勝負
バイトが終わりに、飲み会に誘われた。
店長の高木は、今日だけで8台も成約したと上機嫌で、
近所の焼き鳥屋に連れて行ってくれるという。
焼き鳥屋までは、女子社員が案内してくれた。
「お疲れ様。すごいよね。あなた目当てに20人以上きたもの」
典子が俺の頬を突く。
「店の外には、その倍はいましたけどね。奈津美が躊躇なくぶっ飛ばすから、
びびって、入ってこなくなったけど。
この娘、外見と中身はまるっきり違いますから。あははは」
「だってさームカつくじゃん。いきなり写真撮られたりするとさー」
テンションの高い典子に比べ、お姉さんはどこか元気がない。
「そういえば、自己紹介まだだったわね。藤田裕子っていうの。よろしくね」
「藤田さんは、おいくつ何ですか?」
「25歳。入社3年目にして、成績最下位。あーあ。私、この仕事向いてないのかなあ。
あなたはいいよねー。美人で、有名人で、おまけに強くて。
天は二物を与えずっていうけど、あたたには二つも三つも与えられてるって感じ。
あ、嫌味じゃないのよ? 本当に、そう思ってるだけ。
私の実家って、自動車の修理工場なんだぁ。だから、車に関係する仕事に就きたくて、
今の会社に入ったんだけど、売れないんだよねえ。一台も売れない月が、ここのところ続いちゃって。
上期頑張って、ダメだったら、辞めちゃおうかな。
あ、ごめんなさいね。ほんとに。私、初対面なのに何言ってんだろ」
「そんなに卑下することないと思いますよ。
藤田さん、車のことすごく詳しいじゃないですか。
さっきだって、タイヤのサイズとか、サスペンションのことさらりと答えてたし。
入社して2~3年で、結果だそうなんて無理ですよ。
自分なりの営業スタイルを模索するときですもん。
私だって、大口の仕事取れたのは、5年経ってからだったかな」
「あなた大学生よね?」
「あ、いや、光臨会に通ってる人から聞いたんです。
だいたい皆さん、同じこと言いますよ」
「そっか。ごめんね。気を使わせちゃって」
店に着くと、奥の座敷に通された。
座敷には、例のやり手の営業マンが座っていた。
「遅い! 遅いぞ、藤田! 遅いのは仕事だけにしろ!」
「すみません。課長。ちょっと話がはずんでしまって……」
藤田は、萎縮した態度になる。こいつが苦手のようだ。
俺と典子が座ると、男は店員さんを呼んで、勝手に注文を始めた。
「生4つ、あ、未成年だったね。生2つと、ウーロン茶2つ。
それと串の盛り合わせに、唐揚げと、もろきゅう、刺身盛り合わせね。
とりあえず」
こいつ、俺たちの好みとか全く聞かないんだな。
アレルギーとかあったら、どうするつもりなんだろう。
「いやー、それにしても、大野さん様様だね。
今日みたいに、活気があったのいつ以来だろうな」
「課長さんは、今日だけで何台売ったんですか?」
「課長さんは止めてくれよ。吉田っていう名前があるんだから。
今日は5台かな。なかなか下が育ってくれなくてね。
私が頑張るしかないんだよ。この藤田なんかも、
仕事覚えが遅くてさー。ほんと、平成生まれは使えないって見本だよ」
典子が俺に目で合図してくる。なんか、こいつ嫌な感じだな。
注文した品を待っている内に、店長の高木がやってきた。
「やあやあ、すまんすまん」
吉田が、破顔して座布団を高木に勧める。
「店長、滑り込みセーフです。
注文したばっかですよ」
「お? そうなの? もろきゅうは注文してくれた?」
「私が忘れるわけないじゃないですか? おーい! 生、もういっちょ!」
吉田は、さっきまでの横柄な態度が消え、へこへこと腰が低い。
サラリーマンの常ではあるが、上には弱く、下には強いらしい。
「いやー、しかし、大野さんに来てもらってよかったよー。
決算後は、大概売上下がるのにさあ。平日っていうのに、午後だけで8件成約だからね。
しかも、検討中10件! いやー、ほんと事件ですよ。これは!」
「お役に立ててよかったです。実は、CMの話もいただいていたのですが、
受けておけばよかったですね。そしたら、もっと貢献できたかもしれないのに」
「ほ?! CM? そりゃまたすごいねえ。芸能人みたいだ」
典子がくすっと笑う。
「この娘、ほんと有名ですから。芸能事務所からも誘われているのに、
空手の時間がなくなるって、断るんですよ。信じられます~?」
高木と吉田は、手を叩いて笑う。
ほどなくして、飲み物がでてきて、飲み会は始まった。
30分も経っただろうか。酔いの回った吉田は、藤田に説教しだした。
「お前は、なんで売れないのか考えろ! この給料泥棒が!
