辛勝
「奈津美さん、いいですか、左手です。それから絶対にフックの間合いに入らないこと!」
「わかった。やってみる!」
リング中央に向かい、構える。
だいぶ足の感覚が戻ってる。これなら、捕まらない。
ボルガノフの左手はブラブラしていない。無理矢理はめたらしい。
私は試しに、右のミドルキックを放つ。ボルガノフの左手にかすると、
ボルガノフの表情が明らかに曇った。
痛めてる。左手は使えない。
ならば、右のロシアンフックに、注意すればいいだけ。
私は遠い間合いから、左右の蹴りを連続してだす。
ボルガノフが右のパンチを出すと、大きく下がって間合いを外す。
いける。左手が痛くて、1Rの動きができてない。
蹴りを躊躇なく、当てていく。
速さだけの蹴りから、だんだんと体重を乗せた蹴りに変えていく。
足の筋力は、腕の数倍。女の私の蹴りでも、こんだけ食らえば、効くでしょう?
ボルガノフがじりじりと下がり、ロープを背にする。
私は左右の蹴りを、力いっぱい蹴りこむ。
ボルガノフの膝が折れる。
いまだ!
私が飛び膝蹴りを出そうと、腰を落とすと、ボルガノフが左のボディブローを打ち込んできた。
私のボディにボルガノフの左拳が突き刺さり、私は胃液を吐き出した。
おなかを押さえて下がるが、足が痺れてる。
嘘? 芝居だったの? いや、そんなはずない。1Rには肘関節が外れてた。
ボルガノフの顔も苦痛に歪んでる。
この人、痛めた腕で打ってきたんだ。
ボルガノフが、踏み込んできて、右のロシアンフックを打ってきた。
私は両手を上げて、ガードするが、殴り飛ばされて、リングに転がされる。
強い。こいつ強い。
だめだ、私じゃ無理だ……。
その時、ふっと男が強まった。
戻った。磯野正が。
俺は立ち上がり、首を振る。
「はははは。舐めた真似しやがって。こんな美女の面に、本気で拳打ち込むって、
お前、どんだけSだよ」
ずきんと脇腹が痛む。ちい。今のでアバラが2、3本いかれたか。
ボルガノフが、踏み込んできて右のロシアンフックを放ってきた。
俺は、両手で後頭部を押さえ、額でボルガノフの拳を受けた。
"ゴキン"
鈍い音がして、ボルガノフが顔をしかめて下がる。
「おほーっ。一か八かだったが、うまくいったな。
まあ、お前の左手は、さっきのボディブローでほんとに終わっちまったから、
右で来るのはわかってたよ。
まだ左がいきてて、コンビネーション打てたなら、結果は違ったかもな」
俺は跳び、ボルガノフの顔面に頭突きした。
ふらついたボルガノフに二段跳び膝蹴りをあて、倒した。
ボルガノフは、首だけあげ、しばし俺を見た後、失神した。
俺は左右の下段突きをだし、勝ちをアピールする。
歓声に応えながら、俺はリングを後にする。
控室に戻って、倒れこんだ。
「奈津美さん、大丈夫ですか?」
「メガネ君、サンキューな。おかげで勝てたよ。
奈津美だけになったとき、あのままじゃ気持ちで負けてた」
「しかし、ダメージがひどいですね。脇腹、内出血してますよ」
「アバラに、ヒビ入ったみてえ。少し動かしただけで、痛いよ。
ガードしたときに、左手首も捻挫したみたいだし、
背中の張りもひどい。
次は、伊藤がくんだろ? 俺、棄権するわ」
「そうですね。僕もそれがいいと思います。
誰か呼んできますよ」
「頼むわ。ドクター呼んできてくれ。痛み止め打ってもらいたい」
「病院に送ってもらったほうがよくないですか?」
「いや、伊藤と木村の試合を観ときたいしさ。
ぽっきり折れてるわけじゃないから、肺に刺さったりってのもないし」
「僕は無茶しないほうがいいと思いますけどねえ」
「いやまあ、ほら、せっかくのイベントだしさ。
むさい男二人じゃ絵にならんだろ?」
「ははは。そうですね」
小森に医者を呼んでもらっているうちに、
疲れから、うとうとしていると、試合を終えた伊藤が、控室に入ってきた。




