復帰
「木瀬、お前の勝ちだ」
木瀬は、俺を見上げると、状況が理解できないのか、
しばらく無反応だったが、再び中尾を見て、雄たけびをあげた。
「おおおおおお!!」
「木瀬、病院に行くぞ。今は、興奮してるからわからないだろうが、
鼻を骨折していて、歯も折れている」
木瀬は立ち上がり、中尾の取り巻きに叫んだ。
「俺の勝ちだ! 二度と、俺の弟を馬鹿にするな!
俺が勝ったんだ! 俺が!」
「わかった。わかった。ほら、帰るぞ。おう、誰か病院に乗せてけ」
用意された下品な車の後部座席に乗り込むと、木瀬は大粒の涙を流し出した。
肩を震わせ泣き続ける木瀬の肩を抱いてやると、木瀬は俺の胸に顔をうずめ、
嗚咽を漏らす。
俺は黙って木瀬の頭を撫でてやった。
夜間診療をやっている総合病院まで来ると、木瀬は落ち着きを取り戻していた。
受付をすませ、待合室のソファに腰を下ろすと、木瀬が苦笑いしながら謝ってきた。
「みっともないところ見せちまったな。すまん」
「いいさ。よく立ち向かっていった。怖かっただろ?」
「うん。中尾ってさ、中学の時一緒で、バリバリのヤンキーでさ、
目を合わすのも怖かったんだ。野球できなくなって落ち込んでた時に、
因縁つけられて、囲まれたんだけど、怖くて仕方なかった。
許してもらうために、土下座までしたよ。
俺は、そんな自分が許せなかった。
弟を馬鹿にされても、怖くて何もできない自分が嫌で仕方なかったんだ」
「そうか。木瀬、お前は強いよ。なかなかできることじゃない。
あ、そうそう。空手部は、辞めろ。俺からみんなに話しておくから、
明日から来なくていい」
木瀬は驚いた顔で、俺を見る。
「な、なんで? 俺、勝っただろ? 中尾に勝っただろ?! 理由を教えてくれよ!」
「理由はな、お前が野球に未練たらたらだからだ」
「なっ……。だって、野球はもう」
「木瀬、お前は野球をするべきだと思うよ。お母さんや昇君のお前の昔話をするときの顔見てしまうとな。
俺さ、山下師範から前に言われたことがあるんだ。右が強い奴は必ず左も強くなるって。
昔、右の蹴りが得意でさ。というか、左の蹴りが苦手だったんだが、
苦手な左の蹴りを血の小便が出るまで、やりぬいたことがあったよ。
そしたら、あら不思議。俺は左のミドルが、一番の得意な蹴りになってた。それからだな。
どんな技も左右を使えるように、鍛錬するようになったのは。
木瀬、右がダメなら左手で投げろ。お前なら、必ず左手でも、目を見張るような球が投げれる」
「いや、そんな簡単には……」
「まあ、そういうな。俺がいいもん見せてやる」
俺は立ち上がり、バッグから二本スローイングナイフを取り出し、
まずは右手で投げ、壁に突き刺した。
すぐさま左手で投げ、壁に刺さっていたナイフを弾き落とす。
木瀬は、俺の技を見て、呆気に取られる。
「速ええ……」
「ナイフは空気抵抗が低いからな。俺みたいな女でも、160kmは出てるよ。
ナイフ投げの達人なら、200kmは出す。
これが野球の球だと、120kmがいいとこさ」
「俺に、俺にできるだろうか」
「できる。お前ならできる。反吐を吐きながらも、蹴りを出し続けようとしたお前ならできる。
たった一月足らずで、中尾を倒したお前ならできる。
この俺が保証してやる。空手日本一の大野奈津美様がな」
木瀬は寂しそうな顔を一瞬して、笑顔になった。
俺に手を差し出してくる。
「ありがとう。やってみるよ。もう一度、野球に打ち込んでみる」
「がんばれよ。プロになったら、大野奈津美様のおかげですって言えな」
「あははは。約束するよ。お前のおかげだって言う」
こうして、木瀬は野球に戻ることになった。