平成生まれは、使えねえんだよなあ」
藤田は、目に涙を溜め、泣くのを必死に堪える。
「おっ? 泣くか、泣いたら済むと思ってんのか? まったく、これだから女はさあ」
高木はというと、さっきからへらへら笑っていて、吉田の暴言を止めようともしない。
俺は持っていたグラスをテーブルに叩きつけた。
吉田が少し驚いた顔をして、俺を見る。
「どったの? 奈津美ちゃんは、ウーロン茶じゃなくて、ウーロンハイ飲んでたかな?」
「お前な、いい加減にしろよ。女がなんだって? 平成生まれがなんだって?
偉そうなことばっかいいやがって、このハイエナ野郎が!!」
「な、なんだあ? 学生不在が偉そうに!!」
「はっ。お前な、課長なんだろ? 課長の職務にはな、部下の育成も入ってんだよ!
嫌味いって、部下いじめがお前の仕事か? どうりで、売れそうな客見ると横取りするはずだよなあ」
「お前に何がわかる! 社会にでたこともない学生風情が!」
「社会人がえらいのかよ? ええ、おい!」
「当たり前だ! 親の脛齧りが! ちょっとチヤホヤされたからって勘違いするな!!
仕事は甘いもんじゃないんだ!」
「甘いもんじゃない? なら、俺がお前より車売ったらどうするよ?」
「馬鹿らしい。売れるわけないだろう。第一、売れなかったら君はどうするつもりだ?」
「売れなかったら、ショールームでストリップしてやるよ」
俺はそういって、ウエストに手をやり、くびれを強調する。
吉田は、俺の体を見て、ごくりと唾をのみ込んだ。
「ふん。騙そうたって、そうはいかんぞ。無理やりストリップさせたなんて、なったら大事になる」
「約束してやる。俺は無理やりされたなんて絶対言わない。
でも、俺はお前より売るけどね」
「私は、これでも九州で2位に入ったこともある人間だよ?
素人に負けるわけがない」
「なら、負けたら藤田さんに土下座して謝れ。あ、それと一人中途社員を採用してもらおう」
「中途?」
吉田が、少し思案する顔になる。
藤田が俺に耳打ちしてきた。
「ダメ。絶対にダメよ」
「大丈夫。こんな下種に負けないって。俺の人気みたでしょ?
あいつら殴ってでも、買わせればいいって」
「ダメだって! 来週、タクシー会社の車両の入れ替えがあるの!
吉田課長の古くからの知り合いなんだよ!」
「タクシー会社? 何台?」
「に、20台……」
「うおっ。マジ?」
吉田はいやらしく笑い、舌なめずりをした。
「バカな娘だ。止めてという気になったか?
私も鬼じゃない。いますぐここで、手をついて謝れば、
許してやるよ。生意気な口をきいてすみませんでしたって
謝りなさい」
吉田は腕を組み、踏ん反り返る。
その顔を見ていると、更にムカムカしてきた。
「誰が謝るか! お前も忘れんなよ。負けたら土下座と、中途採用だからな」
「いいだろう。そこまで言うなら、受けて立つ!
店長いいですね?」
いつの間にか、居眠りしていた高木が、びくっとして目を開け、
あいまいな返事をした。
「あ、ああ。いいんじゃない?」
「よーし、決まった! 4月31日まで売った台数で勝負だ!
ここにいる全員が、承認だからな。
女子大生のストリップを楽しみにしてるよ!」
「俺もあんたの土下座みるの楽しみにしてるぜ!」
こうして、俺は吉田と勝負をすることになった。




