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おやじ彼女  作者: ponta
天下無双
545/570

営業勝負

4月末日となった。


夕方になり、俺は悠々とバイト先だった日産販売店へと向かう。

典子が、少し心配そうに聞いてくる。


「奈津美、本当に大丈夫かな? パパは、18時に来てくれるって言ってたけど。

 今、鹿児島に行ってるんだよね。新幹線止まったりしないかな?」

 

「大丈夫、大丈夫。前も言ったろ? いざとなれば、俺の貯金でなんとかなるって」


「うーん。そんな簡単にいくのかなあ。

 あいつ、汚い手使いそうじゃん」

 

「いいから、いいから。任せなさい。がつーんとやってやっから」


しばらく歩き、日産の販売店に入ると、吉田が首から大きなカメラを下げて、

待ち構えていた。


整備の人間や、他の営業のものも興味深々といった顔で、顔を見せている。


「逃げずによくきたね。さすが、有名人だ」


「ふん。下種野郎が。あんたの土下座を見逃すわけないだろ?」


吉田は、にやっと笑って、店長の高木に声をかけた。


「店長、発表してください」


「うーん。まあ、勝負は勝負だが、ストリップなんて、させられんよ。

 大問題になる」

 

常識的な発言をする高木に、吉田が反論する前に、俺が声をかけた。


「高木さん、お店の人には迷惑かけません。私が勝手に脱いだことにしてください。

 同様に、吉田さんの土下座も勝手にやることです」

 

「いや、しかし、営業時間にそんな真似は……」


「わかりました。それでは、店の外でやります。それなら、大丈夫でしょう?」


「うーん。しかし、なあ」


吉田が、いやらしく舌をだし、自らの唇を舐めた。


「店長、いいじゃないですか。通りを歩いていた見ず知らずの女子大生が、

 急に服を脱ぎだした。我々には、何の関係もない。

 大野さん、そうだよね?」

 

「ええ。そうですよ。吉田さん、あなたが負けたら土下座するのをお忘れなく」


高木は困惑している様子で、一枚の紙を取り出した。


「では、発表します。吉田課長、65台。これは、新記録です」


社員たちから、おーっと歓声があがる。

さて、俺は何台になったかな?


「次に大野さん。大野さんの分は、藤田さんがやってくれています。

 大野さんの紹介と言われたときに、カウントしています。

 大野さん、32台」

 

社員たちが、ざわつく。ストリップ? マジか? と声がする。

藤田さんは、心配そうに俺のことを見ている。


「あはははっ。学生がよく頑張ったね。普通ならダントツトップの成績だ。

 でも、相手がわるかったね。さあ、通りにでて、ストリップしてもらおうか!」

 

「まだ、閉店じゃないですよね?」


「どういう意味だ? あと、2~3時間で30台以上売るっていうのか?」


「ええ、そうです。34台、今この場で、私が買います」


社員たちから、どよめきが起こる。


吉田は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑い出した。


「そうか。その余裕は、そういうカラクリか。でも、残念だったな。

 うちは、自分で購入した台数をカウントしない」

 

「はぁ? んなわけあるか! 負けたからって、変な言い訳すんな!」


藤田さんが、首を横にふる。


「え? マジ?」


「吉田課長が言ってるのは、本当なの。前に、それで問題になったことがあって……」


うおっ。マジか? なら、俺の負けじゃん。

こりゃ、まずいぞ。


典子が、俺の袖を引く。


「奈津美~。どうすんのよー」


高木が、余裕の顔で、顎に手をやる。


「私も鬼じゃない。生意気言って、申し訳ありません。と手をついて謝ったら、

 許してあげるよ。さあ、どうするね? 空手、日本一の大野奈津美さん」

 

「ぐっ。わかったよ。約束は約束だ。ストリップしてやろうじゃないか」


「ちょっと、奈津美ー!」


「いいって。脱ぐぐらいなんてことない。後だしじゃんけんって気もするが、

 ちゃんと確認してなかった、俺が悪い」


「はははは。聞いたか、みんな? さすが、空手日本一はいうことが違う。

 じゃあ、さっさとやってもらおうじゃないか」

 

その時、店に一見して、一般人じゃないと見える集団が入ってきた。

先頭には、渡光源の姿がある。


「パパー!」


典子が渡光源に駆け寄る。


「間に合ったようだね。さて、今、どうなってるんだい?」


「あのね、あのね、奈津美が半分ぐらいで負けてるの!

 ストリップさせられそうだったんだよ?

