団欒
「おーおー、甲子園のヒーロー様のお通りだぁ。
おー、コラ、木瀬! 何無視してんだ?
中尾さんにまた、締められてえのかよ?」
「……。家に帰る途中だ。通してくれ」
男は木瀬の胸倉を掴み、黄色い歯を見せる。
「そのでけえ態度はなんだつってんだ!」
「気に障ったなら謝る。この通りだ」
木瀬が頭を下げると、男は手を放して、ニヤッと笑った。
「へっ。そうやって大人しくしときゃいいんだよ。
お前はもう、野球できねえんだからよー。
お前から野球とったら、俺らと変わんねえ。
そうだろうがよー」
こいつらをどうしたものかと、しばし考えていると、
昇君が、吠えた。
「お前らと、兄ちゃんが一緒なわけあるか!
兄ちゃんはなあ、野球ができなくなっても、
勉強頑張って、合格したんだぞ!
お前らみたいな嫌われ者と一緒にするな!」
「あー? なんか気持ち悪い生き物が、述べてるぞー。
お前ら、何言ってるかわかるかー?
誰か通訳してくれやー」
男が後の仲間に声をかけると、仲間はうす笑いを浮かべる。
木瀬は、下を向いたまま真っ赤な顔になった。
「今の取り消せ。俺のことはいい。弟は馬鹿にすんな」
男が木瀬の頬を、ぺたぺたと軽くたたく。
「なんだあ? 生意気に。中尾さんに締められたいのかぁ?」
木瀬が顔をあげて、男を睨む。
俺は木瀬の肩をポンポンと叩いて、前にでた。
「大野、これは俺の問題だ」
「いいから、いいから。こんばんは、お兄さん」
男は、怪訝な顔をしたが、すぐにでれっとした顔になった。
「おっ、彼女いいねえ。こんな根性無し止めて、俺と付き合えよ。
いい目見させてやんぜえ」
「頭悪そうな面しやがって。お前、俺のこと知らないの?」
男は目を白黒させてから、真っ赤な顔になった。
「なんだと! このアマ!」
俺が右のハイキックを当てると、男はそのまま前のめりに倒れた。
俺は、たむろしている男たちの元へ、笑顔で近づく。
「はーい。それじゃお兄さん方の中で、私のこと知ってる人いる?」
端に座って、煙草を咥えた奴が、俺を指差す。
「こいつ、大野奈津美だ!」
俺はそいつの顔面に前蹴りを入れ、ひっくり返らせてから、
腹に踵蹴りを落とした。
「大野奈津美? お前みたいなチンピラが、呼び捨てか?」
男たちは、恐怖で固まっている。
俺は横にいる奴に、笑顔を向ける。
「さて、あなたは答えられるよね? 私、誰だか知ってる?」
「大野奈津美さんです……」
俺はそいつの側頭部に軽くキックを入れた。
「大野奈津美様だろうが! ボケ! お前ら正座しろ」
男たちは、下を向いたまま駐車場に正座する。
「な、なんなんすか? 俺らは何もしてないのに」
俺はそいつの顔を軽く撫でてから、
そいつの顔面を蹴り飛ばした。
「勝手にしゃべるな。
お前らの頭は、中尾ってのか?」
正座している一人が、震えながら頷く。
「よし、ならそいつに伝えろ。今日の22時に、木瀬の家まで迎えよこせってな。
抵抗してもいいし、降参してもいい。
抵抗するなら、できるだけ、人数集めて凶器揃えろよ。
ただし、逃げやがったら、どんな手を使ってでも、お前ら潰すからな。
俺がその気になれば、三鷹水産の連中、集められるのは知ってるな?」
男は震えながらも、大きく頷く。
「わかったようだな。そこで寝てる奴ら連れて消えろ。
いますぐに」
倒れた奴らを、男たちは担いで、一目散に逃げていった。
「どうすんだよ?! 中尾の手下は、20人はいるんだぞ!
