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おやじ彼女  作者: ponta
天下無双
527/570

児童養護施設

電車を乗り継ぎ、福岡の中心部から20km程離れた奈多駅で降りた。

奈多駅は、金印が出土して有名な志賀島へ向かう途中にある。


志賀島は、島と名前がついているものの実際は半島で、志賀島へと延びる

海の中道と呼ばれる県道は、絶好のドライブスポットとなっている。


県道を横切り、一本奥へ入ると、途端に交通量は少なくなり、

閑静な住宅街となった。


「あ~、どきどきしてきたよ。ここら辺が、大平君が大きくなったところなんだねえ」


「うーん。何年か前に、移転してるんだよ。

 自転車で20分の距離だから、近いといったら近いんだけど。

 あ、そっちの道に入ったらすぐだよ」

 

車が一台通れるぐらいの脇道に入ると、坂道が続いていて、

右側に児童相談所の立て札がかけられた建物があった。


更に坂道を上ると、開けた場所にでて、左にはジャングルジムと空き地があり、

小学生ぐらいの子供たちがボールを蹴って遊んでいた。

奥には、鉄筋コンクリートの立派な建物がある。


「大平お兄ちゃん!」


子供の一人が大平君に気付いて、駆け寄ってくる。

途端に他の子供たちも、こちらに駆け寄ってきて、

あっという間に大平君は子供たちに囲まれた。


「兄ちゃん、次の試合は?」

「ボクシング教えてー」

「ねえねえ! 私の絵見て!」


「あはは。お前ら元気にしてたか? 園長先生いる?」


「いるよー。僕、呼んでくる!」


小学校2年ぐらいの男の子が、奥の建物の方へ駆けていくと、

ジャージ姿の職員らしき男性が、顔を出した。


「雄平! また、勝ったなお前!」


大平君は、少し照れたような顔をして、手を上げる。

建物の前まで行くと、男性は大平君の体をポンポンと叩いた。


「さすが鍛えてるなあ。この前の試合、みんなで応援してたんだぞ。

 子供たち興奮しまくってなあ。俺もだけど。ははは。

 こちらのお嬢さんは?」


「あ、えっと、大野奈津美さん。同級生じゃなかった。

 えっとその、なんだ、あれだよ」

 

私はぺこりと頭をさげ、挨拶した。


「はじめまして。大野と申します。大平君と交際させていただいています」


「おほっ。ボクシングだけじゃなく、やることやりやがってこのー」


「ち、ちがいますよ。大野も寄付したいっていうから、連れてきたんです」


「あー、そのことで園長先生もお前に話があるってさ。ほら、中に入った入った」


建物をはいってすぐに職員室らしき部屋があり、中から白髪頭の初老の女性がでてきた。


「まあ、雄平君! よく来たわね。あら? こちらのお嬢さんは?」


「はじめまして、大野奈津美と申します」


「園長先生、大野も寄付したいっていうから、連れてきたんだ」


笑顔だった園長先生の顔が、途端に曇る。


「そう。大平君、大野さんと談話室へ行ってなさい。私もすぐいくから」


大平君と、職員室前の部屋へ入ると、6畳程のスペースに、テーブルと椅子が4つあった。

私と大平君は、並んで座り、私は部屋を見回した。


「綺麗ね。できてそんなに経ってない感じ。なんか想像してたのと違ったわ」


「もっと、こう悲惨なところを想像してただろ?」


「そんなことないよー。でも、快適そうではあるわね」


「俺が居たころは、建物古くてさ、見るからにって感じだったんだけどね。

 今は、法律が変わって、塾とか行っていいことになってるし、大学とかも行けるから」

 

「そうなんだー。大平君も行けばいいのに」


「俺は、ほら、勉強嫌いだからね。あははは」


ドアが開き、園長先生が入ってきた。

園長先生は、手提げ袋を持っていて、それを机においた。

大平君から、笑顔がなくなる。


「雄平君、持って帰ってくれる?」


「園長先生、俺は!」


「あなたの気持ちはありがたいわ。

 でもね、いきなり職員室にこんな大金おいていかれちゃ、

 貰うに貰えないでしょ?」

 

「俺の金は、受け取ってもらえないってことですか?」


「困ったものねー。大野さん、あなたからも言ってあげて。

 この子、せっかく苦労して、東洋太平洋チャンピオンになったのに、

 稼いだお金、全部寄付しようとするのよ?」

 

