訪問
「平田、原田! 戻ってくれるのか?」
「俺は戻る。強くなるために、空手部に入ったんだしな」
「俺もだ。このまま、やられっぱなしじゃ、なんか悔しい」
俺は三人に歩み寄る。
「改めてよろしく。一緒に頑張りましょうね」
スキンヘッドの平田が、眉を潜める。
「ほんと、こうしてると普通の女の子だよなあ。
こんな細くて、めちゃくちゃ強いなんて、今でも信じらんねえよ」
大柄で、185cmはある原田が、うんうんと頷いた。
「まったくだ。こんな女みたことない」
俺は原田に、思い切りボディブローを打った。
硬い腹筋に、拳が押し戻される。
「なんだ? いきなり?」
「鍛えてんなあ。不意打ちだったのに見事だ」
「やっぱ女の力だ。なんでこんなパンチで、ぶっ飛ばされるんだ?」
「もう一発食らってみるか?」
「いつでもどうぞ」
俺は真正の突きで、腹を殴った。
原田は、体を九の字に曲げ、苦痛に顔を歪める。
「女の力がなんだって?
俺はこういうのが打てるんだよ。
まあ、よろしく頼むわ」
「うっく……。よ、よろしく」
上島が、呆れ顔で俺を見る。
「また、磯野さんは意地悪だなあ。
あのな、磯野さんは光臨会の大先輩なんだよ。
敬意を払えよ。お前ら」
二人が、顔を見合わせる。
その二人の肩を、真鍋さんがバンと叩いた。
「よし! なら着がえてこい!
練習開始だ!」
『押忍!』
それから、真鍋さんに練習を見てもらい、いい汗を流した。
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19時過ぎに練習が終わり、俺は自転車で典子の家に向かった。
南西大学から、典子の家までは3Km程度しか離れておらず、
15分程度で着いた。
門前で自転車を降りると、スウェット姿で、無精ひげを生やし、ぼさぼさ頭の男が、
へこへこしながら挨拶してきた。
「お久しぶりです。へへへっ」
誰だろうか。見た覚えはないが。
「こんばんは。どこかでお会いしましたか?」
「高田ですよ。お忘れですか?」
高田? 前にベンツに乗せてくれた奴か。
確か、組長として一家を構えていたはずだが、この落ちぶれようはどうだ。
「高田さん、どうしたんですか?」
「へへへ。下手打って、破門されてたんですが、
大野さんのおかげで、復縁してもらいました。
一兵卒からやり直せってことで、いまじゃ雑用しています」
そうか。こいつは、マムシの連中が俺にちょっかいかけてきていたのを、
解決したと言っていた。
そのあとに、俺が襲われたので、典子のお父さんがキレたんだな。
しかし、俺、なんか言ったっけ? こいつが破門されたのも知らなかったのに。
まあ、いい。ヤクザの世界に興味はない。
その時、敷地内から黒いスーツ姿の、いかつい奴が出てきて、林の背中に蹴りを入れた。
林はバランスを崩して、片膝をつく。
「高田! 玄関前を掃いとけつったろうが! 手前は、まーだ直参のつもりか!」
「す、すみません。へへへっ。すぐやります」
高田は俺にぺこりと頭をさげ、敷地内へとかけていく。
「ふん。ヘタレが。大野奈津美さんですね? お嬢様がお待ちですよ。
どうぞ、こちらへ」
「はい。ありがとうございます」
黒服に続いて、門をくぐると、松葉箒を持った高田が、庭を掃いていた。
前は、それなりに風格があったが、可哀そうに。
ヤクザなんて、やるもんじゃないな。
玄関から邸内へ入り、廊下を奥に進むと、典子の声が聞こえてきた。
『何やってんの! なんでこんなのを買ってくるのよ!!』
うわっ。なんか不味い時に来ちゃったかな。
黒服がドアをノックして、ドアを開け、隙間から中を覗き込む。
「お嬢さん、大野さんが見えられました」
「通して」
部屋に入ると、典子が正座したチンピラを叱りつけていた。
「典子、どうしたの?」
「奈津美、聞いてよ! こいつったら、第六世代を買ってきたのよ?
馬鹿かってもう! 赤松! もう一回、お店にいって、取り替えてきてもらって!
