初戦
試合当日となった。
ブレイブのトーナメントは、2日間行われる。
一日目が2回戦までで、二日目で三回戦から決勝が行われる。
俺の目標は、三回戦で当たるであろうボルガノフだ。
がらんとした控室で着替えをする。
スパッツにタンクトップの上をきて、さらに空手着を着込む。
今までもヘビー級の奴らとやり合うことがあったが、
今回はプロの格闘家が相手だ。
パワー、スピード、スタミナ共に、最強レベルの男たちが揃っているだろう。
自信があるという態度を取っていたが、本当は不安で仕方ない。
すぐに組付かれてしまったら? 俺の打撃が通用しなかったら?
この一週間、無様に負ける様ばかりが頭に浮かんで、
寝ても覚めても、落ち着かない。
控室を出ようとすると、不意に吐き気が襲ってきた。
俺は胃液を手洗い場にぶちまける。
逃げ帰りたい。何をトチ狂って、こんな場所にいるのか。
外の空気を吸おうと、廊下にでると、木村が壁にもたれ掛かっていた。
俺を見ると、軽く手を挙げてくる。
木村は短パンにTシャツ姿だ。
「先輩、また吐いたんですか? 相変わらずだなあ。ははは」
「おまっ、俺が吐くわけ……。わかるか?」
「だって、顔が青ざめてますもん。どうせ負ける夢でも見て、
まともに寝れなかったんでしょう?」
「そうだよ。悪いかよ」
「いえいえ。いつもの磯野さんのペースだなと思っただけです。
順当にいけば、決勝で俺と当たります。待ってますよ」
「待ってますよって、お前の山も結構な奴揃ってるぞ」
「そうですか?」
「そうですかって、お前なあ」
「俺は半端な鍛え方はしてないですから」
そういうと木村はらんらんと目を光らせる。
この自信、分けてほしいものだ。
山下師範が、ジャージ姿でこちらへかけてくる。
「すまん、すまん。伊藤のアップに付き合っていたら、
いつの間にか、時間が経っていてな。
準備はいいか?」
「押忍。できているというか、何というか……」
木村が笑いながら、俺の肩を叩いた。
「大丈夫ですって。磯野さんは、いつも試合が始まったら、
人が変わるんですから。さあ、行きしょう」
「行きましょうって、お前も来るのか?
準備は?」
「まだ、俺の試合はだいぶ先ですよ。1回戦の最終試合なんですから」
「それにしたって、体を休めたり、集中したりする時間が必要だろうが。
控室で大人しくしとけよ」
「大丈夫ですって。調子いいんですよ。いつになく」
確かに、木村の肌は色つやがいい。調子がよさそうだ。
それに比べて、俺ときたら……。
「さあ、もう入場だぞ。用意しろ」
「押忍!」
入場口近くまで行くと、テレビクルーが待ち構えていて、
眩しいライトを当ててくる。
俺は何だか気後れして、下を向く。
いかん。全然、気持ちができていない。
入場曲が会場に流される。この状態で行くのか……。
俺が入場口から顔を出すと、割れんばかりの歓声があがった。
緊張で体が固まる。足を前に出すのもぎこちない。
『ひめー!!』
右手の声がした方をみると、三鷹水産の卒業生たちが陣取っていた。
『奈津美ー!』
今度は、左手を見ると、橋本、優子、小森の姿もある。
チケット高かっただろうに、みんなわざわざ観に来てくれたのか。
これは、無様な真似はできん。
一歩一歩、リングに近付くたびに、心が落ち着いていく。
大音量で鳴らされている入場曲も、歓声も聞こえなくなっていく。
リングそばの松脂に足をこすり付けていると、山下師範がポンと俺の背中を叩いた。
「いい顔になったな。さっきはひやひやしたぞ」
「押忍。毎度毎度、すみません」
「磯野、見ろ。わざわざお前に倒されに、アメリカから来た間抜けが待っているぞ」
「押忍。速攻で倒します」
俺はリングに駆け上がり、トップロープを掴んで、飛び越えリングに降り立つ。
再び会場全体が震えるような歓声が、沸きあがる。
不思議だ。つい4,5分前は不安で仕方なかったのに、今の落ち着きようはどうだ。
相手の息遣いまで、見える。
対戦相手のマイケル・ホワイトは、ボクシングのマイナー団体でヘビー級チャンピオンに、
5年前になったという。
現在、35歳。引退していたというから、全盛期の動きはできないはず。
188cm、110kgと丸太のような腕をしているが、腹もでている。
白人で、顎鬚を蓄え、さっきから俺を威嚇している。
俺は視線を上げ、オーロラビジョンを見る。俺の顔がアップで映し出されている。
我が目で見ても、落ち着いている。
俺が微笑むと、画面の俺も少し遅れて微笑んだ。
リングの中央に向かい、レフリーから諸注意を受ける。
ゆっくりと自コーナーへ戻ると、ゴングが鳴らされた。
マイケル・ホワイトが肩を怒らせて、俺に近付いてくる。
俺もノーガードで近付く。
マイケルが左のフックを放ってくる。
ダッキングで避け、左の掌底を顎に当てる。
マイケルは顔をしかめつつ、右のフックを打ってくる。
スリッピングで避け、右の真正の突きを当て、
マイケルが数歩下がったとろろで、二段の跳び膝蹴りを顎にあてると、
マイケルは前のめりに倒れ、痙攣した。
俺は左右の下段突きを繰り出し、勝ちをアピールする。
レフリーがマイケルに駆け寄り、手を交差させ、ゴングが鳴らされた。




