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おやじ彼女  作者: ponta
天下無双
543/570

道場破り

中央駅から大通り沿いに30分程走った雑居ビルの一角に、

至誠館の支部道場はあった。


私は階段をゆっくりと上がっていく。

ガラスドアの前に立つと、目が赤く腫れた惨めな姿が映る。

私は、自分の姿を見るのが嫌で、ドアを乱暴に開け、中に入った。


受付らしきところには、誰もおらず、

下駄箱に、たくさんの靴が並んでいる。


土曜日ということが幸いしたようだ。獲物は多いに越したことはない。

靴を脱ぎ、靴下も脱いで裸足になって、奥へと進む。


威勢のいい掛け声が漏れてくる引き戸の前で、大きく息を吐き、戸をあけた。

ムワっとした熱と、汗の臭いが体にまとわりついてくる。


20人程の集団が、一斉に正拳突きを繰り出している。

私は、端を通って、正面で稽古を見守る黒帯を締めた人物の元へと近付く。


男は、おや? という顔をして、笑顔で私に近付いてきた。


「こんにちは。入門希望者かな?」


「こんにちは。大野奈津美と申します」


「大野奈津美さんか。良い名前だね。ちょっとやってみるかい?

 女子部は水曜なんだけど、うちは他のクラスにも自由にきてもらって、

 構わないことになっているから」


「見学じゃありません。看板をもらいにきました」


「看板? あははは。君、面白いね。道場にとって、看板は顔だよ?

 はい、そうですかって渡せるわけがない。

 道場破りは、何されても文句言えないんだよ?」


私はわかってないと首を振ってジャスチャーする。


「光臨会の大野奈津美です。襲った相手をお忘れですか?」


「何?!」


男が離れて、身構える。

道場生たちは、何事かと動きをとめ、事の成り行きを見守っている。


道場生たちは、色帯だ。

どうやら、初心者クラスらしい。


「皆さんこんにちは。光臨会の大野奈津美です。

 お礼参りにきました。

 この場に居合わせたことを不運と思ってください。

 では、いきます」


跳び膝蹴りで、一番近くにいた男の顎を砕く、

着地してすぐに、右の男の鳩尾に、左の貫手を入れ、

前のめりにさせて、右の猿臂を側頭部に入れて、倒し、

体の向きを変える。

呆気に取られている左の男の、右ひざを踵蹴りで砕き、

倒れたところで、頭を蹴って失神させる。


倒れたものの呻き声だけが、道場に響き、他のものは

恐怖で動かない。


「数の多いうちに、かかってきた方がいいですよ。

 もっとも、私の相手になるような人は、いなさそうですけど」


黒帯の人が、脂汗をかきながら、私を非難する。


「な、なんなんだ? いきなりきて、なんということを?!

 こいつらは、空手をはじめて、1年経ってない初心者なんだぞ?

 それを君は!」


私は男に冷たい視線を送る。


「そう思うなら、私を倒したらいかが?」


男に近付くと、男は手の平を向けて、戦いを拒否する姿勢をとる。


「や、やらんぞ、私は! こんなむちゃくちゃなこと」


「そう。なら、寝てたら?」


私は左右の上段回し蹴りを男の頭部にいれ、

倒れたかかったところで、右の猿臂を男の側頭部にいれて倒した。


恐怖で固まっている道場生に向かって、微笑みかける。


「私ね、虫の居所が悪いんです。あなたたちも無事ではすみませんよ」


一番後にいた男が、道場から逃げ出し、他のものも続こうとしたので、

私は、男たちを蹴散らす。


3,4人が道場から逃げ、私は入口まで走って反転し、

逃げようとパニックになっているものたちを、次々と倒す。


五分も経たない内に、道場に立っている者はいなくなった。


動きを止めると、悲しさが再び襲ってくる。

ぽろぽろと涙が零れ落ちる。


あんなに愛し合ったのに。

あんなに好きと言ってくれたのに。

なぜ、大平君は私の元から去ってしまったのだろう。


ふと、うめき声を上げる男たちが目に入る。

そうか。当たり前か。私のような狂った女、まともに愛してもらえるわけがない。


なら、とことんまで狂ってやる。立ち塞がる相手、全てを倒して、

とことん恐れられる存在になってやる。


しばらく、そのまま待っていると、ようやくバタバタと足音が聞こえてきた。

警察か、至誠館の人間かの、いずれかだろう。


昔、伊藤さんは柔剣道の有段者である警官、十数人と渡り合い、

そのほとんどを倒した。


伊藤さんが、十数人なら私は倍の三十人を倒してやる。

女の私なら、油断して最初から警棒を持つなんてことはないはず。


戸口に注目していると、バタバタとした足音が近付いてきて、

ガラリと戸が開けられた。

息を切らせて、伊藤さんが入ってきた。


「伊藤さん? どうして、ここに?」


伊藤さんは、床に倒れた男たちを踏まないように、私の方まで近付いてきて、

私の右手を引いた。


「帰るぞ。後の話は、山下師範と俺とでしておく」


伊藤さんの手が、私の前腕に食い込む。


「痛い! 放して!」


「こんな馬鹿なことしやがって。それぐらい我慢しろ」


私は伊藤さんの手を振り払う。


「放してって言ってるの!」


伊藤さんは、ふーっと大きなため息をついた。


「お前、自分がやったことわかってるのか?

 下手したら事件にされるぞ。

 そしたら、せっかく入った大学も辞めなければならん。

 こういうのはな、無理矢理でも言質取っとくんだよ。

 正式な交流試合を承諾したとかな」


「そんなのどうだっていい」


「なんだ? 今日はやけにツンケンしてるな。

 磯野さんの感じも全然ない。

 彼氏と喧嘩でもしたのか?」


伊藤さんの言葉に、私にカッと火がついた。


「関係ないでしょ?

 人のプライベートに土足ではいりこまないで!」


「あー、わかったわかった。とにかく帰るぞ。

 もうすぐ救急車がきたりして、騒がしくなる」


「子供扱いしないでもらえますか?

 私は五段ですよ。伊藤さんより段位は上」


「……。わかってると思うが、

 それは磯野さんと合わさっての段位だろ?」


伊藤さんが、私の右側へと少しずつ移動する。

いける。今の位置なら、跳び膝蹴りが当たる。

磯野正の力を借りずとも、最近は伊藤さんから10本中、

2,3本は取れてる。

 

私は思い切り高く跳んだ。


「ぐっ?!」


体が空中で止まり、お腹に何かが突き刺さった。

胃液を吐きながら、床に背中から落ちる。


急いで起きると、伊藤さんは構えもせず、私の右前方に立っていた。


「げふっ、ごぼっ、ぐふっ」


反吐を止めようとするが、自分の意思に反して、

嘔吐は止まらない。


息が苦しい。お腹に鉛を流し込まれたみたいに、

体が重い。


「五段がなんだって? ん? どうした?

 降参するか?」


今のは、たまたまだ。私は確実に伊藤さんより速い。

2回も偶然は重ならない。


三段だ。三段跳び膝蹴りができる人間は、世界で私一人。


私は思い切り跳んだ。左の膝蹴りを出す前に、伊藤さんの前蹴りが、

鳩尾にあたった。


「ぐええっ」


今度は、腹這いに床に倒れ、反吐を吐く。血が混じってる。

動けない。体が痺れてる。


「まったく、手のかかるお嬢さんだ。帰るぞ」


伊藤さんは、私を背負い、道場を後にする。

手も足も出なかった。

強いと思ってたのは、錯覚だったんだ。


両親は他界し、最愛の大平君も去ってしまった。

私には、空手しか残ってなかったのに……。

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