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おやじ彼女  作者: ponta
天下無双
567/570

師弟

「がははは! ガツーンとやってやりましたわ!

 磯野さん、準決勝、俺とですよ!」

 

俺は体を起こし、苦笑いする。


「もう終わったのか。観にいこうと思ってたのに。

 しかし、お前も傷だらけだな。また、派手に打ち合ったんだろ?」


伊藤は俺の脇腹を見て、目を細めた。


「ありゃ。それ、いってます?」


「ああ。たぶんヒビ入ってるよ。動くと痛む。左手も痛めてるし、お前とやるのは無理だよ」


「そうですかー。残念だなあ。まあ、反対の山も木村が勝ち上がってくるでしょうから、

 光臨会としては、いい結果ですよね」

 

「そうそう。また、入門者が殺到しそうだよな。

 そろそろ場所を借りることも考えんといかん」

 

「また、前みたいに師範が、入会金増額キャンペーンやるんじゃないすか?」


「あははは。キャンペーンで増額って変だよなあ」


その時、ぐうっと伊藤とやりたい気持ちが湧き上がってきた。

これは、奈津美の意思か。奈津美は伊藤に恩を感じてるからな。

まったく、こんな体の状態の時に、やりたがらんでも、よかろうに。


「伊藤あのさ、お願いがあんだけど」


「なんすか?」


「やっぱ、やってくれないか?」


「がははは! その言葉、待ってましたよ!」


「いや、俺じゃなく、奈津美とさ」


「へ?」


「なんかさ、奈津美がお前とやりたがってんだよ。

 こんな状態で、やり合うのは、ちょっとどうかと思うんだが」

 

「うーん。俺は構いませんけど、磯野さんはそれでいいんですか?」


「ボルガノフに勝てたのは、奈津美が頑張ってくれたおかげでもあるし、

 お前さえ良ければ、相手をしてやってほしい」

 

「わかりました。ただし、俺、手加減しないですよ。

 優勝したいし」

 

「うん。わかってる。頼むな」


「わかりました。では、後程」


伊藤が引き上げるのと入れ替わりで、小森が医者を連れてきた。


「奈津美さん、連れてきましたよ」


「あんがとな。メガネ君、伊藤とやることになったから」


「え? どうしてまた」


「奈津美がやりたがっててな。悪いが、もう一戦付き合ってくれ」


「それはもう」


それから、治療を受け、俺は少しの間、眠りについた。


********************************************


時間になり、俺は体を動かす。

痛み止めのおかげで、さっきよりはマシだが、やはり痛みはある。


左手は攻撃には使えないだろう。

これで、伊藤とやるのか。参ったな。


「メガネ君さあ、なんかいい策ないか?」


「うーん。相手は伊藤さんですからね。奈津美さんの戦いは知り尽くしている。

 磯野正とは付き合いが長く、性格まで熟知しているし、大野奈津美を指導したのは彼だ。

 なんとも策が思い浮かびません」

 

「だよなあ。俺もそう思う。まあ、やるだけやるかな」


リングに入ると、まだ伊藤は入場していなかった。

体を軽く動かしながら待っていると、伊藤が入場してきた。


花道を歩きながら、拳を突き上げ、観客を鼓舞している。

リングに上がってきて、にやっと笑う。

セコンドの山下師範が、苦笑いしている。


リング中央に、小森と共に向かうと、山下師範が困った顔をされた。


「痛めているくせに無理をしおって。危なくなったら、小森君、躊躇せずにタオルを投げなさい」


「山下師範、どうしても奈津美が伊藤とやりたいと言ってましてね。

 俺は、止めたほうがいいとおもうんですけど」

 

伊藤が首を回しながら、豪快に笑う。


「がははは! 俺の大胸筋に触りたいんでしょう。

 女はみんな筋肉好きですから」

 

すっと男の感覚が抜けていく。私は伊藤さんに微笑む。


「伊藤さん、私、ゴリマッチョは好きじゃありません」


「ほんとかあ? いつも俺の筋肉を羨望の眼差しで見てるだろうが」


「伊藤さんは好きです」


「え? マジか? まいったなあ。俺、結婚してんのに」


「そういう意味じゃありません。磯野正が、山下師範を慕っているように、

 伊藤さんが磯野正を慕っているように、私も伊藤さんが好きなんです」

 

「がははは。そりゃ光栄だ」


「伊藤さん、真面目に聞いてください。私、伊藤さんに恩返しがしたいんです。

 空手家にとっての恩返しとは、師匠を超えること。

 私、伊藤さんを倒します」

 

「こりゃ俺も気合い入れんといかんな。がははは」


「伊藤さん、本気でお願いします。いつもの組手みたいじゃなく」


「ああん? 俺りゃいつだって、本気だぞ?」


「嘘ばっかり。伊藤さん、磯野正と合わさっているときと、私だけの時と全然違うじゃないですか。

 私だけの時は、危険な技なんて仕掛けてこない」

 

「……。そりゃ真剣勝負ってわけじゃねえんだから、怪我しないようには気をつけるさ」


「本当の強さは、真剣勝負じゃないとわからない。本気でやってください。お願いします」


「いいんだな? 手加減なしで」


「はい。私もあらゆる手を使います」


自コーナーへと戻り、伸びをする。

小森君が、困った顔で私を見る。


「奈津美さん、何も伊藤さんを焚き付けなくても」


「私、本気で相手してほしいの。そして、勝ちたいの」


「わかりました。わかってると思いますが、相手はあの伊藤さんです。

 生半可な攻撃ではやられますよ。スピードで崩して、跳び膝です。

 一発入れば、勝機がある」

 

「だよね。私の跳び膝ならいける」


ゴングが鳴らされ、私は伊藤さんに向かって走る。

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