児童養護施設
電車を乗り継ぎ、福岡の中心部から20km程離れた奈多駅で降りた。
奈多駅は、金印が出土して有名な志賀島へ向かう途中にある。
志賀島は、島と名前がついているものの実際は半島で、志賀島へと延びる
海の中道と呼ばれる県道は、絶好のドライブスポットとなっている。
県道を横切り、一本奥へ入ると、途端に交通量は少なくなり、
閑静な住宅街となった。
「あ~、どきどきしてきたよ。ここら辺が、大平君が大きくなったところなんだねえ」
「うーん。何年か前に、移転してるんだよ。
自転車で20分の距離だから、近いといったら近いんだけど。
あ、そっちの道に入ったらすぐだよ」
車が一台通れるぐらいの脇道に入ると、坂道が続いていて、
右側に児童相談所の立て札がかけられた建物があった。
更に坂道を上ると、開けた場所にでて、左にはジャングルジムと空き地があり、
小学生ぐらいの子供たちがボールを蹴って遊んでいた。
奥には、鉄筋コンクリートの立派な建物がある。
「大平お兄ちゃん!」
子供の一人が大平君に気付いて、駆け寄ってくる。
途端に他の子供たちも、こちらに駆け寄ってきて、
あっという間に大平君は子供たちに囲まれた。
「兄ちゃん、次の試合は?」
「ボクシング教えてー」
「ねえねえ! 私の絵見て!」
「あはは。お前ら元気にしてたか? 園長先生いる?」
「いるよー。僕、呼んでくる!」
小学校2年ぐらいの男の子が、奥の建物の方へ駆けていくと、
ジャージ姿の職員らしき男性が、顔を出した。
「雄平! また、勝ったなお前!」
大平君は、少し照れたような顔をして、手を上げる。
建物の前まで行くと、男性は大平君の体をポンポンと叩いた。
「さすが鍛えてるなあ。この前の試合、みんなで応援してたんだぞ。
子供たち興奮しまくってなあ。俺もだけど。ははは。
こちらのお嬢さんは?」
「あ、えっと、大野奈津美さん。同級生じゃなかった。
えっとその、なんだ、あれだよ」
私はぺこりと頭をさげ、挨拶した。
「はじめまして。大野と申します。大平君と交際させていただいています」
「おほっ。ボクシングだけじゃなく、やることやりやがってこのー」
「ち、ちがいますよ。大野も寄付したいっていうから、連れてきたんです」
「あー、そのことで園長先生もお前に話があるってさ。ほら、中に入った入った」
建物をはいってすぐに職員室らしき部屋があり、中から白髪頭の初老の女性がでてきた。
「まあ、雄平君! よく来たわね。あら? こちらのお嬢さんは?」
「はじめまして、大野奈津美と申します」
「園長先生、大野も寄付したいっていうから、連れてきたんだ」
笑顔だった園長先生の顔が、途端に曇る。
「そう。大平君、大野さんと談話室へ行ってなさい。私もすぐいくから」
大平君と、職員室前の部屋へ入ると、6畳程のスペースに、テーブルと椅子が4つあった。
私と大平君は、並んで座り、私は部屋を見回した。
「綺麗ね。できてそんなに経ってない感じ。なんか想像してたのと違ったわ」
「もっと、こう悲惨なところを想像してただろ?」
「そんなことないよー。でも、快適そうではあるわね」
「俺が居たころは、建物古くてさ、見るからにって感じだったんだけどね。
今は、法律が変わって、塾とか行っていいことになってるし、大学とかも行けるから」
「そうなんだー。大平君も行けばいいのに」
「俺は、ほら、勉強嫌いだからね。あははは」
ドアが開き、園長先生が入ってきた。
園長先生は、手提げ袋を持っていて、それを机においた。
大平君から、笑顔がなくなる。
「雄平君、持って帰ってくれる?」
「園長先生、俺は!」
「あなたの気持ちはありがたいわ。
でもね、いきなり職員室にこんな大金おいていかれちゃ、
貰うに貰えないでしょ?」
「俺の金は、受け取ってもらえないってことですか?」
「困ったものねー。大野さん、あなたからも言ってあげて。
この子、せっかく苦労して、東洋太平洋チャンピオンになったのに、
稼いだお金、全部寄付しようとするのよ?」
私が大平君を見ると、大平君は困った顔で、どこともなく視線を動かす。
「雄平君、あなたは子供たちの希望なのよ。
あなたがリングで戦う姿を見て、どれだけあの子たちが勇気付けられてることか。
それだけで、いまは十分。ちゃんと貯金して、将来に備えなさい。
ボクシングは、何が起こるかわからないんだから」
「でも、俺……」
私は大平君の二の腕に触れた。
「大平君、園長先生の言う通りだよ。それにね、一人で全部なんとかしようなんて、
思わないの。大平君がテレビに出て、この施設出身だって言うだけでも、
それは子供たちのためなんだよ?」
「どうしてさ?」
「まったく。もう。ボクシング以外は、からきしだめね。
いい? 多く人に知ってもらうことが大事なの。
そうすることで、偏見がなくなり、多くの善意が集まるの。
一人が1000万寄付するより、100万人が100円ずつ寄付する方が、
額は多いでしょ?」
園長先生は、驚いた顔で私の手を握ってきた。
「あなた、若いのによくわかってるわね! ところで、二人はどこまで進んでるの?
