理由
「マジか?」
「お、教えてください!」
俺はポケットから、鉄の塊を出す。
「これ、何だかわかるか?」
「武器……、ですよね?」
「うーん。これ投げつけるのか?」
俺は鉄の塊を右手に持ち、左手の指先をコツコツと叩いた。
「こう使うんだよ。俺はな、授業中やテレビを見ながら、指先を鍛えてる。
柔軟は常にやっている。後輩の伊藤は、ハンマーで拳をいつも叩いているし、
木村は、金属バットで脛を叩いてる。
つまり、空手家は起きている間中、己を鍛えてるんだ。
まともじゃないのはわかってる。強くなるってことは、狂うってことなんだよ」
いつの間にか、殺気が漏れていたらしい。二人の顔は強張り、近くの席に座っていた奴が、
びくっとしてこちらを向いた。
木瀬は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「お、おもしれえじゃねえか。こちとら、ガキの頃からずっと野球漬けだったんだ。
今度は空手漬けになってやるよ」
「押忍! 自分もそれ買いにいきます! どこに売っていますか?」
「ははは。お前ら見込みあるよ。大概こういう話すると、引くからな。
ガリ、俺の場合は握力なくて、拳で殴ると骨折しやすいから、指を鍛えてるんだ。
お前は、得意な技見つけて、それに合った部位を鍛えろ。
道具は使っても、使わなくてもいい。歩きながら壁を殴って、拳を鍛えている人なんかもいるしな」
「押忍!」
紀藤は、すぐさま机をコツコツと叩きだした。
素直だな。こういう奴は、面倒見てやりたくなる。
木瀬があきれ顔になる。
「紀藤、お前さあ。周りの迷惑考えろよ。響くだろ周りに」
「うん。木瀬君、後で付き合ってよ。何か買いにいくから」
「お前は、前からそれだもんなあ。バイト探しにいくんじゃなかったのかよ?」
「木瀬君、こんどこそやれそうな気がするんだ。毎日きついのに、道場にいきたくて堪らないんだよ」
「お前は、張り切りすぎだっつうの」
この二人の間には、長年の友人といった雰囲気が漂っている。
同じ高校出身だろうか。
「二人は仲良さそうだけど、同じ高校出身なのかな?」
紀藤が笑顔を見せる。
「そうなんです! 二人とも久留米大付属でした。
僕は駅伝部で補欠だったけど、木瀬君はすごかったんですよ!
2年生の時には、春夏の甲子園に出場したし!」
「紀藤、その話はすんな」
「ご、ごめん」
木瀬は、そう言ってそっぽを向いた。
「茶髪、師匠と弟子は、親子も同然。
話したくないかもしれないが、話せ」
「……。肩を壊したんだよ。3年の夏にな。
俺はガキの頃からずっと野球をやってた。
なのに野球ができなくなった。
それ以来、ずっとくすぶってる。
さあ、話したぜ? 満足だろ?」
こいつの強さへの執着心は、どこか別の理由からに思えるが、
徐々に解きほぐすしかないだろう。
「そうか。よく話してくれた。
空手は野球に勝るとも劣らないぞ。それは保障する。
爺さんになっても、化け物みたいに強い人もいる。
一生打ち込めるものになるだろうよ」
「しかし、お前ってさあ、なんか女って感じがしないよなあ。
黙ってりゃ、美人なのにさあ」
「お前が、言いたくないこと言ってくれたんだ。俺も自分のことを少し話すよ。
俺はね、山下師範の愛弟子の一人、磯野正っていう30半ばのおっさんだったんだけど、
死んじまって、この大野奈津美の体に入り込んで、魂が合わさったんだ。
男に振れたり、女に振れたりで忙しいんだが、面白くもある」
木瀬が、眉を潜めて、不機嫌な顔になる。
「俺は真面目に話したってのに、揶揄いやがって」
「信じるも信じないもお前の自由だ。
ただ、俺は嘘は言ってないつもりさ。
俺だって、そんな話、自分以外では見たことも聞いたこともないが、
実際、俺はいまここにいる」
紀藤がうんうんと大きく頷いた。
「自分は信じます。大野さんは才能なんかじゃなく、経験に裏打ちされた
強さだということが、はっきりとわかりました。
努力します。自分だって、やればできるってこと証明してみせます!」
その時、典子がホールに入ってきて、俺を見つけて歩み寄ってきた。
「おはー」
「おはよう。今日からバイトだね」
「まあ、楽勝でしょう。私たちの美貌なら」
「あはは。言えてるね」
木瀬が、典子に声をかけた。
「なあ。あんた、大野の友達なんだろ?
こいつ、自分は男の魂が入ってるとかなんとかぶっ飛んでること言ってんだけど」
典子は、ん? といって木瀬の方を見て、さも当然といった風で答えた。
「そうよ。奈津美は、元からの女の魂と、男の魂が合わさってるの。
男の奈津美は、私みたいな女が好みなんだって。
油断してると、すぐおっぱい触ろうとしてくるんだよね」
「あんた、そんな話、信じてるのか?」
「そうだけど?」
「あ、いや、そうか」
大学の職員がホールに入ってきて、説明を始めたので、そこで会話は終わった。




