罠
ゴールデンウィーク明け。
大学に顔を出すと、隣に高田由美子が座った。
こいつ苦手なんだよな。なんか、やたらと慣れ慣れしいし。
「聞いたよ。辛かったね。話聞くよ?」
辛い? なんだっけ? あ、そっか。奈津美が大平に振られたんだったな。
しかし、何でこいつ知ってんだろ?
「あ、うん。もう大丈夫。私、立ち直り早いから」
「強がらなくてもいいよ。今夜、飲もう。私、奢るから」
「大丈夫だよ。この通り元気だし。気遣いありがとうね」
「大丈夫じゃないって。ちょっと飲んで騒いだら、パーッとストレス発散できるよ?
それに、今日は空手部休みでしょ?」
「よく、知ってるね。月曜日、自主練にしたのって、4月の終わりなのに」
高田由美子の顔色が一瞬変わった。取り繕うように、笑顔を作る。
目が笑っていないように見える。
「奈津美から聞いたじゃん。4月の終わりにー。
空手ばっかりして、忘れたんじゃないのー?」
「そっか。そうだったね。わかった。今日、飲もうか?」
「ほんと?! じゃあ、楽しもうよ! 私、良い店知ってるんだ!」
「それは楽しみね」
「私、予約してくるね!」
高田由美子が廊下に出て、こちらに背中を向けて電話をかけている。
予約をすると言っていたが、話し込んでいるようだ。
高田由美子が、こちらを向いて、笑顔で手をあげる。
何か違和感がある。
俺に恨みを持った奴らは、何人もいる。
自分の女を使って、俺を罠にはめようってところか。
どこの誰だか知らんか、その誘い乗ってやる。
俺も笑顔で軽く手をあげる。
俺は、高田由美子に悟られないように、昼間はいつもと同じように接した。
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夕方の講義が終わり、俺は一度、家に戻って、着替えることにした。
左右の前腕には、ケブラー素材のプロテクターを付け、
刃物に備える。その上からブラウスを着て、プロテクターを隠す。
ケースに小型のスローイングナイフを数本入れ、セカンドバッグに入れる。
腰には特殊警棒を付け、スパッツの上からフレアスカートを履く。
左右の人差し指に指輪をはめ、ジャケットを羽織って、
鏡を見る。
少し動いてみるが、これなら普通の女子大生だ。
誰も武器を隠し持っているとは思うまい。
スニーカー型の安全靴(爪先が鉄板で保護されている)を履き、
俺は家を出て、バス通りでタクシーを拾い、待ち合わせ場所へと向かった。
待ち合わせ場所は、中洲だった。歓楽街の一角に店があるという。
中洲の交番前に行くと、高田由美子は笑顔で駆け寄ってきた。
「お待たせ」
「いいねー! 奈津美はいつもパンツだから。スカートもすごくいいよ!」
「そう? ありがとう」
会話しながら、しばらく歩くと、風俗店が立ち並ぶ通りを歩く。
普通、女二人が歩いていると、絡まれそうなものだが、
なぜか、客引き達は、すっと道をあける。
由美子って、風俗店に勤めてんのかな?
大学生ってのも案外嘘か?
いや、学生証で、出欠のタイムカードを操作してたから、
嘘じゃないか。
この若さで、風俗嬢か。かわいそうになあ。
おまけに、自分の男、今からズタボロにされるんだ。
惚れた男間違えてるよなあ。
さて、股間のものを使いものにならないようにしてやらないとな。
踵蹴りで潰すのが一番か。それとも腰骨をへし折ってやるか。
うーん。迷うなあ。
「奈津美? 奈津美ってば」
「あ、ごめんごめん。ちょっと考え事してて。
ここが、お店が入ってるビル? なんか高そうね」
風俗店にでも押し込められるのかと思っていたら、
高級クラブが入っているビルへと由美子は俺の手を引いて進んでいく。
ビルの最上階に、目的の店はあった。
エレベータホールからの景色も、結構綺麗だ。
「お店ってここ? これって、高級クラブじゃないの?」
「うん。パパがよくいってたお店でね。安くしてくれるの」
「ふーん」
店の前のドアで、由美子が黒いカードをかざすと、自動扉が開いた。
中は薄暗く、テーブル上だけ照らされ、
客たちの顔は見えない。生演奏のピアノが静かな曲を奏で、
店の奥一面が、ガラス窓になっていて、福岡市の夜景が広がっていた。
「うわー。きれー」
「すごいでしょ? 私も最初はびっくりした。
一番おくだよ」
奥へ進んでいると、和服姿の女性が親し気に話しかける。
「あらー。由美子ちゃんいらっしゃい。
最近、お父さん来てくれないと思ったら、
娘さんがきてくれるようになったなんて。
大きくなったわねえ」
「依さん、この娘、私の友達なの。
うーんといいお酒、出してあげて」
「はいはい。ちゃーんと、とっておきの取り寄せてるわ。
あら。この娘……」
「依さん、奈津美が綺麗だからって、見とれないでよ」
「あ、うん。綺麗っていうか……。あ、ごめんなさいね。
あなたが一瞬、男性に見えたから。それもなんていうか、
普通の人じゃないっていうか……。いやだ、私、ちょっと疲れてるのかしらね。
こんな綺麗なお嬢さんを捕まえて」
クラブのママと別れて、奥のテーブルに着くと、
由美子が、舌打ちした。
「どうしたの?」
「私、あの女嫌いなのよ」
「そうなの? 親し気に話してたけど」
「由美って呼べつってんのに、いつまでも由美子って、
呼びやがる。あの女は、パパに愛されてると思って、
調子に乗ってんの。娘の私の方が愛されてるに決まってるのに」
そういえば、こいつ由美子って名前なのに、周りに由美って呼ばせるんだよな。
あまり、気にしてなかったが、何かこだわりがあるんだろうな。
由美子と話していると、ボーイが高そうなシャンパンに山と盛られたフルーツ盛を
もってきた。
「きたきた。じゃあ、奈津美、乾杯しよう!」
「うん。しようしよう」
グラスを合わせ、一口飲むと、芳醇な香と、甘すぎずから過ぎず、
口当たりがいい。
これは、高い酒だぞ。
「うわー。美味しいね。でも、私、お酒弱いんだ~。
もう、ふわふわしてきたよ」
俺は、酒に弱い振りをして、首をゆらゆらと揺らす。
半眼にして、酔っているとアピールする。
「そうなんだー。大丈夫よ。酔いつぶれてもちゃんと送っていくから」
「ほんろー? おねがいねぇー」
俺はグラスのシャンパンを飲み干し、ソファーに倒れこむ。
「奈津美? 奈津美? あら、本当に弱いのね」
寝たふりをしばらくしていると、不意に男の声がした。
「由美さん、予定より大分早いっすね」
「なんか、この娘、お酒に弱かったみたい。
マンションに運んで」
「はい。上玉ですね。こりゃー、いい画が撮れますよ」
「わかってるよね?」
「はい。絶倫の奴ら揃えてますから。
この娘、朝になったら、生きてること後悔しますよ」
「じゃあ、連れて行って」
「はい」
男が俺を背負い、外へと連れていく。
車に乗せられ、しばらく走り、中洲近くのマンション前で、
車は止まった。