私が大平君を見ると、大平君は困った顔で、どこともなく視線を動かす。


「雄平君、あなたは子供たちの希望なのよ。

 あなたがリングで戦う姿を見て、どれだけあの子たちが勇気付けられてることか。

 それだけで、いまは十分。ちゃんと貯金して、将来に備えなさい。

 ボクシングは、何が起こるかわからないんだから」

 

「でも、俺……」


私は大平君の二の腕に触れた。


「大平君、園長先生の言う通りだよ。それにね、一人で全部なんとかしようなんて、

 思わないの。大平君がテレビに出て、この施設出身だって言うだけでも、

 それは子供たちのためなんだよ?」

 

「どうしてさ?」


「まったく。もう。ボクシング以外は、からきしだめね。

 いい? 多く人に知ってもらうことが大事なの。

 そうすることで、偏見がなくなり、多くの善意が集まるの。

 一人が1000万寄付するより、100万人が100円ずつ寄付する方が、

 額は多いでしょ?」

 

園長先生は、驚いた顔で私の手を握ってきた。


「あなた、若いのによくわかってるわね! ところで、二人はどこまで進んでるの?

 あなたみたいなしっかりしたお嬢さんが、雄平君のお嫁さんになってくれると安心なんだけど」

 

「父が弁護士で、社会貢献活動に熱心でしたから。

 あ、それと、これをお納めください」

 

私はバッグから、おろしてきたばかりの封筒にいれたお金を机に置き、園長先生のほうへ押した。

園長先生は、封筒を手に取り、中をのぞく。


「大金ね。どういうことか、説明してもらえる?」


「園長先生、私も大平君に負けず劣らず、ファイトマネーが高いんです」


「ファイトマネー? あなたもボクサーなの?」


「私は空手家です。異種格闘技戦ってとこですね。

 税金対策の意味もあって、寄付したいんです。

 ちゃんと領収書いただけますよね?」

 

「ほんとしっかりしてるわね。雄平君、この娘、放しちゃだめよ? いいわね?」


大平君は、困った顔をして、下を向く。


「園長先生は、なんで俺の金は受け取らずに、大野から受け取るわけ?

 そんなのおかしいじゃないか」

 

『当たり前でしょ!』


園長先生とはもってしまって、顔を見合わせ笑う。


「大平君、よく聞いて。寄付っていうのはね、余裕のある中から行うの。

 全財産なげうって、自分の生活が成り立たなくなるなんて、愚の骨頂よ。

 私たちが稼ぎ、税金を納めることで、福祉にお金がまわり、

 消費することで、経済が回るの。そこのところ、ちゃんと考えなさい。

 税理士を紹介してあげるから、ちゃんと話を聞くこと。

 わかったわね?」

 

「わかったよ。なんか、大野ってまるで、俺の母親みたいなこと言うなあ。

 母親ってどんなだか、知らないけど」


「また、そういうこと言う。大平君にできることは、他にいっぱいあるでしょ?

 せっかく注目されてるんだから、施設出身ってことをもっとアピールしなきゃ」


「そういうもんかな」


「大野さんって言ったわね。お父様の教育がよろしいみたいね。

 その年で、本当に詳しいわ。よかったら、お父様のお名前教えてくれる?」


「大野弘です。父は、他界しました。今までの台詞は全部、父の受け売りです。

 父に少しでも近付けるように、頑張ろうと思ってます」

 

「聞いた? 雄平くん! なんてできた娘なのかしら! 

 感激だわ!」


大平君は、ふてくされた顔をして、頬杖をついた。


「へーへー。どうせ俺は、生まれも育ちも悪いですよー」


園長先生の顔が見る間に険しくなった。


「雄平くん! 先生は、そんな風にあなたを躾けた覚えはないわよ!」


「うぐっ。ご、ごめんなさい」


「園長先生の前じゃ、大平君も形無しね。

 園長先生、大平君の小さかった頃の話きかせてもらえませんか?」


「おいおい、ちょっとやめてくれよ!」


「いいじゃない。私、聞きたいもの」


「そうねえ。じゃあ、よそのお宅の庭に、ランドセル隠して、逃避行したことなんかはどうかしら?」


「園長先生! やめてくれよ!」


私たちは、数時間、様々な話で盛り上がった。

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