 パパ、何とかして!」

 

「パパに任せておきなさい。店長さんはどなたですか?」


高木が、驚いた顔で、はいと小さく返事した。


「年頃の娘を、公衆の面前で、裸にするとはどういう了見ですか?

 本来なら、けじめを取らせてもらうところですよ」

 

渡光源の言葉と同時に、周りにいる黒服たちが、殺気だってきた。

高木は、ぶるぶると震え立ち尽くす。


「だが、私もこういう勝負事は好きでね。

 大野さんが、負けている分、私が車を買いましょう」

 

「え? お買いいただけるんですか?」


「ええ。私はちゃんとした会社も持っていましてね。

 営業車をそろそろ入れ替えようと思っていたところなんです。

 典子、大野さんは何台負けてるんだ?」

 

「34台よ。さすが、パパね! 奈津美、パパに感謝しなさいよ!」


「ありがとうございます。助かりました」


「いいよ。いいよ。君には借りがある。では、契約書をもってきてもらえますか?」


「はい。すぐに」


奥へ駆けだそうとする高木を、吉田がするどい声で止めた。


「店長! だめです!」


「な、なにを言い出すんだ、吉田くん。34台も買っていただけるんだよ?」


「反社会勢力への利益供与は、厳禁のはずです!」


渡光源の目がぎらりと光った。


「いま、会社の営業車といったはずだが?

 面と向かって、この渡光源にそういう口をきくと、どうなるかおわかりかな?」


「店長、警察呼んでください! これは、脅迫です!」


「吉田君、何を言ってるんだね? 君が負けを認めれば、丸く収まるんだよ?」


「店長、私にもプライドがあります。未成年の学生に負けたとあっては、

 営業なんて、やってられませんよ!」

 

ほう。こいつ、案外気概があるんだな。ヤクザ目の前にして、ふつうこんな口きけないぞ。

なら、負けを認めるしかないか。


「渡さん、いいんです。私の負けです。

 ちょっとそこの歩道で脱ぐだけですから。

 こんなことで、警察沙汰にでもなったら、申し訳が立ちません」

 

渡光源がしばし俺を見つめる。


「まったく、君は言い出したら聞かないからな。ならば、この者らに君の壁にならせよう。

 あなたもそれでいいですか?」

 

渡光源が、吉田を睨みつけると、吉田は汗だくの顔で、大きく頷いた。


「ちょ、ちょっと、パパ!」


「典子、いいって。もとはと言えば、俺がこんな勝負するのが悪い」


「でも~」


「大丈夫だって。この人たちが、壁になってくれるなら、大事なところは見られないよ。

 吉田さん、あなたは近くに来ていいですよ。私の負けなんですから」


外に出ようかとしていると、吉野さんがすっと入ってきた。


「おやおや。これは、盛大なお出迎えじゃな」


「吉野さん、どうしたんですか?」


「どうしたって、車を買うものを紹介するんじゃろ?」


「ええ。そうですけど。勝負は負けちゃいましたし……」


「おや? これは、渡さんじゃないですか。奇遇ですな」


渡光源が、会釈する。二人は知り合いだったのか。


「10人買いたいと言ってきたよ。これで、勝てたかね?」


「10人も。ありがとうございます。

 でも、私、あと34台売らないと負けなんですよ。

 お手数おかけしました」

 

「なら、儂が30台買おう。それなら大丈夫じゃろ?」


吉田が、近寄ってくる。


「部外者は、引っ込んでてもらえませんか? まったく何が30台買うだ」


吉野さんは、いつものようにみすぼらしい身なりをしている。

とても、金持ちには見えない。


高木が、驚いた顔で、吉田をどけた。


「これは、これは、吉野さん。こんなところに来ていただけるとは」


吉野さんは、高木をちらりと横目で見る。


「これで、大野さんの勝ちなのじゃな?」


「ええ、ええ。それはもう」


吉田が、納得いかない様子で、高木に抗議する。


「店長、何を言ってるんですか? さっき、この娘は負けを認めたんですよ?

 私の勝ちじゃないですか!」

 

「君は、この方をご存知ないのか? 

