた脇腹に、刺すように痛みが走り、私は片膝をついた。
伊藤さんは、お手上げのポーズをとる。
「ギブアップするか? 続けるか?」
「誰が、誰がギブアップなんか!」
「そうか。なら、気持ちが折れるまで付き合ってやる」
再びサンドバック状態になる。
伊藤さんの突きや蹴りが当たるたびに、激痛が走り、
内臓が痺れる。
耐えていれば、伊藤さんが休むかと思ったけど、
ラッシュは止まらない。
もうだめだと思ったとき、ゴングがなって、伊藤さんは攻撃を止め、
私の頭をポンと叩いた。
「よく頑張ったな。次で決めてやる」
私はよろよろとコーナーに戻る。
私の考えが甘かったのだ。伊藤さんに私が勝てるわけがない。
左手に続き、右手もあざだらけで、握力がない。
もう左も右も攻撃には使えない。
脇腹をさらに痛めてしまった。動き回って、攻撃を避けることも無理だ。
蹴りもそのうち打てなくなる。
万事休す。私の負けだ。
椅子に座ると、冷水をかけられた。
「きゃっ。ちょっと何するの?!」
「それはこっちの台詞です! 奈津美さんは勝つ気があるんですか!!」
「あるよ。あるけど、私じゃ無理。伊藤さんに勝てるわけないもん」
小森君が、私の両耳を引っ張る。
「痛い! やめてよ!」
「だまらっしゃい! 勝つ気がある人が、あんな戦い方をしますか?
今の状態の奈津美さんが、正面からぶつかって、勝てる相手ですか?」
「そんなことわかってるよ。偉そうなこと言って、メガネ君だって策はないって言ってたじゃん」
「ふん。まだ気持ちは折れていないようですね。
とっておきの秘策があります。やる気はありますか?」
「ほんとに? 勝てるなら、何でもやるよ」
「その言葉に、嘘はありませんね? では、耳を拝借」
私が耳を向けると、小森君に耳たぶを舐められた。
「ちょっと! 何やってんのよ!」
「おう、ミステイク。あまりにも可愛かったので、つい。では、策です。いいですか? ……」
「本当にそんなことで?」
「間違いありません」
セコンドアウトが告げられ、私は半信半疑のまま、リング中央へと向かう。
伊藤さんは、大きく息を吐いて、構えた。




