悩み
「……。私と組手するときは手を抜いてたんですね」
「ああん? んなわけあるか。本気でやってるよ」
「じゃあ、どうしてなんですか?」
「お前、気付いてないのか?」
「わからないから聞いてるんです」
「んだよ。手も足も出なかったからって、
怒んなよ。俺様は、無敗の伊藤様だぜ。
あ、いまは違ったな。ガハハハ」
「茶化さないでください。私には空手しか残ってないのに、
勘違いしてただけなんて、悲しすぎます」
「困ったちゃんだな。お前は強いよ。間違いなく。
お前、俺が行く前に何人倒した?
中には骨折してるやつもいた。
動く人間に、そんなダメージを与えられるなら、
弱いはずないだろう?」
「だって、伊藤さんには2発でやられちゃったし……」
「わーったよ。教えてやる。
お前はな、頭に血が上ると、直線的にしか攻めてこないんだ。
おまけに、9割方左の跳び膝蹴りをだす。
いくら速くても、来る方向と技がわかってたら、
交差法で、仕留めれる。あ、普通の奴は無理ね。
俺クラスだから、できること。ガハハハ!」
「結局、私は未熟なんですね。磯野正の力がないと、
無理なんだ」
「はーん? どうした? 今日はやけに弱気じゃないか。
何か、あったのか?」
「大平君に振られちゃいました。振られるわ、
叩きのめされるわで、今日はホント最悪です」
「ふーん。そうかあ。それは大変だなあ」
伊藤さんは、どうでもいいとでも言いたげに、
ぶっきら棒に答える。
「ちょっと、真面目に聞いてください」
「聞いてるよ。だが、ちっぽけなことだと思ってな。
そんなことで、何を悩んでるんだか」
「どうせ、私はちっぽけな人間です。
強いと思いこんでただけの、おかざりですから」
「だから、お前は強いって。
技は一流、速さは超一流。後は、駆け引き覚えりゃいいんだよ。
頭使えよ。大学生だろ?」
「あーあ。何でこうなっちゃったかなあ。
子供の時って、このぐらいの時は、すごく幸せになってると
思ってたのに。私の人生、辛いことしか待ってないみたい」
「お前なー。振られたぐらいで落ち込みすぎだぞ?」
「振られたぐらいって簡単に言わないでください。
私は真剣だったんです」
「彼氏なんて、今からいくらでも作れるだろうが。
女子大生で彼氏いる人間なんて、わんさかいるぞ。
ましてや、空手界のアイドル、大野奈津美様なら、
簡単だ」
何故だろう。伊藤さんと話してると心が軽くなってくる。
一見ガサツで、乱暴者に見える伊藤さんだけど、
心は温かい。
私は伊藤さんの首に抱き付いた。
「ありがとうございます。ちょっと楽になりました」
「ん? そうか。とにかくあれだ。
人生いろいろあって当たり前。
そこらへん歩いてる人たちも、皆、それぞれにいろんな経験してんのさ。
それに、考えようによっちゃチャンスだぞ?
フリーになったなら、男は選び放題だ。
もっといい男を見つけりゃいい」
「そうですね。伊藤さんを誘惑するとか」
「ガハハハ! そうだな。俺みたいな奴はなかなかいないからな。
圧縮バット5本まとめて、ローで折るような奴は。
しかし、俺を誘惑したいなら、もっとこう胸がないとな」
私は伊藤さんのほっぺを引っ張る。
「誰が、胸がないんですか! せっかく、ちょっと感動してたのに!」
「いててっ。引っ張んな!」
すっと、男が強まる。
感覚が、変わっていく。
「おろ? 磯野さん?」
「おう。お前、よくわかるな」
「ええ。最近は、わかるようになりました。
さっさと出て来てくれないと。年頃の娘が悩んでんだから」
「こういうのって、自分で乗り越えるもんだろ?
俺が出て来て、それで誤魔化してたら、奈津美のためにならない。
でもまっ、礼を言っとくぜ。ありがとな」
「かわいい後輩ですからね」
「でもな、胸はないは余計だっつうの」
伊藤を殴ろうとしたら、腹がずきんと痛んだ。
「いつつつ。お前、女蹴るときは加減しろよー。
当分、飯食えねえぞ。これじゃ、強制ダイエットだ」
「いいじゃないですか。スリムになって。ガハハ!」
「これ以上なって、どうすんだって話だよ」
「そうそう、いい話があるんですよ。
ブレイブのトーナメントのオファーきてますよ」
「お、マジか? いいねえ。傷心の俺にはぴったりだ」
「傷心なのは、大野でしょうが。
俺と木村にもきてます。日本代表が光臨館ばっかでいいのかって感じっすけど」
「そうか。なら、初の日本人優勝はもらったな」
「そうすね。しかし、ブレイブ所属の選手しかトーナメントに、呼ばれなかったのに、
急にどうしたんですかね?」
「お前は、日本人で唯一負けなしとかで、人気だったし、俺はこの美貌だろ?
木村もかっこいいから、客呼べそうだし」
「ガハハハ! そうすね。いやー、楽しみだ。
ロシアのボルガノフつうのが、すごいんですわ。
一回やってみたかったんです。ほかの目ぼしいのは、
シングルで軒並み倒しましたから」
「あれだろ? ロシアンフック連発してくる奴だろ?
あいつは、怖いなあ。俺は遠慮しときたいね。で、試合はいつだ?」
「6月っす。急にオファーがきたのは、欠員が出たとかなんとか」
「よし。早速今日から、対戦相手の研究だな」
「押忍」
それから、光臨会に行き、対戦相手となるであろう者たちのDVDを観た。