 福岡支店のビルのオーナーだよ!」

 

「え? 嘘でしょ?」


「いまは、ただの客じゃよ。さあ、契約書をもってきてもらえんかな?」


「た、ただいま!」


高木が、事務所へ走っていく。

吉田は、うなだれて、私の負けだと呟いた。


「うわっ。最後の最後に大逆転ですね」


俺は大げさに驚いて見せて、吉田に笑いかける。


「土下座するよ。すればいいんだろ?」


俺の前で、土下座しようとしたので、俺は吉田を止めた。


「私じゃありません。藤田さんにしてください」


「なんで、藤田に?」


「仕方ないなあ。耳の穴かっぽじって、よく聞けよ。

 平成生まれがどうだとか、女はなってないとか、

 そんなこと言ってるから、お前は俺に負けたんだよ。

 学生のこんな小娘にな。

 いいか? お前は確かに営業としては、優秀だ。

 だがな、課長っていう役職には、

 部下を育てるっていう大事な役目もあるんだよ。

 自分の部下なら、努力している姿を見てやれよ。

 褒めて伸ばしてやれよ。

 けなすだけなら、誰にでもできんだよ。

 わかったか、このボケナス!」

 

「う、くっ……」


「ふん。図星だろ? あんたは、日頃のストレスを、部下にぶつけてた。

 そういうとこ、直しな。そしたら、あんたもっと伸びるよ。

 俺が保障してやる。この顔の広い、大野奈津美様がな。

 だからさ、あんた部下に少しは優しくしてやれ。

 部下が頑張ったら、頑張ったなって声かけてやれ。

 人間つうのはな、感情の生き物なんだ。

 ちょっとした心遣いで、変わるもんなんだよ。

 俺さ、あんたの気持ちわかんだよ。

 営業ってさ、ノルマあって厳しいけど、

 直接、売り上げに結びついてるし、達成感ってすごくあるよな。

 成績あげてると、全部、自分がやってるような気がしてくるんだけど、

 そうじゃないんだよ。総務や経理といった管理部門、友人、知人、お客様、

 そのすべてと持ちつ持たれつで、やってんだよ」

 

吉田は苦笑いする。


「君のことを若い娘だと馬鹿にしてたが、なぜだか君の話を聞いてると、

 年季の入った営業マンと話してるような気がしてくるよ。

 私の完敗だな。営業は人脈が命。君の人脈はすごい。

 私が定年まで頑張っても、そんな人脈は作れないよ」

 

「そう? まあ、私って、すごいから。じゃ、藤田さんに謝ってもらえます?」


「そうだね。約束だ」


吉田が、藤田さんの前に行き、膝をつくと、藤田さんは吉田の肘を引っ張った。


「止めて、ください! こんなの私、いやです!」


「いや、これは大野さんとの約束だから。それに、今まで確かにひどいことをした」


「いやです。立ってください!」


俺は二人に近づく。


「しかたないなあ。藤田さんが嫌というのなら、土下座は私にしてください」


吉田が俺の前で、両手をついて、頭を下げる。

俺は、腰に左手をやり、口に右手をあてて、高笑いする。


「おほほほほ! なんて、無様なんでしょう?

 悔しいでしょうね? 大の男が、わたしみたいな年下の女に頭下げて。

 あー、気持ちいいー! すっとするー! 最高!!」


店員たちは、皆、ドン引きという顔をする。

典子が俺の横にやってきて、腕を引く。


「ちょっと、奈津美! やり過ぎでしょう?」


「はん。いいんだよ。勝負は勝負。こういうのは、最後までやったほうがすっきりする。

 なあ、吉田さん、そうだろ?」


吉田が顔をあげ、立ち上がる。


「そうだな。勝負に負けたんだから、当たり前だ」


「そう。それでこそ、昭和生まれだ。で、もう一つの約束も忘れてないよな?」


「もう一つ? ああ、誰かを雇うって話かい?」


「そうそう。それそれ」


「その話なら、店長も了承してるし、福岡支社にも話は通ってるから。

 それに、君の知人なら、ちゃんとした人だろうしね」

 

「ありがとうございます。これで、丸くおさまりましたね」


殺気だっている渡光源に俺は微笑みかける。

渡光源は、軽く頷いた。


「そうだね。大野さんのおかげで、吉野さんともお近づきになれそうだ。

 だとすると、私も無駄足ってことにはならなかったわけだ」

 

「よーし、じゃあ店長のおごりで、みんなで飲みにいきましょうか?」


高木が驚いた顔で、止める。


「ちょっとちょっと! こんな大人数でかい?

 そんな金、とてもじゃないが……」

 

「何いってんですか? 決算終わった後に、120台も車売ったんですよ?

 特別ボーナスでますって。それに、典子のお父さんのお店なら、安くしていただけるはずです」

 

渡光源を再び見ると、苦笑いしていた。


「本当に、君には敵わないな。わかったよ。私の奢りにしよう」


俺は社員たちに、ジャスチャーする。


「ほら、皆さん、お礼、お礼!」


社員たちは、一斉に頭をさげた。


『ごちそうになります』


それから皆で、楽しい一時を過ごした。

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