殺されるぞ!」
「20人? たったそれだけか。しょーもなー。
この場にいた奴ら、全員、病院送りにしてやればよかったよ」
「しょーもないって……。いや、お前の化物じみた強さなら、
どうとでもなるのか」
「木瀬、前に奴らと揉めたのか?」
「ああ。中尾ってのは、中学の同級生なんだが、
高2の秋に、10人ぐらいから、袋叩きにされたよ。
野球ができるぐらいで生意気だって言われてな。
それから、昇のこともからかってきやがるんだ」
「そっか。まあ、まかせとけ。ああいう奴らの扱いは慣れてる」
「はぁー。情けなあ。女に頼る羽目になるとは」
「落ち込むなよ。俺に勝てる奴探す方が大変だよ?」
「ははは。違いねえ」
表通りから側道に入り、しばらく歩くと、バットでボールを打つ音が響いてきた。
中学校のグラウンドのようだ。ナイター照明が点けられ、部活に汗を流している。
木瀬に気付いた野球部員たちが、帽子を脱いで挨拶する。
「チワー」
「チワっす」
「チワ!」
木瀬は、片手を上げて、いいからとジェスチャーし、
練習を再開した中学生たちを羨ましそうに見る。
「大野さん、兄ちゃんは中学の時、九州大会で優勝したんだよ。
エースで4番で、すごかったんだから」
「へー。木瀬君、昔のことあんまり話してくれないの。
ありがとね。昇君」
木瀬は、悲しそうな顔で、無理に笑顔を作る。
「昔からさー、野球だけは上手かったんだよ。
小学校3年で、レギュラーだったし、中学の時も1年からクリーンナップだった。
2年じゃエースだったし。高校も入学してすぐにエースで、5番打ってたよ」
「甲子園に出たんだろ? 本当にすごかったんだな」
「あははは。それが今じゃ、キャッチボールすらできないってね。
超高校級とか言われて、調子に乗ってたら、この様だよ。
今じゃ、地元の不良に頭下げてる情けない男さ」
「そうか。でも、今日からは頭下げなくていいぞ。
この大野奈津美様に、任せときな」
「ははは。ほんと情けねえなあ。
サクッと強くなりたいけど、いまだに手を骨折してる上島さんにさえ、
手も足もでない」
ほどなくして、木瀬の家についた。
平屋で、結構年数の経っている風だ。
同じような平屋が、10軒程並んでいる。
「ぼろくて、驚いたろ?
プロに行けてりゃ、こんな借家でれてたんだけどな」
木瀬が玄関を開けると、カレーの芳ばしい臭いが漂ってきた。
「ただいまー。母さん、友達一緒だから」
木瀬は慣れた手つきで、昇君を玄関に置かれていた車椅子に載せる。
廊下の突き当りの引き戸が空き、木瀬のお母さんが顔を覗かせた。
「いらっしゃい。……、って友達って女の子じゃないの?!」
お母さんは、満面の笑みで、近付いてきて、靴をまだ脱いでいない俺の手を引き、
奥へ行こうとする。
「綺麗ねえ、同級生? まあ、肌がすべすべねえ。
二人はどこまでいってるの? ただの友達ってわけじゃないわよね?」
うわーっ。テンションたけえ。
母親って、なぜ異性の友人を連れてくるとテンションたかくなるんだろ?
「空手部で、ご一緒させていただいていまして」
「空手? まあ、あなたこの手、どうしたの?
傷だらけじゃないの? こんなに綺麗な肌してるのに、
もったいないわあ」
木瀬が、やれやれといった風で、昇君の車いすを押しながら、ダイニングの方へ
やってきた。
「母さん、あれだよ。あれ。年末のテレビ観ただろ? 驚いてたやつ」
「うっそー?! この娘が? ああ、ほんとだわ。この娘だわ。
信じられない。こんな細い腕で、山みたいな大男倒しちゃうんだ。
また、試合するんでしょう? 怖いわねえ。怪我したら、大変よー」
「ええ、そうなんですけど、お母さん、あれって筋書があるんですよ。
じゃないと、私みたいな体重で、ヘビー級になんか勝てないです」
「そうなの? そうよね、そうよねー」
木瀬が渋い顔で、食卓にスプーンを並べだす。
「母さん、こいつ平気で嘘つくから。信じなくていいよ」
お母さんが、きょとんとした顔になり、ケタケタと笑いだす。
「あははは。あなた面白い娘ねえ。祐希が、明るくなったの、
きっとあなたのおかげね」
それから、しばらく食事と会話を楽しんでいると、22時近くになり、
インターホンが鳴らされた。




