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おやじ彼女  作者: ponta
天下無双
542/570

裏切り

文庫本を読みながら、講義が始まるのを待っていると、

後方にいる男子たちの雑談が耳に入ってきた。


「あれ、絶対大平だって」


「大平って、もうすぐ世界戦じゃないの?

 デートなんてする余裕ないだろ?」


「いやいや、間違いないって。俺、間近で見たもん」


この前、大平君と一緒のところ見られちゃったみたい。

嬉しいような、恥ずかしいような複雑な気持ちだ。


「しかし、よくあんなケバイ女と歩けるよなあ」


ケバイ? そんなわけない。私は清楚な雰囲気と言われる。

派手な服なんて、ほとんど持っていないし、化粧だってナチュラルメイクだ。


「あれ、絶対水商売の女だよ。紫の口紅なんて、俺やだねー」


水商売? 紫の口紅? 私じゃない。どういうこと?

私は席を立ち、雑談をしていた男子たちの近くにいき、話しかける。


「今の話、詳しく聞かせてくれない?」


「え? いいけど」


「どこで大平君を見たの?」


「キャナルの近く。中州の方へ歩いて行ったから、キャバクラ嬢かなんかと一緒だったと思うよ」


「それって、ただ近くを歩いていたってことじゃないの?」


「いや、女の方がべたべたして、雄平君っていってたから、

 付き合ってんだと思うよ」


一瞬眩暈がした。

浮気? いや、大平君に限ってそんなことない。


私のことを愛していると言ってくれた。幸せにすると言ってくれた。

大平君の目は、それが真実の思いだと告げていた。


私は荷物をまとめて、教室から出た。

廊下に飛び出して、急いで大平君の携帯に、電話をかける。


ワンコール、ツーコール、スリーコール。

大平君は出ない。


留守電に切り替わり、私は伝言を残す。

LINE、メールでメッセージを送る。


1分待っても、返事がこないので、私はイヤホンマイクをスマホにさして、

繰り返し、大平君に電話しながら、自転車に乗り、茂野ボクシングジムを目指した。


茂野ボクシングジムに着くと、大平君はサンドバックを叩いていた。

練習中で、電話に出られなかっただけだとわかって、少しホッとする。


そうだよね。大平君は異性にそこまで興味もってないもんね。

浮気なんてするはずない。


笑顔を作って、ジムの中に入る。


「こんにちは」


ジムの人たちに挨拶していると、ワセリンや革の匂いに混じって、

甘い香水の臭いが漂ってきた。


大平君の近くのベンチに、赤に近い茶髪で、濃い化粧をした女性が座っていた。

胸元は大きく開いていて、胸が半分以上見えている。

極端なミニスカートで、下着が見えそうだ。

私の心は、ざわつきだす。


大平君は、私に気付くと、サンドバックを打つ手を止めた。

大平君は、何も言わない。ただ、悲しそうな目で私を見ているだけ。

たった一言、誤解だと言ってくれたら、それでいいのに。


会長さんが駆け寄ってくる。


「奈津美ちゃん、気にしないでくれ。

 あの女は、あれだ。大平と施設で一緒だったとかいうだけで、

 今日は見学に来ているんだ。返せというのに、聞かなくてね」


会長さんの顔が引きつってる。無理に体裁を取り繕うとしてる。

だとすろと、本当にこの女と?


冷静でいようとする思いとは裏腹に、血液が体を駆け巡り、

視界が狭まっていく。

女が立ち上がり、大平君の肩に手を置いた。

汚い肌で、勝ち誇った顔をする。


「あー、この女が、雄平の前の女?

 だっさいねえ。いいとこのお嬢さんって感じ。

 あんたみたいな退屈な女、雄平は嫌いだってさあ」


頭をハンマーで殴られたような衝撃で、私はよろけてしまった。

いや、まだ決まったわけじゃない。この女が勝手に言っているだけだ。


私はやっとのことで、口を開く。

口の中が、カラカラに乾いている。


「お、大平君、嘘だよね? 何かの冗談だよね?」


そうだ。冗談に違いない。これは、遅れてきたエイプリルフールだ。

私は、自分の言葉に勇気付けられる。


「大平君、私のこと愛してるって言ってくれたよね?

 二人の将来のこと、考えてるって言ってくれたよね?

 世界チャンピオンになったら、プロポーズしてくれるって

 言ったよね? そうだよね?」


女がケタケタと笑う出す。


「そんなの嘘に決まってんだろー?

 初めての男だからって、うぜえんだよ。

 まったくよー」


会長さんが、女を非難する。


「お前は、何なんだ?!

 大平には、奈津美ちゃんっていうキチンとした彼女がいるんだ!

 ここは、お前のような女が来るところじゃない!

 さっさと家に帰れ!」


女はデカイだけの胸を張って、偉そうに吠える。


「何とでもいいなよ。でも、雄平は私を選んだ。

 この私をね。

 雄平、こんなジムなんかに来なくたって、あんたなら、

 世界チャンピオンになれるって。

 ごちゃごちゃ煩いところは、こっちから出てやろうよ。

 ね?」


大平君は、無言のままパンチングブローブを外すと、

会長さんに深々と頭を下げた。


「大平? お前、辞めるっていうのか?

 あと、もう少しで世界に手が届くってのに?!」


会長さんはブルブルと震えている。

この女だ。この女が諸悪の根源だ。

ならば、私の取る行動は一つ。


女を仕留めようと近付くと、大平君が体を入れてきた。


「庇うんだ。あははは。私、騙されてたんだ。勝手に舞い上がって、ばかみたい」


大平君が、本当にこの女の物になったのだとわかって、

私の両目からは、どこにこんなに涙があったのかという程、

涙が流れ落ちる。


「わかった……。もう私たちはダメなんだね。なら、二人まとめて壊してあげる」


私が三奪を使おうと、低い姿勢になると、会長さんが跳びついてきた。


「奈津美ちゃん、堪えてくれ! こんな馬鹿でも、俺が手塩にかけて育てたんだ。

 潰されるのは忍びない! 頼む、堪えてくれ!」


「会長さん、離して! 離さないと会長さんも!」


「大平! 消えろ! 消えちまえ! 俺が奈津美ちゃんを抑えている間に!

 お前ら手を貸せ! 早く!」


ジムの人たちが、集まってきて、みんなで私を抑え込む。

大平君は、女と一緒にジムを出て行った。


私は、力を抜き。その場にへたりこむ。

会長さんが、すまないと言って、何度も頭を下げる。


会長さんが抑えてくれなければ、私は確実に大平君のボクサー人生を終わらせていた。

ことによれば、女を殺していた。


「すみません。取り乱しました」


「奈津美ちゃん、少し時間をくれ。あの馬鹿には俺が言って聞かせるから。

 必ず、君の元に戻らせるから。

 誰がどう見ても、あんな女と付き合っては、大平は終わりだ」


「会長さん、いいんです。好きになるって理屈じゃありません。

 大平君は、私じゃなく、彼女を選んだんです。

 彼女に運命を感じたんです。

 それに、私って、案外モテるんですよ?

 大学生になったことだし、新しい彼氏を見つけます。

 さてと、帰りますね」


ジムを出て、自転車を押しながら、とぼとぼと歩く。

我慢しようと思っても、涙が溢れ、止まらない。


この惨めで、悲しい気分を晴らすには、生贄がいる。

そうしないと私は、大平君を再起不能にしてしまいかねない。


その時ふと頭に、この間、ちょっかいをかけてきた至誠館のことが浮かんだ。

自転車で30分も走れば、南区の支部道場にいける。

私は至誠館へ行くことにした。

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