ダッシュよ、ダッシュ!」
「へ、へい!」
チンピラが部屋を飛び出しても、典子はぶつぶつと文句を言っている。
「何を買ってきてもらったの?」
「CPUよ。CPU。第七世代が出たばっかだから、買いに行かせたら、
あいつ第六世代買ってくんのよ? ほんともう、使えないったらありゃしない」
典子の部屋は、10畳ほどの部屋に鉄製の棚が並べられ、パソコンの筐体が並んでいる。
机には、でかいモニターが3つ並べられ、三面鏡のように置かれていた。
「典子って、パソコン好きだったんだね。知らなかったよ」
「奈津美、これ内緒ね。女でパソコン好きっていうと、変な目で見られるしさ。
私ね、FPSが好きなのよ。だから、反応がいいPC自作してるの」
「ふーん。そうなんだ。それは、そうとお父さんにお願いしたいことあるんだ。
いい?」
「うん。いいよ。リビングでお父さん待ってるから、行こうよ」
典子と二人で、リビングに行くと、渡光源がくつろいでいた。
俺を見ると、立ち上がり、破顔して迎えてくれた。
「よく来てくれたね。ささ、座って座って。大野さんに、コーヒーをお出ししろ」
若い者に指示を出すときは、威圧的な目になる。
さすが、九州一円を勢力圏とする六道会のトップだ。
「ご無沙汰しておりました。典子とは同じ大学になりましたので、よろしくお願いします」
「聞いてるよ。君が一緒だと典子も安心だ」
典子がお手上げのポーズを取る。
「この前なんて、絡んできた奴ら、あっという間にぶっ飛ばしちゃうんだもん。
さすが、奈津美って感じ」
「ははは。下手なボディガードも真っ青だな。で、大野さん、頼みというのは何だね?
君の頼みなら、大概のことは聞くよ」
「そうそう、パパ。奈津美が困ってるのよ。エロ親父から助けてあげて。
車をどっちが多く売るかで、競争してて、負けたら奈津美がみんなの前でストリップさせられるの」
「何?」
渡光源の顔が険しいものになった。
目に凶暴な光が宿っている。
このおっさん、殺すとか言いかねないぞ。
「わかった。今、アルバイトをしてるところにいる男なんだね?
早速、明日にでも誰か行かせて、止めるように言い聞かせよう。
もう大丈夫。私に任せなさい」
「あ、いえ、私が今日来たのは、止めてほしいわけじゃなくて、
ちょっと車を買う人を紹介いただけませんかということでして。
一度受けた勝負を投げ出すのは、なんだか嫌なんです」
渡光源は、苦笑いして、お茶を一口飲んだ。
「相変わらず、面白い娘だ。よかろう。何台買えばいいんだい?」
「あ、いえ、知り合いにも声をかけているので、本当に買う人を探していただけるだけでいいんです。
いざとなったら、自分で車を買って、勝ちに持っていきますので」
「はははは。君は、豪胆だね。本当に私の配下に加えたいよ。
まあ、典子に怒られてしまうから、それもできんがね。
わかった。知り合いに声をかけて、車を買いそうな者を見つけておこう」
「ありがとうございます。4月末までの勝負なので、よろしくお願いします」
典子がぶすっとふくれっ面になる。
「パパに潰してもらった方がいいのに。ほんとに勝てるんでしょうね?」
「大丈夫だって。タクシー会社が20台って言ってただろ?
それから、いままでに10台ぐらい売ってるから、
30台。月末までということを考えて、多くて40台ってところだろ?
軽自動車なら、俺の貯金で50台以上は買えるよ。買ってすぐに売れば、そんなに損しないし、
大丈夫だって」
「うーん。それならいいけどー」
渡光源が、くすっと笑った。
「典子、パパに任せておきなさい。台数が足りなそうだったら、
パパが20台でも30台でも買ってあげるよ。
お前の親友にそんな恥ずかしいことはさせないさ」
よしよし。これで、勝ちはもらったな。あのおっさん、悔しがるぞ。
ざまあみろってんだ。
「話しは変わりますが、高田さんどうされたんですか?」
「会ったのかね?」
「ええ。前は、組長さんをされていましたよね? 私のことで、破門になったとか」
「ああ、そのことか。実を言うとね、林は、シャブ、覚せい剤に手を出してね。
君のこともあったし、破門にしたんだよ。
だが、君が破門を解いてくれというので、一兵卒からやり直させている。
本来なら、博多湾に沈めているところだ」
なるほど。前々から処分しようとしていたところに、俺の一件があったので、
それを理由にして、追い込んだんだな。
俺の一件だけで、破門にするってのは、どう考えてもおかしいもんな。
「そうなんですか。ヤクザの世界って厳しいんですね」
「ははは。まあ、そんな話はいいじゃないか。
出前を取っているから、一緒にいただこう。
君の武勇伝をゆっくりと聞かせてくれ」
それから、食事をご馳走になり、楽しい一時を過ごした。




