秘策
俺は立ち上がり、またタックルに来ようとするアーセンに左手の平を向ける。
「ちょっと待って!」
「hmmm?」
できた。必然が。俺が空手着を脱ぐ必然性が。勝ちはもらった。
俺は急いで、腰ひもを解き、下穿きを脱ぐ。
スパッツ姿になった俺に、歓声があがる。
俺は下穿きをリング下に投げ捨てる。
アーセンは、俺を組みやすしとふんだらしく、余裕の表情で俺にどうぞとジャスチャーする。
自分の愚かさを呪え。
帯を取り、上着を脱いでタンクトップ姿になると、観客たちのはやしたてる声が響いた。
ははは。エロ丸出しの馬鹿どもが居てくれた方が、アーセンが油断してくれる。
こっからはまばたき禁止だぞ。
俺は辛そうに演技して、上着を脱ぎ、右手に巻き付けた。
上着も投げ捨てると思ったのか、アーセンが怪訝な顔をする。
俺は上着を回しながら、アーセンに投げつけ、すぐさま跳ぶ。
上着がアーセンの顔にかかり、アーセンが焦りながら上着を取ったとき、
俺は左の膝をアーセンの鼻面にいれる。
ガツンという音が響き、アーセンがよろめく。
更にアーセンの頭をつかみ、右の膝を顎に叩き込んだ。
アーセンの膝が折れ、意識が飛んだ目で、俺をつかもうと手を伸ばす。
俺は体重を乗せた右の猿臂をアーセンの顎に叩き込んだ。
アーセンは、横に二歩動いてから、前のめりに崩れ、倒れる。
顎がくだけたのか、マットに血だまりができた。
観客たちが静まり、俺は左右の下段突きをだして、勝ちをアピールする。
会場にどよめきが起こり、レフリーは審判団の方をにかけより、何か話をしている。
だろうな。反則だなんだって話になるのは想定内だ。
だが、空手着を認めたのはお前らだろ?
20秒ほど待ってから、俺はリングを降り、総合プロデューサーの吉井の席へと向かう。
審判団が議論している横で、不機嫌そうな顔の吉井に近づくと、
吉井は立ち上がり、俺に顔を近付けてきた。
「なんてことをしてくれたんだ。勝つにしても、ほかにやりようがあっただろう?」
「えー? 何かまずいことやっちゃいました?」
「やっちゃいましたって、反則負けどころか、永久追放って議論になってるよ。
まったくもう、君という人間は、次から次に問題を起こしてくれる」
「大丈夫ですよ。ルールには違反してません」
「違反してない? 馬鹿なことを」
吉井の脇をぬけ、俺は審判団に近づく。
俺に気付いたレフリーが、顔を紅潮させて、抗議してくる。
「前代未聞だ! あんな卑怯な手を使うとは!」
「こわーっ。何を怒ってるんですか?」
「反則負けだ! 君は!」
「反則? そんなルールどこに載ってましたっけ?」
ルールブック片手に、小森が笑顔で近づいてくる。
「やあやあ、みなさん冷静に。ジャケット非着用のブレイブに、
衣服を投げつけてはいけないって定めはありませんよ」
「何言ってる?! そんなの常識じゃないか!」
「常識? はて、おかしなことをおっしゃる。
女性で、40kg台の奈津美さんが、ヘビー級の猛者と戦うのも、
常識の範囲内ですか? おまけに、掴まれては不利とさとり、
投げ捨てた衣服が偶然、アーセン選手の顔にかかっただけだというのに」
「偶然? 誰がどう見ても、この娘は故意に衣服で妨害をした!」
小森がお手上げのポーズで首を振る。
「やれやれ、仕方ありませんね。奈津美さん、引き揚げましょうか。
惜しむらくは、明日の視聴率がガタ落ちになることです。
DVDの売り上げはどうでしょうね? 一日目だけでも、奈津美さんがでているなら、
それほど、落ち込まないかな」
「そうだねー。なんか私を負けさせようって組織ぐるみで企んでるみたいだし。
勝負に勝って、試合に負けたってところかな。
外国からも試合のオファーはいっぱいきてるし、ここより条件いいもんね。
では、皆さんさようなら。もう二度と会うこともないでしょう」
吉井が顔色を変えて、話に割って入ってきた。
「大野さん、故意ではないと言うんだね?」
「はい。偶然でなければ、あんな風に服が顔にかかるなんて、ありえませんよ。
そんな練習なんて、したことないですし」
「大野選手の勝ちを、宣言しなさい」
「なっ?! 吉井さん、あんた何言って」
「これは命令だ!」
レフリーは、吉井の迫力にそれ以上反論できず、しぶしぶマイクを手に取り、
俺の勝ちを場内に、発表する。
会場にブーイングと、観戦が同時に沸き起こる。
俺は、ブーイングに構わず、手を振りながら、ゆうゆうと控室へ戻る。
よし。これでボルガノフとやれる。




