稽古
「うおー!」
首藤が棒を振り下ろす。
上島は下がらず、上段受けした。
"ボギッ"
鈍い音が道場に響き、上島の前腕があらぬ方向を向く。
上島は、顔をしかめつつ、逆突きを首藤の顔面に当てた。
首藤は殴り倒され、びくびくと痙攣する。
「あくっ……。つう」
上島は、うめき声をあげると、折れた左手を見てから、
倒れた首藤の傍まで行き、右足を上げた。
「そこまで!」
俺の言葉に、上島は脂汗を顔に浮かべながら、振り向く。
「見事。上島、腕が治ったら、昇段試験を受けろ。
俺が推薦してやる」
「押忍!」
「病院へ行け」
上島が左手を押さえ、道場を出ようと俺の横を通る。
俺は肩をポンと叩き、よくやったと耳打ちした。
上島は、笑顔を見せ、道場を出て行った。
「頼みの綱の首藤さんは、やられちゃいましたね。
さてさて、さっきの話、覚えてますか?」
残った男たちは、小刻みに震えている。
「か、勘弁してくれ。もう手は出さない」
男の一人が、少し震えた声で懇願してくる。
「信用できないなあ。じゃあ、端から膝を砕かれたいか、拳を潰されたいか、
選んでください」
端の男は、返答せずただ震え、涙を流す。
「あらら。泣いちゃったよ。この人。情けなあ。
じゃあ、次の人、選んで」
二番目の奴は、びくっと震え、その場に土下座する。
「許してください! お願いします! お願いします!」
他の奴らもそいつを真似して、土下座する。
「あらら。土下座ですかー。
じゃあ、私も鬼じゃないから、指を折ることで許してあげます」
俺は土下座している奴らの前で屈み、笑顔で一人の手を取ろうとすると、
そいつは、後ろ手にして、顔を振る。
「ははは。冗談ですよ。冗談。そんな残酷なことするわけないじゃないですか。
じゃあ、お帰りください。練習の邪魔ですから」
男たちは、顔を見合わせ、出ていいものかと迷っている。
俺は立ち上がり、柔軟体操を始めながら、横目で男たちを見る。
「あ、そうそう。私のことは襲ってもらって構いませんよ。
そういうの大歓迎です。
ただ、私以外にちょっかい出すと、泣いても、土下座しても許してあげませんから、
そのつもりで。ほら、さっさとそこの倒れてる人たち連れて、出て行ってください」
男たちが、倒れた奴らを連れて道場から出ていくと、部員達が、歓声をあげた。
「すげえ!」
「痺れました!」
「やるぞー! 光臨会は最強だ!」
「はいはい。静かに静かに。じゃあ、時間ないから始めますよ。
ところで、昨日の練習の後、自主練した人は手をあげてください」
数人の手が上がる。
俺は軽く手を上げて、手を下げるようにジャスチャーする。
「では、いま手を上げなかった人は、グラウンドを100周してきてください。
手を挙げた人は、今から基本技をやりましょう」
部員たちは、互いに顔を見合わせる。
一人の部員が、手をあげた。
「あの、質問よろしいでしょうか?」
「そういうのは、初日にしてくださいよー。
まあ、いいわ。どうぞ」
「あの、自分たちは、上級生のしごきが嫌だったから、
大野さんの教えを乞おうとしているわけでして、
そのー」
「ああ、そうだったんですね。私はぬるい稽古が嫌で、
私に教えてと言っているのかと思ってました。
昨日も言いましたけど、やりたくない人はやらなくていいです。
休みたい人もどうぞご自由に。
ほら、グラウンドに行った行った。早く行かないと、夜までに帰れませんよ?」
部員たちのほとんどが、道場から出ていき、5人だけが残った。
ガリと茶髪の姿もある。
この二人は、ものになりそうだ。
「5人もいたのは意外です。では、始めましょう」
前屈立ちして、左右の上段回し受けをする。
「昨日は、ただ繰り返してもらいました。
今日は、イメージをしっかりすること。
相手の突きを流すイメージで」
『押忍!』
俺は上段回し受けを繰り返しながら、一人一人にアドバイスを送る。
「右端、名前は?」
「押忍! 佐々岡です!」
「右の受けがなってない。肩をもっとスムーズに。
筋トレだけじゃなく、今日から柔軟を1時間以上やれ」
「押忍! ありがとうございます!」
「木瀬! お前は力を入れ過ぎだ! リラックス!」
「押忍!」
「紀藤! ふにゃふにゃするな! 力を抜けばいいってもんじゃない!」
「押忍! 失礼しました!」
「真中の後! 名前は?」
「押忍! 山下です!」
「はぁ? 部内で山下は名乗るな! 下の名前は?」
「押忍! 隆です!」
「隆、手首で受けようとするな! 肘に近い部分で受けるイメージだ!
イメージ、イメージ、イメージ! 全員、数をこなすことに気を取られるな!
相手の突きが当たれば、鼻は砕けるぞ! 蹴りが当たれば、失神する!
常に防げたイメージを持て!」
『押忍!』
それから、小一時間ほどアドバイスを続け、この日の練習を切り上げた。