あなたみたいなしっかりしたお嬢さんが、雄平君のお嫁さんになってくれると安心なんだけど」
「父が弁護士で、社会貢献活動に熱心でしたから。
あ、それと、これをお納めください」
私はバッグから、おろしてきたばかりの封筒にいれたお金を机に置き、園長先生のほうへ押した。
園長先生は、封筒を手に取り、中をのぞく。
「大金ね。どういうことか、説明してもらえる?」
「園長先生、私も大平君に負けず劣らず、ファイトマネーが高いんです」
「ファイトマネー? あなたもボクサーなの?」
「私は空手家です。異種格闘技戦ってとこですね。
税金対策の意味もあって、寄付したいんです。
ちゃんと領収書いただけますよね?」
「ほんとしっかりしてるわね。雄平君、この娘、放しちゃだめよ? いいわね?」
大平君は、困った顔をして、下を向く。
「園長先生は、なんで俺の金は受け取らずに、大野から受け取るわけ?
そんなのおかしいじゃないか」
『当たり前でしょ!』
園長先生とはもってしまって、顔を見合わせ笑う。
「大平君、よく聞いて。寄付っていうのはね、余裕のある中から行うの。
全財産なげうって、自分の生活が成り立たなくなるなんて、愚の骨頂よ。
私たちが稼ぎ、税金を納めることで、福祉にお金がまわり、
消費することで、経済が回るの。そこのところ、ちゃんと考えなさい。
税理士を紹介してあげるから、ちゃんと話を聞くこと。
わかったわね?」
「わかったよ。なんか、大野ってまるで、俺の母親みたいなこと言うなあ。
母親ってどんなだか、知らないけど」
「また、そういうこと言う。大平君にできることは、他にいっぱいあるでしょ?
せっかく注目されてるんだから、施設出身ってことをもっとアピールしなきゃ」
「そういうもんかな」
「大野さんって言ったわね。お父様の教育がよろしいみたいね。
その年で、本当に詳しいわ。よかったら、お父様のお名前教えてくれる?」
「大野弘です。父は、他界しました。今までの台詞は全部、父の受け売りです。
父に少しでも近付けるように、頑張ろうと思ってます」
「聞いた? 雄平くん! なんてできた娘なのかしら!
感激だわ!」
大平君は、ふてくされた顔をして、頬杖をついた。
「へーへー。どうせ俺は、生まれも育ちも悪いですよー」
園長先生の顔が見る間に険しくなった。
「雄平くん! 先生は、そんな風にあなたを躾けた覚えはないわよ!」
「うぐっ。ご、ごめんなさい」
「園長先生の前じゃ、大平君も形無しね。
園長先生、大平君の小さかった頃の話きかせてもらえませんか?」
「おいおい、ちょっとやめてくれよ!」
「いいじゃない。私、聞きたいもの」
「そうねえ。じゃあ、よそのお宅の庭に、ランドセル隠して、逃避行したことなんかはどうかしら?」
「園長先生! やめてくれよ!」
私たちは、数時間、様々な話で盛り上がった。




